世界が引き裂かれる時の映画専門家レビュー一覧

世界が引き裂かれる時

2014年7月にウクライナ東部ドネツク州で起きたマレーシア航空17便撃墜事故を背景にした戦争ドラマ。出産を間近に控えた妻と夫が住む家が襲撃され壁に大きな穴が開き、二人は壁の修繕に取りかかろうとする一方で、親露派と反露派の対立はさらに激化し……。監督は、「黒犬、吠える」や「ラブ・ミー」を夫メフメト・バハドゥル・エル監督と共に手がけた、ウクライナ出身のマリナ・エル・ゴルバチ。本作で2022年第38回サンダンス映画祭ワールドシネマ部門監督賞(ドラマ部門)を受賞した。2022年第72回ベルリン国際映画祭パノラマ部門エキュメニカル審査員賞受賞。2022第95回アカデミー賞国際長編映画賞ウクライナ代表作品。2022年第35回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門上映作品(映画祭題「クロンダイク」)。
  • 映画監督/脚本家

    いまおかしんじ

    明け方の部屋。妊婦の妻と夫の会話。そろそろ病院へ行かなきゃ。どこに行くの。執拗に聞く妻。と、いきなり爆撃で家に穴が開く。びっくりした。穴の向こうは平原が広がっている。妻は瓦礫の中に立ち尽くして馬鹿野郎と悪態をつく。妻が可愛がっていた牛を、夫があっさり殺して兵士に提供する。妻は不満をぶつける。夫はただただ受け入れる。妻のアナーキーな動きが面白い。夫と弟がいがみ合っているのを放っておいて平然と水を汲みに行く。ひどい状況なのにどこかユーモラス。

  • 文筆家/俳優

    睡蓮みどり

    希望もない世界に新しい命が産み落とされる。これは「希望」を象徴しているとされるシーンだということももちろんできるが、私はそうは思えない。この映画には絶望しか描かれていない。そしてそれが戦争を描くことにおいてできる唯一の誠実な態度だろう。出産する女の存在に気づいていないかのように横暴でずうずうしい兵士たちは、ずかずかと壁が壊されて境界のない家を我が物顔で通り抜ける。生きていても死体と同じなのだ。死体としてしか生きる方法がないのだ。ぜひ劇場で。

  • 映画批評家、都立大助教

    須藤健太郎

    構図とはある意味、秩序のことである。本作が明確な「構図」にこだわるのは、戦争の無秩序に対して秩序を構築しようという意志ゆえだろう。造形面における構図(巧みな空間把握)ばかりではない。それは生と死を対置させる作劇の構図に明らかであり、妊娠中の妻による出産が作劇上の終点に位置付けられ、誕生の瞬間が戦争による死と重ね合わせられるだろうと冒頭で観客に予想させる。また胎児を守る母胎は家であり、壁と屋根が崩れ落ちた家の中で命を守る最後の牙城とされている。

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