映画「星くずの片隅で」―ラム・サム監督が語る、香港映画の可能性

7月14日(金)よりポレポレ東中野、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開される香港映画「星くずの片隅で」は、民主化運動が激化する2019年の香港を舞台に連帯していく若者たちの群像劇「少年たちの時代革命」(21)で共同監督を務めたラム・サム監督の単独初監督作品。3月に行われた大阪アジアン映画祭に訪れたラム・サム監督のインタビューは『キネマ旬報』誌上に6月下旬号(6月5日発売)掲載したが、映画の公開に合わせキネマ旬報WEBで改めて紹介しよう。

コロナ禍で苦しむ香港人に向けたメイド・イン・香港映画

ルイス・チョンとアンジェラ・ユン(右)

「星くずの片隅で」は、2022年末に香港で、超大作「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」(以下「アバター2」)の公開時期にあえてぶつけて公開された作品である。

昨年の香港では空前の香港映画ブームが起きており、そうした背景もあったのだろうが、「アバター2」に真っ向から挑むとはさすが「少年たちの時代革命」を撮った監督だけある! と気概を感じたものだった。しかし、この件に関してラム・サム監督は、奥ゆかしげな様子で「隙間を狙っただけ」と笑うのだった。

「クリスマスシーズンに『アバター2』が公開されることは、どの配給会社もわかっていたので、当然、それにぶつける香港作品は少なかったんです。その状況を見て、これは逆にチャンスなのではないかと思って(笑)。あと、『アバター2』を観た人が、今度はまったく毛色の違う作品が観たいと思って、この作品を選んでくれるのではという期待もありました」

監督がそう語る通り、「星くずの片隅で」は、「アバター2」とは打って変わって、コロナ禍にみまわれた香港の街の片隅で生きる人々の苦難とささやかな希望を描いた作品。

「地味な作品ですし、みんな当然『アバター2』は観たいわけですし、初日はけっこう厳しかったんですが、そんななかでも観て共感してくれた人たちのSNSでの口コミが徐々に広がって、評判になっていきました。その大きな理由として、この3年、誰もがコロナ禍で苦しい思いをしてきて、主人公たちと同じような体験をした人も多かったからだと思うんです」

その主人公とは、清掃会社を細々と運営する、体の悪い老母と暮らす中年男ザク(ルイス・チョン)と、求職中の若いシングルマザー、キャンディ(アンジェラ・ユン)&コロナによって小学校に行けなくなった娘のジュー。彼ら労働者の日常や、さまざまな清掃の依頼を通して、失業、介護、孤独死などの問題も絡め描いていくのだが、困難ばかりが続いても人を思いやる気持ちをなんとか持ち続ける主人公たちに向けたラム・サム監督の、軽やかにしてあたたかな眼差しが感じられるヒューマンドラマとなっている。

「ただ、公開当時はコロナ禍から抜け出していない時期だったので、まだまだ困難のなかで生きている人も多く、生々しくて観るのが辛そうと思う人もいたようです。が、実際に観ると暗い映画ではないし、逆にポジティブな気持ちになって、前向きに生きていこうと思えた──といったカキコミが多かったんですよ」

公開時には、すでに台湾金馬奨各賞にノミネートされていて(その後、香港電影評論学会大奨で最優秀監督賞などを受賞したほか、香港電影金像奨では10部門にノミネート)、こうした映画界での評価の高さも後押しをしたのだろうかと聞くと、「それは一般の観客にとっては重要なことではないでしょう」とのこと。観客が、業界的な評価云々関係なしに、自分たちに向けたエールとして捉えた「星くずの片隅で」。まさに香港人による香港人のための香港の今を描いたザ・メイド・イン香港映画。そんな作品が愛されたことは、同じく香港人に観てもらうために撮るも上映禁止となった「少年たちの時代革命」の無念を思うと、監督にとってはこのうえない喜びだったのではないだろうか。

香港映画界は近年でいちばんいい時期

2023年の大阪アジアンで豊作だった香港映画のラインアップを振り返ると、題材やテイストはさまざまながら、たとえば「香港ファミリー」「白日青春」「流水落下」「四十四にして死屍死す」など、「星くずの片隅で」同様、“ザ・メイド・イン香港映画”の秀作が続々と生まれていることがみてとれる。しかも監督を務めたのは皆、若手。そんな香港映画界の現状についてはどう見ているのだろうか。

「香港映画は、近年では今いちばんいい時期にあるんじゃないかと思います。これまではジャンル映画のイメージが強かったと思いますが、このところ多様なテーマを持つ作品が増えてきていて、それを観客が関心を持って観てくれるようになっている。僕の『星くずの片隅で』だって、ひと昔前だったら、地味だといって誰も観てくれなかったと思います(笑)。でも、そんな映画たちが成功してきていることで、今、映画館や投資者たちの意識も変化している。そういう意味で、もっと新しい多様な作品がどんどんつくられていく可能性が芽生えているところだと思うんです。ただ……」と、監督が続けた言葉に、(こちらが無知だっただけなのだが)思わず驚く。

「実は僕、今はロンドンに住んでいるんです。22年の6月に家族と共に移住しまして。決意したのは子どもの将来のためです。中国に返還された97年まで申請することができたBNOというビザがあるんですが、20年の香港国家安全維持法施行が、市民の自由に対する侵害だとして、21年にイギリス政府がこの資格のメリットを大きく拡散したことから、そのビザを使っての移住がものすごく増えたんです。で、移ってみて驚いたのは、移住者は映画関係者だけでも数百人いること。だから、ハードルは高いですけど、数百人もいればイギリスでも“香港映画”を作れるんじゃないかと。実際、この2〜3年で香港人の大量移住を受けて、すでにひとつのマーケットが形成されつつあるんです。具体的には、移民してきた香港人が『香港映画祭』を企画したんですが、観客が予想以上に集まったんです。それによって映画館ともいい関係を築きつつあるんですが、この流れで香港映画がイギリスで公開されるチャンスも増えていくとみています。実際、この『星くずの片隅で』のワールドプレミアはイギリスのエディンバラ国際映画祭ですし、今現在もイギリスで公開中(※取材をした23年3月中旬現在)です。そんなこともきっかけで、制作面でも、もしかしたらイギリスで映画が撮りやすくなるかもしれないと思っているところです」

どこにいても香港の魂を継承した“香港映画”は撮れると、かつてピーター・チャンが語っていたことを思い出したが、もし撮るとしたらどのような作品になるのだろう。

「今、題材として興味を持っているのが、僕のように海外に移住した香港人家族の話と、コロナ禍が収まった後の香港人が何を考えどう生活していくかという話。いずれにしても、僕は興味のあるテーマ=香港人としてのアイデンティティに関するものしか撮れないし、それを撮ることは勇気のいることですが、どこにいても諦めないでいたいです。今年2月のベルリン国際映画祭でのジョニー・トー監督のスピーチ(映画というものの重要性や自由について語ったもの)にも勇気づけられましたが、彼を見本に、撮りたいものを撮り、訴えるべきことは訴えるような、そういう方向をこれからも目指したいと思っています」


取材・文=塚田泉 制作=キネマ旬報社(『キネマ旬報』2023年6月下旬号より転載)

 

林森(ラム・サム/Lam Sum)
1985年生まれ、香港出身。香港演芸学院電影電視学院演出学科卒業。短篇やドキュメンタリー映画制作のほか、映画制作の講師としても活動。これまでの作品に短篇「oasis」(12)やレックス・レンと共同監督した「少年たちの時代革命」(21)などがある。本作で初の単独長篇監督。

 

「星くずの片隅で」

【解説】
映画「イップ・マン 継承」ほか数多くの映画、ドラマに出演する俳優&シンガーソング・ライターのルイス・チョンと、映画「宵闇真珠」ではオダギリジョーとも共演、Vaundyの〈Tokimeki〉のMVにも出演した香港のトップモデル、アンジェラ・ユン共演の、コロナ禍の香港でたくましく生きる人々を描いたヒューマンドラマ。2020年、コロナ禍の香港。老母の看病をしながら働く清掃業者のザク(ルイス・チョン)は、幼い娘がいるシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)を雇うが、キャンディが顧客の家からマスクを盗んだことがわかり解雇する。しかし娘と路頭に迷うキャンディを見るに見かねたザクは再び彼女を雇うと、今度は熱心に働き始めるのだが…。

【作品データ】
窄路微塵/The Narrow Road
2022年・香港・カラー・1時間55分
●監督/ラム・サム
●脚本/フィアン・チョン
●出演/ルイス・チョン、アンジェラ・ユン、パトラ・アウ、トン・オンナー
●配給/cinema drifters、大福、ポレポレ東中野
◎7月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、ポレポレ東中野ほか全国にて
©mm2 Studios Hong Kong

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