長崎の郵便配達の映画専門家レビュー一覧

長崎の郵便配達

元英空軍大佐でジャーナリストのピーター・タウンゼンドが、長崎で郵便配達中に被爆した谷口稜曄の体験を基に著したノンフィクション小説を頼りに、タウンゼンドの娘で女優のイザベル・タウンゼンドが長崎を巡り、父と谷口の思いを紐解くドキュメンタリー。ピーター・タウンゼンドは英空軍の飛行隊長として第二次大戦中に英雄的活躍をし、退官後はジョージ6世の侍従武官を務め、エリザベス女王の妹マーガレット王女と恋に落ち、「ローマの休日」のモチーフになったともいわれている。来日して長崎を訪れた際に出会った谷口稜曄を取材し、1984年にノンフィクション小説『THE POSTMAN OF NAGASAKI』(ナガサキの郵便配達)を出版した。監督は、「あめつちの日々」の川瀬美香。
  • 脚本家、映画監督

    井上淳一

    これは常に自分の課題でもあるのだが、残念ながら戦争や社会的テーマを描いたドキュメンタリーは届く人にしか届かない。しかし表現者の端くれである以上、届かない人が見た時に内容だけはせめて届くものでありたい。そういう意味で被爆した郵便配達少年の本を書いた父を追体験する娘を描いた本作は届く映画だと思う。核武装が堂々と語られる今こそ、一人でも多くの人に見てほしい。「作家の義務は証言することだ」という言葉に勇気づけられる。それ以外に映画を作る意味はあるのか。

  • 日本経済新聞編集委員

    古賀重樹

    被爆者に取材して本を書いた父親の足跡を追う旅を通して、娘が長崎と出合う。そのプロセスが確かに画面に映っている。父が残した取材時の録音テープに導かれるように、息を切らして坂道を上る。自然を愛した父が長崎の風の音や鳥のさえずりを録音していたことを聞かされ、涙ぐむ。長崎の人々と共に死者を悼み、パリのテロにおびえる。亡き父の思いを肌で感じた娘は、それを孫たちの世代に伝えるために動き出す。いま戦争を語り継ぐことの可能性を静かに深くとらえている。

  • 映画評論家

    服部香穂里

    『ザ・クラウン』でもマーガレット王女との?末が劇的に描かれたタウンゼンド大佐の作家としての一面に、その著書を亡くなってから改めて読み解いていく娘の目線で光を当てる。父への思慕の情を発端に長崎を訪れた彼女が、タイトルロールでもある谷口氏が家族と初めて海水浴に訪れる一節を海辺で朗読し、彼の父親としての率直さに、子をもつ母として感銘を受ける場面が、とりわけ印象深い。唯一の被爆国ながら、核廃絶を訴える発信力が年々低下する日本への懸念も、随所に覗く。

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