ナチスに仕掛けたチェスゲームの映画専門家レビュー一覧

ナチスに仕掛けたチェスゲーム

「アイガー北壁」のフィリップ・シュテルツェルが、シュテファン・ツヴァイクの小説『チェスの話』を映画化したサスペンス。ロッテルダム発アメリカ行きの豪華客船。ナチスに監禁された過去を持つヨーゼフ・バルトークは、チェスの世界王者と対決するが……。出演は「帰ってきたヒトラー」のオリヴァー・マスッチ、「西部戦線異状なし(2022年版)」のアルブレヒト・シュッヘ。
  • 文筆業

    奈々村久生

    政治が個人の内面に与える負の影響を、限られたシチュエイションで最大限に描く。注目すべきは被害者であるところのヨーゼフ自身のパーソナリティだ。上流社会の優雅な生活を謳歌する気配、危機感の欠如、シニカルな性格などが、単なる「被害者」として彼を見ることを拒み、生身の人間の物語であることが際立つ。監視の目を盗んでチェスを習得する描写はいささか具体性を欠くが、全世界がコロナ禍での隔離生活を体験した今、彼の物語は一定の普遍性とリアリティを獲得している。

  • アダルトビデオ監督

    二村ヒトシ

    ファシズムは、ほんとうに世の中からなくなってほしいよ。主人公は平和な時代には数字を職業にして趣味でことばや物語を愛した。ことばだけがあればいい人だったのかもしれない。しかし拷問でことばと物語を奪われ、偶然みつけたチェスの精神世界に逃げるしかなく、海上で「ここはどこ?」と苦しみつつ、チェスでしか世界とつながることができない男と対戦することに。この異能の世界チャンピオンがナチスの男と同じ顔だったのを、どう解釈したらいいのか……。希望のない話だけど力作。

  • 映画評論家

    真魚八重子

    ツヴァイクの小説の映画化で、実話のようなナチス的非人道性に溢れている。主人公は高額を扱う会計士のため、強制収容所ではなく、口座を聞き出すため監禁によって、精神的虐待で錯乱に追い込まれる。主人公役のオリヴァー・マスッチの役作りは凄絶で、当初の自信に満ちた姿と戦後の痛ましい佇まいは同一人物と思えず息を飲む。現在進行形の船旅と、ナチスによる監禁を時間軸が往来し、そこからチェスとの関わりが見える。錯乱した記憶がともに旅をする演出も、悲哀を際立たせる。

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