とべない風船の映画専門家レビュー一覧

とべない風船

2018年に起きた西日本豪雨災害からの復興が進む瀬戸内海の島を舞台にした人間ドラマ。島で漁師をしている憲二は、数年前の豪雨災害で妻子を失って以来自ら孤立。ある日疎遠の父に会うために来島した凛子と出会い、互いに閉ざしていた心を少しずつ開いていく。監督は、広島を拠点にCMディレクターとして活躍、「テロルンとルンルン」で2019年第17回中之島映画祭グランプリはじめ数々の賞を獲得した宮川博至。豪雨で妻子を失い心を閉ざした漁師・憲二を「天上の花」の東出昌大が、挫折し進むべき道を見失った凛子を「ドライブ・マイ・カー」の三浦透子が演じる。2022年広島国際映画祭上映作品。2022年12月1日より広島先行公開。
  • 映画・音楽ジャーナリスト

    宇野維正

    娘のキャリーケースを和室の居間に運び込んだ父親がキャスターの汚れを拭き取るところだけで、細部の描写にどれだけ神経を研ぎ澄ませているかがわかる。軽トラが画面を横切る日中の何気ないシーンだけで、カメラをどこに置いて何を映せばいいのか会得していることがわかる。本作が初長篇の宮川博至監督は間違いなく「撮れる」監督で、その作風もふまえるなら、国内メジャー作品での抜擢も時間の問題なのではないか。設定やストーリーの展開にはもう少し新味が欲しかった。

  • 映画評論家

    北川れい子

    2018年の西日本豪雨の被災地を舞台に、ひとりの男の喪失感や孤独を淡々と描き、演じる東出昌大の笑いを忘れたような硬い表情とどこか重い足どりも悪くない。瀬戸内海の小さな島。彼の周辺や地域の人々のエピソードもリアリティがある。けれども疎遠だったという父親に会いにくる、挫折感を抱えた三浦透子の話はいかにも取って付けたよう。人にはそれぞれ悩みや事情があるのは分かるけれども、どうもわざとらしい。気どったというか、気張ったタイトルも何やら頭でっかち。

  • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

    千浦僚

    現在の日本映画界で拗ねた男をやらせるなら完全に東出昌大氏、みたいになってるがまだ飽きない、嫌いになれない。本作でも「天上の花」同様、生肉食材を持ち込む男。服部文祥のもとで狩猟修行するような俗世からの離れかたと再生の計りかたは憧れでもあるし、いつか自分が有害な男として転ぶときの参考にする。本作でついに風船を飛ばそうとして少女の手と並ぶ彼の手は花を投げるフランケンシュタインの巨大さ魁偉さだった。良き孤独。ヒロイン三浦透子と馴れぬ設定も良い。

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