【Interview】映画「春画先生」──塩田明彦監督が語る、性愛映画と春画の出逢い


10月13日(金)より全国で公開される塩田明彦監督「春画先生」は、江戸文化の一大エンタテインメント・春画をテーマに、その世界に魅せられたおかしな者たちを描く“偏愛コメディ”。春画の登場人物は、デフォルメされた巨大な性器を誇示しながら男女があるいは同性、ときには人間ではないものまで快楽に耽っている。そこからあふれ出る感情、生命力──そんな世界観を映画で表現する離れ業に成功した塩田監督に、性愛と映画、映画と春画の関係、エロスとユーモア……などについて、じっくりと話を聞いた。


女性の1人で立っている強さ/絶対に諦めない強さ

取材冒頭、不躾とは知りつつも「監督が映画で性愛を描く理由とは何か?」といきなり直球の質問をしてみると、「性愛だけを描いてきたわけではないけれど……」と前置きしたうえで話し始める。

「実は、『もしかすると自分は性愛を描くのが得意かもしれない』というのは何となく最初から気が付いていました。実際、プロとして初めて発表した作品が『露出狂の女』(96)(注:平凡な主婦がある日、露出狂の同人誌を目にする。その出来事をきっかけに露出癖が開花。底なしの快楽に身を委ねていく)というオリジナルビデオで、劇場デビューが『月光の囁き』(注:想いを寄せ合う高校生二人の交際が、加虐/被虐の倒錯的性愛に転じていく)ですからね。だからといって、エロティックムービーやポルノ映画が好きでたまらない人間でもない。純粋に人と人が絶妙な駆け引きをして、お互いに影響を与え合い、それがねじ曲がった方向に進んでいくような話が好きなんですね」

さらに、これまでの作品を振り返りながら、自身の傾向についてもこう分析する。

「あまり認めたくはないけれど、一貫しているのは、谷崎潤一郎的な意味での“寝取られ”を描いていること。仕掛ける側と仕掛けられる側の双方が楽しみながら困っている状況が好きなんでしょうね(笑)。それをコンセプトごとに、いろんなバリエーションで描いてきました。『月光の囁き』は青春映画なので10代の男女が感じる戸惑いや快楽の手前の痛みを生々しく見せ、『春画先生』はもっと大人の話なのでプレイの印象をより強く出す。春画では影を描かないとされているので、そんなふうに闇のない底抜けに明るい世界のなかでだんだん歪んでいく様子を見せることにしました。それから僕の作品に多く登場するのは、強い女性たち。といっても、『害虫』(02)のように風に吹かれても1人で立っている強さと今回のように絶対に諦めない強さ、女性の強さにもそれぞれ違いがあるんですけども。様々な強さが、様々なグラデーションで描かれるとき、女性はより魅力的にみえてくるという感触があります」


絶妙なハッピーエンドと、エロスとユーモアのバランス

では、そういった塩田監督の趣味嗜好は、一体どのように形成されていったのか。その原点を探るために、自身の好きな恋愛映画を挙げてもらうことにした。

「20代と30代は恋愛映画をよく観ていましたが、そのなかでも大学生の頃にリバイバル上映を何度も観に行ったのはロベール・ブレッソン監督の『白夜』(71)です。主人公は、人付き合いが苦手な画家の男と待ち人が来なくて自殺をしようとしている女。パリにある橋・ポンヌフで出会い、2人は距離を縮めていく。そして、『あなたのことを愛せるかもしれない』と女が言った瞬間に待ち人が現れて、男が振られてしまう話です。この作品が僕の恋愛映画の描き方に影響を与えているのか、自分ではわからないですが、そういうところもあるのかなとは感じています」

そのほかに挙がったのは、フランソワ・トリュフォー監督の「隣の女」(81)(注:妻と息子をもち平凡な生活を送っていた男と、偶然彼の隣に引越して来た昔の恋人との激しい恋と葛藤を描く)や増村保造監督の「曽根崎心中」(81)(注:商人の徳兵衛と遊女・お初。結ばれることを言い交わした二人の恋路は、幾多の障害に阻まれついには心中に至る)。失恋と心中ばかりの作品が並んだため、「気が付くとハッピーエンドではない映画を好きになってしまうのか?」と笑っていたが、「めぐり逢い」(57)や「サムシング・ワイルド」(86)(注:ジョナサン・デミ監督。若きエリート、チャーリーの前途洋々たる人生が、ある一人の女の出現で狂っていく)といった祝福感に満ちた終わり方をする作品も実は好きだと話す。しかし、作り手としては、ハッピーエンドのほうが難しいという。

「世の中のあらゆる恋愛を数値化することは不可能とはいえ、うまくいく恋愛よりも、おそらくうまくいかない恋愛のほうが多い。それだけに、ハッピーエンドを描くにはある種の開き直りと技が必要となります。恋愛映画を作るときは、作り手の感情が乗っていないと絶対に成功しないので、本当にその恋愛が成就して欲しいと思って取り組むことが大事です」

妻に先立たれた変わり者の研究者と退屈な日々を過ごしていた女性を中心に繰り広げられる偏愛を描いた「春画先生」では、絶妙なハッピーエンドを目指したというが、エロスとユーモアのバランスもまた絶妙。「極めて悪質で卑猥なもの」と言われ続けてきた春画をテーマにしているにもかかわらず、性描写において観る者に嫌悪感を与えることはない。複数人でのプレイや同性同士の触れ合い、さらに通話中のスマホを額に巻きつけてセックスをするシーンなど、ときにはリアリティがないと感じる描写でさえも本作では何の躊躇もなく受け入れることができる。そこには、塩田監督なりの恋愛映画における性愛の描き方へのこだわりもあるという。

「肉体を露出しない画(え)を撮るときには、エロティシズムが匂い立つような努力をし、露出しているときにはエロいだけではないものが見えてこなきゃいけないと考えています。『風に濡れた女』では『あんな派手にされたらまったくエロくねえよ!』といったおじさんたちの不満も聞かされましたが、僕としては『人間の肉体って素晴らしい』という躍動感と爽やかさのある“ラブバトル”に至りたかった。そして、『春画先生』においても、女性の胸をエロティックなものとして描くのではなく、当たり前にある人間の身体として見せたかったので、そこの描き分けはかなり意識的にしています」


隠すことで出るエロス、見せることで消すエロス

その背景には、海外とは異なる道のりをたどってきた日本映画ならではのエロティシズム文化の違いもあると付け加える。

「70年代以降のヨーロッパ映画では裸もヘアも普通に出ていて、それが生活の情景として当然のように映し出されていました。それに対して日本は『あれもこれも見せちゃいけない』という制限があるがゆえに、世界に冠たるエロティシズム表現が発達してきたわけです。それはそれで素晴らしい文化ではありますが、人間を描く幅の広さという点において、僕ら世代は海外への憧れがありました。『春画先生』では、“隠すことで出るエロス”と“見せることで消すエロス”をそれぞれ細かく分けて描いていますが、そこがどこまで観る方に伝わるのかは気になるところです」

これまで我が道を歩んでいるように見える塩田監督だが、それでもいまの時代に恋愛映画を撮る難しさを感じていると明かす。

「映画はこれまで様々に倒錯的だったり普通じゃなかったりする欲望や感情を描いてきましたけど、最近はそういうことのはるか手前で、他人の想像力を罰したいらしい人が増えていますよね。でも、たとえば不倫は社会的にアウトとされていますが、映画としてはそこに踏み出してしまう愚かさや決断にドラマがある。つまり、世の中の価値基準、倫理基準とは違うものを提示して物語を語ることこそ、映画の面白さでもあるのです。あるいは、年齢や社会的地位などの権力差がある状態で出会った登場人物たちが物語とともに立場が逆転していくというのは1つのパターンですが、いまの世論では『権力関係があるのはダメ!』とされてしまいます。でも、年齢や社会的地位を消しても、そこには必ず権力差は残ります。その現実に目を瞑って、綺麗事のなかにある人間関係の理想を語っても、それでは人間を描いたことにはなりません。恋愛映画に限ったことではないですが、映画館にいるときだけは世の中の価値観や倫理観から一旦外れてみましょうよと。そうすることで見えてくることもありますし、僕は善悪の彼岸から世界をみつめることが芸能の本質だと思っています」

取材・文=志村昌美

 

しおた・あきひこ/1961年生まれ、京都府舞鶴市出身。99年、「月光の囁き」「どこまでもいこう」がロカルノ国際映画祭に正式出品後、二作同時公開。高い評価を得る。2001年、宮﨑あおい主演「害虫」がヴェネチア国際映画祭現代映画コンペティション部門(現・オリゾンティ部門)出品の後、ナント三大陸映画祭審査員特別賞・主演女優賞を受賞。03年には「黄泉がえり」がロングランヒットとなる。05年、「カナリア」がレインダンス映画祭グランプリ。07年には「どろろ」が大ヒットを記録した。近作は「抱きしめたい・真実の物語」(14)「昼も夜も」(14)「風に濡れた女」(16、ロカルノ国際映画祭若手審査員賞)、「さよならくちびる」(19)「麻希のいる世界」(22)。著書に『映画術・その演出はなぜ心をつかむのか』がある。

 


映画「春画先生」──小室直子プロデューサーが語る、春画と「春画先生」の関係


 2015 年に東京・永青文庫で催された『春画展』で、小室プロデューサーはその魅力に打ちのめされた。ユーモアをもって人の性を笑い、生命の根源を面白おかしく、表情豊かに描く。そんな春画の世界には、人間の感情や生命力を描くことへの圧倒的熱量がある。それを映画というかたちで表現できないか──そう小室は考えた。


──まず、春画をテーマに映画をつくろうと思った理由を、聞かせてください。

小室 2015年の『春画展』で観た春画は、男性の性的な視線に向けて刺激を売るというような類のものではなく、女性と男性が、あるいは同性同士だってそれぞれ平等に、性愛の喜びを享受していました。そして芸術として扱われてこなかったことが不思議なほどのクオリティ。その面白さを映画で伝え、春画への関心を広げることが出来れば……それが春画にまつわる映画を作ってみたいと思った理由です。

──塩田監督とのコンビは、「風に濡れた女」(16)に続く二本目になります。

小室 『春画展』を見に行ったのは、「風に濡れた女」の撮影が終わった後でした。「風に濡れた女」は、「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」という企画枠の制作で、できるだけ監督たちの創作の自由度が高いように現代のロマンポルノを制作するというものでした。塩田監督は、そこで今まで他の作品で見せたことのない、ユーモアのセンス溢れる作品を作りあげました。それを生かせば、“笑い絵”とも言われる春画をモチーフにした映画を作れるのではないかと思い、声をかけました。
塩田監督のオリジナルの作家性にはいつも驚嘆してきました。私が関わっていた京都国際学生映画祭で「どこまでもいこう」(99)を上映して以来、塩田さんの作品には強く惹かれ続けています。

──塩田映画で描かれる女性像についてはどうでしょう?

小室 塩田さんの口からたびたび出てきたのは、増村保造監督の名前ですね。制作スタッフや俳優部へのリファレンスとして「青空娘」(57)や「暖流」(57)が上がって、若尾文子や左幸子みたいな意志の塊で突っ走る、強い視線を持ったヒロインを作りたいんだと感じていました。

──実際に映画を見た方たちからは、どのような反応が出ていますか。

小室 春画に詳しい何人かの人たちに、映画を見てもらったんです。そうしたら、「この映画自体が、春画の笑いやバカバカしさを現代に移して、そのままやったんだよね」と言われまして。塩田監督も私も、実はそう思って作っていました。「大っぴらには見せてはいけないと思いこまされている表現を、とことん真面目に面白おかしくやる!」と春画の精神に倣ったわけです。

──「春画先生」の精神は、江戸時代の春画制作につながっていると。

小室 はい。江戸時代の木版画浮世絵制作としての春画は映画・映像で性をテーマにする作品制作の先輩みたいだって、勝手に思っているんです。版元=プロデューサーがいて、絵師、彫師、摺師のスタッフが組織され、共同創作作業で商業的に製作される行程は映画制作と似ています。それと、一般作品ではなく、表では隠さなければいけないけれど、ほとんどの人間が人生の中で行う大切なセックスという日常的な行為、それに伴う人間的な強い想像や妄想。それを表現することに全力に真面目に挑んでいるところが、同じではないかなと。

この映画に資料を提供していただいた、美術商の浦上蒼穹堂の浦上満さんからのコメントも、興味深かったですね。「徳川幕府は、黒船で来航したペリーに春画を贈っています。それは、幕府が春画はめでたいものと考えていたからです。江戸時代は、老若男女とも春画を楽しんでいました。解釈の仕方は自由。みなさんもこの映画を楽しんでください」。
ペリーの使節団は、日本人はケシカラン民族だと思ったわけです。それで国際的国家になるために明治時代に政府は春画などの性的風俗を厳しく取締り、その流れで現在の我々の倫理感というか規範が出来上がってきたんだと思います。そのことがこの作品の根幹になっていますので、ペリー的に、あるいは幕府的に見るか、両方の視点からなのか、様々に作品を捉えていただければと思います。

──もうひとつ、11月24日にはこちらも小室さんがプロデュースしたドキュメンタリー「春の画 SHUNGA」が公開されます。

小室 「春画先生」の企画を進める中で、別のかたちで春画の多様で奥深い魅力を伝えたいと思うようになって、「春の画 SHUNGA」を制作しました。それと、本作の公開に関連したひとつの試みとして、上映館のシネスイッチ銀座さんが経営するギャラリーアートハウスで、『銀座の小さな春画展』を開催するんです。春画をモチーフにしたふたつの映画が、普段それほど映画を見ない人たちにまで広がる。そのきっかけになればと考えています。

取材・文=編集部

こむろ・なおこ
1997年~2002年京都国際学生映画祭事務局運営に携わり、日活を経て2018年よりカルチュア・エンタテインメント カルチュア・パブリッシャーズ所属。主なプロデュース作品に「風に濡れた女」(16)「海を駆ける」(18)「フジコ・ヘミングの時間」(18)「先生、私の隣に座っていただけませんか?」(21)「あちらにいる鬼」(22)「658km、陽子の旅」(23)などがある

 

「春画先生」

江戸文化の裏の華、“笑い絵”とも呼ばれた大エンタテインメント・春画。妻に先立たれ世捨て人的な生活を送る芳賀一郎は、その研究に憑かれていた。その“春画先生”こと芳賀に出逢った春野弓子は、春画のあやしい世界にとらわれ、同時に彼に恋心を抱くようになる。そこに芳賀の執筆による『春画大全』の完成を急ぐ編集者・辻村や、芳賀の亡き妻の姉、一葉が加わり、彼・彼女らが織りなす性愛は、珍妙な文様を描いていく──。


●原作・監督・脚本:塩田明彦 ●撮影:芦澤明子 ●照明:永田英則 ●美術:安宅紀史 ●録音:郡弘道 ●音楽:ゲイリー芦屋 
●出演:内野聖陽、北香那、柄本佑、白川和子、安達祐実 
●配給:ハピネットファントム・スタジオ ◎10月13日(金)より全国にて
(C)2023「春画先生」製作委員会

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