ケイコ 目を澄ませての映画専門家レビュー一覧

ケイコ 目を澄ませて

聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、彼女の生き方に着想を得て生まれたケイコを、「きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が16mmフィルムに焼き付けた青春物語。ゴングの音もセコンドの指示もレフリーの声も聞こえないなか、じっと<目を澄ませて>闘うケイコを、才能にあふれた主人公としてではなく、不安や迷い、喜びや恐怖など様々な感情の間で揺れ動き、それでも拳を突き出す一人の女性として描く。ケイコを演じた岸井ゆきのは、厳しいトレーニングを重ねて撮影に臨み、新境地を切り開いた。ケイコの実直さを認めて見守るジムの会長に三浦友和。その他、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、中島ひろ子、仙道敦子など実力派俳優が脇を固める。第72回ベルリン国際映画祭正式出品作品。2022年第96回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位、主演女優賞(岸井ゆきの)、助演男優賞(三浦友和)、読者選出日本映画監督賞(三宅唱)受賞。
  • 映画・音楽ジャーナリスト

    宇野維正

    「日本映画界は本当にボクシングが好きだな」という「またか」感以外、文句のつけようがない。平坦な日常とリング上の非日常の対比ではなく、平坦であることのかけがえのなさの担保としてのリング。肉体の「痛み」はただ肉体の「痛み」でしかなく、そこでの勝敗もあらかじめ物語のカタルシスとは無縁の場所にある。16㎜フィルムで記録されたコロナ禍の東京イーストサイドの静かな風景が、この映画の登場人物たちと同様、我々もなんとか同じ時代を生き抜いてきたのだと告げる。

  • 映画評論家

    北川れい子

    いつも硬い表情で練習するケイコが、さりげなくイヤリングと真っ赤なマニキュアをしていることに、三宅監督らしい自由さを感じ、さらにこの作品を抱きしめたくなった。ケイコはホテルの清掃係をしながら、ジムで、夜の土手で自主トレーニングに励むのだが、けれどもいまケイコが闘っている相手は自分自身で、いつまで続ける、いつまで続けられる? 情感のある16㎜フィルムが彼女の迷いを吸い込んでいくようなのも見事で、演じる岸井ゆきの、最高だ。ジムの会長・三浦友和も渋い!

  • 映画文筆系フリーライター。退役映写技師

    千浦僚

    このフィルムの一発一発が重く硬いパンチのような映像と音響によって名付けえぬ感動が引き起こされるのをたしかに感じた。冒頭ジムの更衣室で着替える岸井ゆきのの下着姿の背中が獣めいた筋肉の量感をたたえている時点で引き込まれる。そして全篇に満ちる音。主人公が立て、彼女本人が聴いていない音。この映画の観客はその断絶に耳を澄まし、同時に、人も事物も世界もそれぞれ孤絶していると気づく。勝利すらないだろう。本作はだからこそ闘うことが生の要件なのだと説く。

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