広瀬すず、松坂桃李と共に見つけた、窮屈な現代における”救済”とは―。 映画「流浪の月」李相日監督インタビュー

世間を騒がせた女児誘拐事件の元誘拐犯と被害女児が再会したことをきっかけに、人間関係の綻びや絆が露わになっていく様を描いた、映画「流浪の月」。本日11月16日に待望のBlu-ray&DVDが発売となった本作の魅力と、そこに込めたメッセージ性について、李相日監督に改めて伺ってみた。

寓話性と社会性の共存

2020年本屋大賞を受賞した凪良ゆうの原作小説を手に取った李相日監督は、「時代の空気感をちりばめ、敢然と切り込んでいる」と物語の魅力を語る。

李監督:現代に存在する『恋愛』に括れない濃密な関係性が描かれていて、その寓話性にある種の理想形を垣間見ました。一方で、社会の価値観と向き合う側面もある。更紗がつぶやく『人は自分の見たいようにしか見ない』風潮は加速していて、一歩違うと思ってもいない形で断罪される不安感は、誰しも持っているはず。また、自分自身も偏見を持ってしまう加害者側になる可能性だってあります。寓話性と社会性、そのアンバランスさが映像にするとどのようにミックスされるのか、という期待を持ちました。

監督が本作を振り返ったとき、高揚するシーンとして一番に思い出すのは俳優陣の表情だという。”可哀想な被害女児”という虚像が独り歩きし、胸の内にさまざまな思いが渦巻いている更紗を演じたのは「怒り」(16)以来の再タッグを果たした広瀬すず。

李監督:前作で彼女の生い立ちや育ってきた環境をいろいろ聞き、彼女なら更紗に一番近づける気がしました。若いときから芸能界で活躍し、世間の視線や思い込みを浴び続けている意味でも更紗とすずは共通します。迷いながらも、身を浸してくれました。

誘拐犯であり、ある秘密を抱えた摑みどころのない文役を、松坂桃李が創り上げた。

李監督:一番寓話的だけど、肉体的な痛みを抱えている。この両極端を生身の人間に存在させるには、松坂さんの良く言えば透明感、逆を言えばどこまで行っても捉えきれない正体不明な感じが、文と合うんじゃないかと思いました。松坂さんもだいぶ模索していましたが、1シーンずつ真摯に対峙したからこそ、ラストシーンが撮れたと思います。

横浜流星は更紗への独占欲からDVを振るってしまう彼氏・亮という、これまでのイメージにない役柄を見事に演じた。

李監督:亮と更紗が笑い合うのは冒頭だけ。リハーサルでは、1年以上同棲している2人という設定で関係を構築したのに、本番では亀裂を描くのみだったので、その感情の変化に相当頭を抱えていたと思います。DVシーンは印象に残りますが、そこに行き着くまでの亮の心の揺れみたいなものを見せてくれました。

 

巨匠ホン・ギョンピョの力

水や月といった自然風景の美しさも映像の印象として強く残り、悲しみに差す一点の光のように、叙情感たっぷりの映像美は何度も見返したくなる。撮影監督は「パラサイト 半地下の家族」(19)、「バーニング 劇場版」(18)など韓国映画界を牽引するホン・ギョンピョが務めた。

李監督:ホンさんとは、この物語は人間の負や残酷さを描くぶん、映像は美しくなければいけないのではないかという話を最初からしていました。水面、光の差し方、風による木々やカーテンの揺れ。俳優を取り囲む自然的な要素を、役柄の心情や状況と一緒に立体的に映すことを全カット意識されていたので、映像に表現力が宿っています。映像から意思を感じるというか、物語の一部として存在していました。だから、撮影は綿密。夜でも、雲の表情や月が見えて暮れかかる一瞬を狙う。特に印象的なのは、自然光をベースに作り上げた部屋の中の光の扱い方や、文が湖に入っていく際の水面の波紋です。ぜひ注目してください。

極限まで関係性や感情を掘り下げ、人間が長い時間をかけて心に蓄積される”痛み”を描いてきた李監督。これまでのリアリスティックな描写と異なる温度感で痛みを捉えたことで、監督にとってどのような意味のある作品になったのか。

李監督:これまでの作品は重々しい現実を見つめていたので、掘っても掘っても、痛みしか出てこなかった(笑)。そういう表現の必要性もわかりますが、こんなにも窮屈な今に救いが欲しいと思いました。この作品は絶妙なバランスによって、見せかけじゃない救いが描かれている。特に2人いて初めて救済になる、というのは大きいですよね。自分で自分の魂を救済するのは限界がありますし、どうしたって癒えない傷もある。恋愛に定義できない関係性の2人が助け合う、というのが良いと思いました。はっきりと綺麗なメッセージを台詞にするのが苦手なんですが、何かしら前を向ける要素を残したいと思って撮りました。

李監督作品には必ず、物語と現実社会との接点が存在する。明確なメッセージを台詞に任せなくとも、映画から社会と繋がることで観客は地続きにあるこの世界を想うことになる。

李監督:映画は、無意識に意識を持ってもらえる唯一無二の表現なので、僕は社会とのつながりを持ったまま映画を作り続けたい。社会への正義感や使命感を第一目的に、映画を作るわけではないですが、内側にある怒りから目を逸らさないで、映画と自分が離れ過ぎないようにこれからも作品を作りたいです。

李相日(り・さんいる):1974年生まれ、新潟県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)の卒業制作作品「青〜chong〜」(99)が00年PFFでグランプリを含む4部門を独占受賞し、「BORDER LINE」(02)で劇場デビュー。以降、「69 sixty nine」(04)、「スクラップ・ヘブン」(05)などを監督し、06年「フラガール」がキネマ旬報ベスト・テン日本映画作品賞ほか国内の映画賞を席巻、10年「悪人」でもキネマ旬報ベスト・テン日本映画作品賞、監督賞、脚本賞を受賞。その後も「許されざる者」(13)、「怒り」(16)など、人間の本質に迫る社会派作品を発表。

取材・文=羽佐田瑶子 制作=キネマ旬報社

 

 

「流浪の月」

●11月16日(水)Blu-ray&DVDリリース
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【音声・映像特典】
・オーディオ・コメンタリー(広瀬すず×松坂桃李×李 相日監督)
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●DVDスタンダード・エディション:4,180円(税込)
【音声・映像特典】
・オーディオ・コメンタリー(広瀬すず×松坂桃李×李 相日監督)
・予告編集
・キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)

●2022年/日本/本編150分
●監督・脚本:李相日、原作:凪良ゆう「流浪の月」(東京創元社刊)
●出演:広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、多部未華子、趣里、三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、内田也哉子、柄本 明
●発売・販売元:ギャガ
©2022「流浪の月」製作委員会

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