現役バレリーナが、ダンサーの挫折と再生をリアルに体現

愛猫の失踪がもたらす予期せぬ波紋を追う「猫が行方不明」(96)で、日本でも一躍その名を知られたセドリック・クラピッシュ監督は、あるフランス人青年の紆余曲折を「スパニッシュ・アパートメント」(02)に始まる3部作で見守るなど、まわり道をすることの意義や、だからこそ見える情景の愛しさを、撮り続けてきた。夢に迷う女性ダンサーの再出発を描く本作でも、圧巻の冒頭をはじめ大胆な挑戦を随所で試みるも、そんな本質は変わらない。

役者デビューにして主演を務めるのは、実際にもパリ・オペラ座バレエ団で活躍するマリオン・バルボー。バレエ一筋に邁進してきた彼女が、映画という新たな舞台で未知なる俳優業に真摯に取り組む姿は、二度とバレエを踊れないかもしれない不安と闘いつつ、他ジャンルのダンスに活路を見出す主人公像とも重なり、フィクションではあるがリアルな感銘を生む。立ち止まらなければ出逢うこともなかった、さまざまな人とふれ合う中で、大きな一歩を踏み出すダンサーの変貌の軌跡を、心と身体の強い結びつきを印象づける、趣豊かな表現で演じきる。

脚が不自由だが、芸術をこよなく愛するレジデンスの女性オーナー(ミュリエル・ロバン)が、〝特別な〞存在ではない者の心意気をも、凜々しく体現。バレエへ導いた母親を早くに亡くしたエリーズとの、疑似母娘のごとき親密な交友に、〝推し〞のいる日常にときめくファンと、彼らに支えられ輝きを増す演者との理想の関係性も窺え、胸が熱くなる。

息を呑む緊迫感のバレエシーンで幕を開け、観る者の魂まで解放されるコンテンポラリーダンスで締めくくられる。対照的な舞踊の醍醐味を、ひとりの女性の進化を追体験しながら堪能できる、贅沢な逸品だ。


文=服部香穂里 制作=キネマ旬報社
(「キネマ旬報」2023年9月号より転載)

 


「ダンサー イン Paris」

【あらすじ】
パリ・オペラ座バレエ団でエトワールを志すエリーズは、公演中に恋人の浮気を知り心乱れて足首を痛め、踊れなくなる可能性を医師に示唆される。失意の中、かつてバレエを諦めた友人に、料理アシスタントの職を紹介されてブルターニュに赴いたエリーズは、注目のコンテンポラリーダンス・カンパニーの練習に飛び入り参加し、新たな夢を模索する。

【STAFF & CAST】
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:マリオン・バルボー/ホフェッシュ・シェクター/ドゥニ・ポダリデス/フランソワ・シヴィル

配給:アルバトロス、セテラ
フランス=ベルギー/2022年/118分/区分G

9月15日(金)より全国順次公開

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