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セガールを継承する美しき“最強の料理人”が誕生! オルガ・キリュレンコ主演の『ハイ・ヒート その女 諜報員』は深く、面白い!

アクション映画にも女性活躍の波は寄せつつある。女優オルガ・キュリレンコが“最強の料理人”を演ずる傑作アクション『ハイ・ヒート その女 諜報員』のレンタルが10月13日にリリースされた。アクション女優として確固たる地位を築くオルガ・キュリレンコのハードなアクションと、現代の夫婦問題を風刺したブラックな笑いも楽しめる本作の魅力について解説する。


女性版“最強の料理人”の誕生 

“最強の料理人”というフレーズは20世紀には『沈黙の戦艦』(1992)『暴走特急』(1995)でスティーヴン・セガールが演じたケイシー・ライバックのためにあった。

ところが21世紀、同じフレーズをジャックする映画が現れた。しかも主演は女優である。近年『サンティネル』(Netflix・2021)、『ザ・クーリエ』(2019)などでハードなアクション映画を成功させているオルガ・キュリレンコが主演した『ハイ・ヒート その女 諜報員』は、高級フレンチ・レストランを開店したばかりのオーナーシェフが、営業妨害しようとするギャングと壮絶なバトルを繰り広げるアクションだ。多くのシーンがレストランの厨房で撮影され、調理器具や冷蔵庫を巧みに利用して視聴者をニヤリとさせる。彼女の夫を演ずるのは刑事ドラマ「マイアミ・バイス」のドン・ジョンソン。相変わらず二枚目だが、本作の彼は優柔不断、借金まみれで酒ばかり飲み、何ひとつ事件を解決しない初老の男を情けなく演じる。かつては“男の中の男”のイメージだったドンにとっては新境地といえるかもしれない。

アクションとブラックな笑いのコントラスト

フランスからアメリカへやってきたアナ(オルガ・キュリレンコ)は実業家のレイ(ドン・ジョンソン)と結婚し、念願のフレンチ・レストラン開店にこぎつける。だがその日、レイのもとにマフィア風の男が現れ、ボスとの面会を強要する。実はレイは過去に何度もレストラン経営に失敗しており、アナに隠した莫大な借金があったのだ。金を返さないレイに怒ったマフィアはレストランへの放火を実行。だが、ギャングたちの前にアナが立ちはだかる。アナにはレイに隠していたKGB(ロシア国家保安委員会)の腕利きのエージェントという過去があったのだ。

夫婦が互いの秘密の過去を知り、唖然とする実にリアルな場面である。アナの出現に面食らい、マフィアは次々と刺客を送り込む。しかしアナはマシンガンを片手に本格的な反撃を開始する──。

オルガ・キュリレンコのシャープなアクションと、情けないマフィアたちの巻き起こすブラックな笑いのコントラストが楽しい。後半、アナの援護のために現れるKGB時代の親友・ミミ(ケイトリン・ダブルデイ)とその家族たちの巻き起こす騒動も本作の重要なアクセントだ。ドン・ジョンソンのファンにも、終盤にはお楽しみが待っている。ケラケラ笑いながら84分間があっという間に過ぎるハイスピード・アクションの誕生である。

稀有なアクション女優に育ったオルガ・キュリレンコ

主演のオルガ・キュリレンコは1979年、ソ連時代のウクライナに生まれた。1995年、16歳でファッションモデルとして渡仏し、トップモデルに成長したが彼女はそのキャリアに満足せず女優として活動し、2005年には小川洋子の小説を映画化した『薬指の標本』(監督:ディアーヌ・ベルトラン)に主演。2007年『ヒットマン』(監督:サヴィエ・ジャン)や2008年の『007 慰めの報酬』(監督:マーク・フォスター)などをきっかけにアクション演技にも目覚め、『その女諜報員 アレックス』(2015・監督:スティーブン・カンパネッリ)以降はサブミッションの要素を取り入れたスピーディで激しい技闘に挑戦、アクション女優として独壇場にいる。70年代の志穂美悦子、90年代のミッシェル・ヨーなど男勝りのスタントをこなしたスター女優は多いが、オルガ・キュリレンコはスーパーモデル出身であり、洗練された女性美とハードアクションを兼ね備えた稀有な女優といえる。

現代の夫婦問題のパロディとして

また興味深いのは、本作が現代社会における夫婦の問題のパロディになっている点だ。富豪と結婚したと思っていたアナだが、夫のレイは借金まみれだった。レイも妻の素性を知らなかった。熱愛直後に結婚した夫婦の、相互不理解の典型例のようではないだろうか。
 
さらに、アナを援護するミミと夫のトム(クリス・ディアマントポロス)はストレス多き倦怠期にある。妻に見下され、罵られてばかりいるレイのこぼす「これが職場結婚だ」の言葉が笑えるけれども切ない。妻たちはみな強く、積極的で決断力がある。一方、夫たちは優柔不断で弱々しく、妻に引きずられている。現代女性の傾向をコメディとして誇張する一方で、見方によっては演出者のミソジニスト的視線を感じるかもしれない。その点については議論が待たれるが、製作者はそこに妻たちが“元ロシアKGBのエージェント”という巧妙なエクスキューズを用意した。すなわち彼女たちは民主的な世界で生きてこなかったのだと。気がつけば、やられたと感じる設定なのである。

監督のザック・ゴールデンはニューヨーク市生まれ。テレビドラマの脚本を書いたのち、2018年に初の長編映画「囚人614の脱走(The Escape of Prisoner 614)」で西部劇に挑戦し評価を得た。長編第2作となる本作は低予算ではあるものの、「ミッドウェイ」製作のハリウッド資本も参加した。コーエン兄弟の初期作を思わせるような乾いて毒のある笑いを盛り込むのが上手く、今後の活躍が期待される。ハイテンションな活劇の要素だけではない、人間を描いた深みが本作にはある。じっくりと鑑賞するに値する映画といえるだろう。

文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社

 



『ハイ・ヒート その女 諜報員』

●10月13日(金)レンタルリリース

●2023年/アメリカ/本編84分
●監督:ザック・ゴールデン
●脚本:ジェームス・ピーダスン
●プロデューサー:フィル・ハント
●アクション監督:ドリュー・リーリー
●出演:オルガ・キュリレンコ、ドン・ジョンソン、ダイヤモンド・ダラス・ペイジ、ケイトリン・ダブルディ、クリス・ディアマントポロス

●発売・販売元:アメイジングD.C.
© MAMA BEAR THE FILM, INC. 2023

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