グレース・オブ・ゴッド 告発の時の映画専門家レビュー一覧

グレース・オブ・ゴッド 告発の時

フランソワ・オゾンが、フランス全土を震撼させた神父による児童への性的虐待事件を映画化。妻子と共にリヨンで暮らすアレクサンドルは、幼少期の自分に性的虐待を行ったプレナ神父が、今も子どもたちに聖書を教えていることを知り、告発を決意するが……。出演は「背徳と貴婦人」のメルヴィル・プポー、「エンテベ空港の7日間」のドゥニ・メノーシェ。ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)受賞作。
  • 映画評論家

    小野寺系

    フランソワ・オゾンが奇抜な演出を排して、かなりオーソドックスな撮り方をしているのが印象的。それはカトリック教会の児童への性的虐待問題が、それほどシリアスなのだという意思表示でもあるだろう。衝撃的なのは、被害者の訴えに対し、教会の担当者が親身に話を聞いて神父が素直に謝罪するものの、それ以上の具体的な責任を教会側が何一つとろうとしないところ。つまり被害者をなだめて落ち着かせる以上のことは何もしたがらないのだ。よくぞ、世にこの悪行を知らしめた。

  • 映画評論家

    きさらぎ尚

    聖職者による性的虐待行為の報道を目にするようになったのは2000年代に入ってからであり、その後はしばしば映画でも描かれてきた。F・オゾンがこれを題材にしたとは意外に思えたものの、見終わって納得。加害者を告発するための、被害者の一致団結を描くものではない。おぞましい記憶に苦しむ3人を、被害者としてひと括りにしない。事件から現在に至る各人の心情・事情と向き合って群像劇に仕立てているのだ。要は監督の視点。得意とする作風をもって描いた問題作である。

  • 映画監督、脚本家

    城定秀夫

    フランソワ・オゾン監督作であることを疑ってしまうようなオーソドックスな演出から、事件を世に問うことを第一義としていることが窺える力強い実録映画ではあるのだが、信仰者である被害者の怒りと拮抗するはずの「赦し」には深く踏み込まず、彼らを多角的に描きながらも結局は「変態神父許すまじ」の視点に終始してしまっている作りには物足りなさを覚えるし、潔く罪を認めながらも罰を拒む神父側をもう少し掘り下げて神と人間の対立構図を際立たせてほしかったという思いが残る。

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