たまらん坂の映画専門家レビュー一覧

たまらん坂

「フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように」の小谷忠典が黒井千次の短編集を基に4年の撮影期間をかけて完成させた長編劇映画。大学生のひな子が母の墓参りに来ると、墓前にコスモスの花が供えられていた。父から墓参りに行けないという電話が来て……。出演は、本作が映画初出演となる渡邊雛子、「プリテンダーズ」の古舘寛治。第30回マルセイユ国際映画祭インターナショナルコンペティション部門正式出品、第20回ニッポン・コネクションNIPPON VISIONS部門正式出品、第43回シンガポール国際アートフェスティバル招待上映、セント・アンドルーズ映画祭2021最優秀撮影賞受賞。
  • 脚本家、映画監督

    井上淳一

    黒井千次の原作は主人公の読む本の中に留まる。原作部分は画面サイズが変わり小説が朗読される。黒井自筆の原稿用紙さえ映される。「偶然と想像」が言葉を映画的に見せるという圧倒的到達点に達した同時代にこれでいいのかと思う。オリジナルのドラマ部分がまたチンケで、それが小説とどうシンクロしているのか分からない。なぜモノクロなのかも。「言葉が働いて生み出された人物は必ずしも想像とは限らない」と劇中黒井本人が言うが、それを文学と闘わない免罪符にしてはいけない。

  • 日本経済新聞編集委員

    古賀重樹

    「ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ」で佐野洋子の絵本をテキストに、その根元にある死生観を浮き彫りにした小谷忠典監督が黒井千次の短篇小説に挑んだ。国立と国分寺にまたがる坂の名の由来を探る物語。初老の勤め人の真情がにじむ原作を、女子学生の自分探しに編みかえた。大学、図書館、果樹園、小川といった国立のあちこちの光景、古い写真、自筆原稿、RCサクセション、さらに落ち武者の幻想や子守唄の記憶から、日常と夢想の回路が浮かび上がる。

  • 映画評論家

    服部香穂里

    ユニークな坂の名前の由来を追いつつ、幼い頃に母を亡くした女子大生が自身のルーツをもたどっていくが、そのきっかけを与える近未来の就活風景にリアリティが乏しく、出鼻をくじかれる。七里圭監督の飄々とした語りも魅力の、原作の朗読パートが醸す生活感とは裏腹の、読書の世界に没入していく主人公を取り巻く、妙に波乱ずくめな物語の作りものっぽさ。モノクロームの映像も、時空の歪みや虚構と現実の境目を曖昧にし、トーンのちぐはぐさを軽減するための選択に思えてしまう。

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