デニス・ホー ビカミング・ザ・ソングの映画専門家レビュー一覧

デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング

同性愛を公表するアジアンポップ界のスター歌手デニス・ホーの音楽の軌跡と、香港ポップスのアイコンだった彼女が2014年の雨傘運動を契機に声を上げるアーティストに、そして2019年の香港民主化運動を経て民主活動家へと進化する姿を追ったドキュメンタリー。1977年香港生まれのデニスは、11歳の時に家族でカナダに移住するが、香港の大物歌手であり大女優のアニタ・ムイに憧れて香港に戻り、レコードデビューを果たす。師匠であるアニタ自身も子供の福祉に力を注いだが、デニス自身も自らの同性愛を公表するなど積極的に社会運動に力を注いできた。デニスいわく、それは10代の日々を過ごしたモントリオールの地で吸収した民主主義の原則と価値観への強い信念によるという。キャリアや資産を危険にさらし、逮捕され、スポンサーを失い、友人と思っていた人々が離れていく。そんな苦境を恐れ、言動を控える人々が多いなか、何百万人にのぼる香港市民の思いを伝えようと声を上げ、自由と民主主義のために戦うデニス・ホーの強さは、彼女自身のゆるぎない信念が支えている。監督・脚本・プロデュースはアムブリカ・プロダクションズの創設者で、30年間に渡りドキュメンタリー映画制作に従事しているスー・ウィリアムズ。2019 年、民主化を求める抗議デモは激化し、デニスは再び他のデモ参加者と共に通りに出る。冷静さを保ちながら正義を要求し、国連やアメリカ議会で訴え、もちろん音楽を作ることも忘れない。デニスの人生が、そのまま香港の歴史に重なる。
  • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

    ヴィヴィアン佐藤

    香港民主化運動とLGBT運動の象徴的な存在のデニス。孤高な勇姿は、まるで現代のジャンヌ・ダルク。社会全体をここではない、より善いどこかへと先導する姿は、禁欲的な革命家だ。憧れの女性故アニタ・ムイの思い出、自分を形成したモントリオールの風景。それらは決して現前しない永遠に喪失し続ける完璧な理想だ。それと同時に、革命家然という存在自体が、我々の日本社会には前近代に既に喪失してしまった在り方だ。眩しすぎるロックスターの存在は、我々の汚濁した社会を映す。

  • フリーライター

    藤木TDC

    政治行動映画の新しいスタンダードとして多くの日本人が見るべきだ。前半の自分語りは食傷気味になり、恵まれた生いたちと才能に嫉妬してしまうが、それでも知名度や英語力をもって世界に香港の危機と中国糾弾のメッセージを発し、催涙ガスや放水の飛び交うデモの前衛に立つデニス・ホーには世界のどのアーティストにもない勇気と力強さを感じる。現代の体制変革のモチベーションは脱貧困ではなく自由と多様性の保証要求にあると教えられる。日本の野党政党は本作に学んでほしい。

  • 映画評論家

    真魚八重子

    巨大なステージで観衆の目に囲まれているデニス・ホーは、とても孤独に見える。本作はホーの内面に迫ろうとするドキュメンタリーではないが、雨傘運動やカミングアウトについて語るとき、言葉で公にはできない部分にほのめかすようなニュアンスが横溢していて、センシティヴな作品に自然と仕上がっている。中国の香港政府への介入が、香港の芸能人たちの仕事を直撃し、それは文化の破壊にも確実につながっている。政治的発言が有名人ゆえに重い十字架となる宿命が、痛ましく感じた。

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