アウシュヴィッツのチャンピオンの映画専門家レビュー一覧

アウシュヴィッツのチャンピオン

第2次世界大戦下、ナチスのアウシュヴィッツ強制収容所で、死の淵に立ちながらも生きることへの不屈の闘志と尊厳をもって、リングに立ち続けたボクサーの実話を基にしたヒューマンドラマ。ポーランド出身でホロコースト生存者の孫でもあるマチェイ・バルチェフスキ監督の長篇デビュー作。モデルとなった実在のボクサー、タデウシュ・“テディ”・ピトロシュコスキは、看守やカポ(囚人の中の統率者)を相手に数十戦の勝利を収めた。その姿はナチスは無敵ではないのだと、恐怖や絶望と闘う仲間たちの希望の象徴となった。監督は元囚人たちの証言やテディ本人の記憶をもとに彼が歩んだ半生を映像化した。主演を務めたのは「イレブン・ミニッツ」(15)「ダーク・クライム」(16)など60本近くのポーランド映画に出演してきたピョートル・グウォヴァツキ。数カ月のトレーニングを経て肉体改造に成功し、スタントマンなしで過酷な撮影に挑んだ。2020年、ポーランドで最も権威のあるグディニャ映画祭で金獅子賞(最優秀作品賞)を受賞、さらに2022年同国のアカデミー賞とされるイーグル賞で4部門(撮影賞、美術賞、メイクアップ賞、主演男優賞)を受賞した。
  • 映画監督/脚本家

    いまおかしんじ

    暇つぶしみたいにバンバン人が殺される。全く愛想のない殺人描写にゾッとする。主人公の男は正義の人。汚ったない皿にわずかばかりの不味そうなスープ。少年が突き飛ばされ、スープをこぼす。男が自分の分を分けてあげるかと思いきや、そうしない。生きるためには、自分の身を守るしかない。ギリギリの状況描写にハラハラする。いつ殺されるかわからない。やっとつかんだ平穏も続かない。少年と少女の淡い恋愛も無残に引き裂かれる。追い詰められた男の最後の意地に涙する。

  • 文筆家/女優

    唾蓮みどり

    目の前の相手を人間だとさえ思わないこと。これが戦争だと思い知らされる。そのなかで生き延びるために見世物としてのボクシングで闘う主人公。闘いのシーンと、まるで物のように扱い平気で人を虐殺するシーンの緊張感が重なり、最後まで映像を凝視していた。なによりもピョートル・クウォヴァツキの表情にぐっと惹きつけられる。アウシュビッツで起こる酷い仕打ちは目を覆いたくなるが、戦争がリアルタイムで起きているいま、その悲惨さを何度でも知り反省すべきである。

  • 映画批評家、東京都立大助教

    須藤健太郎

    すべてを自分に奉仕させずにはおかない脚本の傲慢さが際立つ作品であり、これは見世物をめぐる寓話ではない。サブストーリー的に点描される3人の子どもの死。ボクシングに夢中な、裕福なドイツ人家庭の息子。テディが収容所で仲良くなる少年ヤネック。そしてヤネックが思いを寄せる看護師の少女。彼らはラストシーンを支えるためにだけ自分たちの命を差し出すわけだ。誰もドラマの圧政から逃れられない。最後にボクシングジムに集う子どもたちはあたかも脚本の新たな囚人である。

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