ある男の映画専門家レビュー一覧

ある男

第70回読売文学賞を受賞した芥川賞作家・平野啓一郎の同名小説を「蜜蜂と遠雷」の石川慶が映画化。弁護士の城戸章良は、谷口里枝から亡き夫・大祐の身元調査という奇妙な依頼を受ける。不慮の事故で命を落とした大祐が、実は別人だったというのだ……。出演は「唐人街探偵 東京MISSION」の妻夫木聡、「万引き家族」の安藤サクラ、「劇場版ラジエーションハウス」の窪田正孝。
  • 脚本家、映画監督

    井上淳一

    劇中の講演で太田昌国が「死刑を肯定する人は、犯罪を犯した人は変われないと思っているから」と言う。だから殺してしまえというわけだ。人は変われるか。人を規定するものは何か。人は属性から自由になれるか。本作はそんな文学的テーマを見事に映画に翻案している。程も品も良い。ただそれ故に伝わらないもどかしさもある。在日三世の弁護士の民族的苦悩を深掘りしないと、あのオチは変われない重さを相対化するだけではないか。「千夜、一夜」と同じじゃないか。気取らずに行こうよ。

  • 日本経済新聞編集委員

    古賀重樹

    愛した夫が事故死した後、別人だったと判明する。戸籍交換という題材から現代社会のさまざまな矛盾を浮き彫りにする平野啓一郎の小説を石川慶が映画化した。平野は1975年生まれ、石川は77年生まれで、脚本の向井康介、撮影の近藤龍人も同世代。自己同一性の揺らぎという現代文学の重要な主題を、この世代が極めてクリアにとらえている点が面白かった。脚本にも、演出にも、画面にも、60年代の日本映画のようなどろどろしたところがない。それがこの世代のリアルなのだろう。

  • 映画評論家

    服部香穂里

    経歴を偽っていた男性の死がもたらす、彼が築きたかった家庭と逃れられない血縁をめぐる愛憎劇としては、オーソドックスなミステリーの興趣が光る。それに並行する、自らの半生も重ねて真相究明に前のめりになる弁護士のドラマは、地に足つかない妻やその両親の描写の粗さなどに伴い、彼が夢見た理想の生活も、直面している現実との落差に対する苦悩や葛藤さえも、浅薄に映る。その結果、“Xとは自分自身ではないか”という哲学的な問答まで、空中分解してしまったように感じた。

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