映画専門家レビュー一覧

  • 名もなき生涯

    映画評論家

    佐々木誠

    いくら自国が他の国と揉めようともそれが自分の日常に影響することはない、なんてことはもちろんない。自分の考えを貫く自由すら奪われるのが戦争だ。本作は、ナチスに協力することを拒んだ実在したオーストリアの農夫とその妻の物語。自然光にステディカムの長回し、詩的なモノローグ(今作では夫婦の手紙のやり取りとして表現)というマリック節全開だったが、この実話との相性が良かった。異常な状況下で少数派にされた名もなき夫婦の日常を丹念に体感させられ、涙も出ない。

  • スキャンダル(2019)

    映画評論家

    畑中佳樹

    広大なフロアにひしめく記者達と、ブラインドで目隠しされた個室に陣取るボス。この公私二空間の構造は30年代のブンヤもの(新聞記者映画)全盛期と何ら変わらない。TV時代にフロアの多数派となった女性達が、両空間を往復しつつ、セクハラ会長への告発をめぐって「私も!」の声を上げるか口をつぐむか揺れ動く。意外に見応えがある。思うに主演女優3人以外の脇役の女達一人一人が、要所要所でいい味を出している。マーゴット・ロビーの親友のレズビアン娘がキュート。

  • スキャンダル(2019)

    映画評論家

    石村加奈

    このスピードで、こういう実録映画を作れるのがアメリカの懐深さだ。S・セロン、N・キッドマン、M・ロビー、三世代のヒロインそれぞれの華麗なる結末も見事。女同士で徒党を組む、作中の台詞を借りれば「スポットライトをシェアする」のではなく、自分らしく問題を解決する知的な姿勢にも好感を覚えた(3人がエレベーターで一緒になるシーンのヒリヒリするような緊張感!)。セロンの変貌ぶりも鮮やかだが、グレーなポジションを好演するK・マッキノンが、作品に奥行きを与える。

  • スキャンダル(2019)

    映画評論家

    佐々木誠

    16年に起こった実際のFOXニュースのセクハラ事件を映画化した本作。たった3年で実在の人物と架空の人物が交錯する娯楽作として練られた脚本を完成させ、シャロン、キッドマン、ロビーを主演に揃えた、このスピード感。それは、この間に起こったMeToo運動などのムーブメントの凄まじさを物語っている。“スキャンダル”が報道されるまでの3人のキャラクターに焦点を当て、じっくり描いているが、彼女たちが唯一顔を揃えるのが、上下に移動するエレベーターというのが意味深い。

  • 山中静夫氏の尊厳死

    映画評論家

    川口敦子

    思うままに余命を生きたいというひとりの物語は身につまされる。一方で看取りを誠実に続けることで自身が病んでいく医師の物語、それが映画の核を侵食していくように書き、撮った監督村橋の選択も光る。医師と息子のすれ違っているようで、そうでもない言葉のやりとりも、あざとさと結ばれそうでひやひやさせるが、ゆっくりと染みてくる。人の姿の奇を衒わない切り取り方。そうして死を前にした人が対峙したいといった山の美しさ。撮影監督高間賢治の力も見逃せない。主題歌は要る?

  • 山中静夫氏の尊厳死

    映画評論家

    佐野享

    なんでも暗喩的に描けばよいわけではないが、ここまで直喩的な描写しかないと映画が本来描こうとしているであろう死を前にした患者と医師の心理的葛藤について観客が想像をめぐらす余地がない。立ち止まって見つめるべき風景、頭のなかで反芻し消化すべきことばもスルスルとすり抜けてしまう。ことに医師がうつ病を患ってからの描写は、前半部の風景やことばに十分な重みをもたせていないため、ただ段取りを踏んでいるように見えてしまう。撮影はじめスタッフワークはわるくない。

  • 山中静夫氏の尊厳死

    映画評論家

    福間健二

    南木佳士の小説はどこか頼りない線をたどりながら、誠実さを疑わせない力をもつ。これだけかという内容でも、だ。映画にして大丈夫かと思うが、地味さのよさということがある。村橋監督と高間カメラマン、奇をてらうことない画に人をおく。中村梅雀と津田寛治の、死に向かう患者と自分も病みながら彼を看取る医師。どちらの演技も虚構性を忘れさせる瞬間があった。景色、浅間山がいい。江澤良太の、小説家志望の息子もいい。そしてエンディングの小椋佳、なんていい声だろう。

  • 影裏

    映画評論家

    川口敦子

    見終えてまず原作を読むこととメモした。怠け者に律儀な決意を促した映画には、もうひとつの「ロング・グッドバイ」ともなり得るのに安易にそこに落ち着くのを拒むといった健やかな頑なさが息づき、そのもやもや感が時と共に不思議な磁力となってくる。原作を読み「ほのめかし」を核としたいかにも映画化は難しそうな一作に挑んだ監督と脚本家の闘志に打たれた。書かれなかったことを見せるのか。言われなかったことを言葉にするのか。小説と映画の間でなされた選択を反芻、吟味したい。

  • 影裏

    映画評論家

    佐野享

    深い陰翳をたたえた芦澤明子の撮影にまずつかまれる。綾野剛、松田龍平、筒井真理子、少ない出番の國村隼も安田顕もただならぬ存在感を発揮。これぞ映画、と讃えて終わらせたいところだが、観ているうちにその隙のなさ、演出の粘りが足枷となってくる。文句をつけられる筋合いなどない丁寧な仕事を成し遂げていることは重々承知しつつ、僅かでも、快い飛躍や「ほつれ」のようなものが見えてほしかった。それこそがこの物語の煮え切らなさを描くうえで重要だったとも思えるのだ。

  • 影裏

    映画評論家

    福間健二

    沼田真祐の小説はいわば純文学の典型。しっかりした文体で淡々と進む。大友監督がそれに挑む。その果敢さをよしとしたい。どうなったか。原作にかなり忠実な内容を濃い目に見せていく。自然の風景から密度ある画をつくるカメラは芦澤明子。緑、羨ましくなるほど。綾野剛の「弱い心」にまだ鮮度があり、松田龍平も役になっている。惜しいのはテンポのなさ。企画的に無理なことをあえて言うと、三・一一もゲイも抜きでやったらと思った。むしろ原作の奥にあるものに踏み込めたのでは。

  • グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇

    映画評論家

    須永貴子

    小池栄子が演じる大食らいで力持ち、そして業突く張りのキヌ子の全身から、生命力が溢れている。大泉洋がいつもとは違う引き算の芝居で演じた田島にも、女たちが放っておけない吸引力がある。契約で結ばれた男女が、くっつきそうでなかなかくっつかないという少女漫画的な展開をもうひと盛り上げするための、「死んだと思ったら実は生きていた」という仕掛けはやや強引だが、大衆的な娯楽作としては及第点。田島の本妻や愛人たちを演じる女優陣も適材適所のキャスティング。衣裳も素敵。

  • グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇

    映画評論家

    山田耕大

    監督自らの企画と聞く。自分がやりたいものがこうして出来るとはなんと幸せなことなのか。原作は「太宰の絶筆」というより、それを戯曲にしたもの。未見だが評判の舞台のようだ。それを一級の脚本家と監督が料理する。文句はあるまい。が、やはりもとは太宰治。得意の陰湿な情愛ものでないのが救いだが、どうしても偽臭い太宰のフィルターがかかってしまう。映画は面白い。だが、釈然としない。「据え膳食わぬは男の恥」。他に食べたいものがあったのに据え膳だから食べた、ような感じがした。

  • グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇

    映画評論家

    吉田広明

    優しすぎるがゆえに多数の愛人たちを抱えた男が、偽の妻とともに彼女らとの関係を切る。ブラックでアイロニカルな「黒い十人の女」を期待はしないが、十数人の愛人が入れ替わり立ち替わりのスラプスティックかと思いきや、人情ものに落ち着く展開。太宰の原作自体軽妙なものであるにせよ、倫理的にキワキワ故に新たな人の道を夢想させる無頼派の秩序破壊的な側面だけは令和風に温められたごく微温的作品。敗戦直後を意識した擬古的な画面、小池栄子の若干舞台臭のする演技も微妙。

  • 屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ

    映画評論家

    小野寺系

    実在の殺人鬼の日常を描きながら、人間の醜さや哀しさを、目を逸らしたくなるところまで克明に描いていく作品なので、万人に薦めづらいところがあるが、それだけに人間の根源的な部分に触れるところがある。そして注意深く見ることで、バーに集まる様々な登場人物と同じ目線に立った、じつは優しいまなざしが存在することにも気づかされる。事件を何らの美化もせずに、しかし美しい寓話のように仕上げた手腕も素晴らしく、闇の名作として後世に残る映画になるだろう。

  • 屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ

    映画評論家

    きさらぎ尚

    生理的な不快感、それも特に前半は視覚と嗅覚の忍耐を強いられる。1970年代に実在した殺人鬼が主人公なのだが、フリッツ・ホンカは言うに及ばず、犠牲になった売春婦、舞台になっている風俗街のバーの常連客は、おそらく第二次世界大戦後の復興の波から置き去りにされ、国からも一顧だにされない人たちであろう。殺人者も犠牲者も、理知を感じさせず、動物的な無様さしかない。せめてカタルシスでもあれば……。特殊メイクの効果も含め、ホンカ役のJ・ダスラーの熱演に★オマケ。

  • 屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ

    映画評論家

    城定秀夫

    映画の主人公として登場する猟奇殺人鬼というのは、驚異的な知能の持ち主だったり、独自の哲学を貫いていたりと、何かしらダークヒーローとしての魅力が付加されているのが常だと思うのだが、そういうものが毛の先ほども与えられていないコイツは、ただひたすら自分勝手に人を殺しては「またやってもうたー!」と泣くばかりの正真正銘のゴミクズ人間で、そんな男を徹底的に突き放して描いているこの映画の視座もまたサイコパスのそれに思えてくるに至り、恐怖の果ての笑いが漏れた。

  • 1917 命をかけた伝令

    映画評論家

    ヴィヴィアン佐藤

    宣伝では全篇ワンカット押し。見る前はどうでも良いことに思われたが、そこが肝だった。それが引き起こすふたつのリアル。全くもってどうやって撮影したのか驚異的テクニカルな点。それから「戦争」を大きな国家間の争いではなく、微細でそれぞれ個人の体験として描くという点だ。前者は臨場感というリアル。後者は歴史を有名人の所有物から換骨奪回する経験のリアル。どちらも「戦争」をリアルに描くことの意味に到達するのが、それらは「生」を最もリアルに描くことだった。

  • 1917 命をかけた伝令

    映画評論家

    藤木TDC

    無線機の普及がない第一次世界大戦の戦場。緊急命令を最前線へ届ける若い兵士の行動を銃弾・爆弾飛び交う戦地疑似体験アトラクションの趣向でワンシーン・ワンカット風にカメラが追う。しかし暗転や人物のフレームアウトが多く映像のつなぎ目がわかる編集は期待はずれ。対岸に狙撃兵がいそうな川で橋の欄干を平均台歩き、小隊が歩哨も立てず音楽鑑賞、歩兵突撃中の最前線を脱走兵もどきに逆走など戦争映画にそぐわぬ描写も不満、悪臭が伝わってこない塹壕の美術も物足りない。

  • 1917 命をかけた伝令

    映画評論家

    真魚八重子

    監督のS・メンデスはもちろん、撮影R・ディーキンス渾身の作。移動を中心とし、マジックのように仕掛けが施された長回しはやはり前のめりで観てしまう。次々と展開するシークエンスの中に織り込まれた緊張と緩和の、不規則な連続も主人公一人の地味さを十分に補強する。青年の運命の一日を表現する、ナイトシーンの目を奪う鮮烈な照明の輝きと明け方の空の色、川の激流に飲み込まれる苛烈さは、技術と計算された趣向の賜物だ。英国俳優陣の顔見世も豪華さを添える。

  • ドミノ 復讐の咆哮

    映画評論家

    ヴィヴィアン佐藤

    たったひとつのミスが引き金となり、個人的な次元から国家の次元まで様々な影響を及ぼし、秘密が視覚化されていく。絡み合う連鎖や人間模様は、最終的に一箇所に収束し大団円を迎える構造。以前デ・パルマの作品でサカモト教授がボレロのような楽曲を提供していたが、そんなことはもはやどうでも良い。リッチな映像のデ・パルマ先生のサイコな作品がいまも作り続けられているということに感動。人類が繰り返す愛と憎悪の犯罪は、映画という形式で何度も変奏される作品群と重なる。

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