映画専門家レビュー一覧

  • プリズン・サークル

    映画評論家

    須永貴子

    テーマや取材対象者への向き合い方も、システムや社会を変えるために放たれるメッセージも、真摯かつ明確。作品に色を付けるサンドアートによるアニメーションの使い方も観客ファーストだ。トラウマの克服や、モヤモヤとした葛藤を言語化して整理する作業、自分の人間関係における癖を知る作業など、この刑務所に導入されているプログラムは、もちろん受刑者の更生のためのもの。その一方で、観客一人ひとりが、実はわかったつもりでわかっていない自分自身に向き合う手がかりに。

  • プリズン・サークル

    映画評論家

    山田耕大

    受刑者同士の対話によって更生を促す試み「セラピューティック・コミュニティ」を日本で唯一導入している島根あさひ社会復帰促進センター。その受講生たちを追ったドキュメンタリーだ。彼らは対話によって犯罪を犯した自分という存在を見つめ直す。社会的に意義のある映画であるのは間違いない。「取材許可まで6年、撮影2年」という労作であり、受刑者たちが自分たちの犯した犯罪を誠実に語る姿には心を打たれるが、センターの広報ビデオか何かを見せられたような気がした。

  • プリズン・サークル

    映画評論家

    吉田広明

    受刑者同士対話して、自身の罪を自覚させる更生プログラムを実践する刑務所。一人はこのプログラムを通して機械から人間になったというが、彼らの多くはそれぞれの事情で罪を犯す前から自ら心を殺し、社会に対して自身を閉じている。恨みつらみを吐き出してようやく被害者のことが考えられるようになり、被害者を思うことではじめて人に帰る。刑務所の現状への痛切な問題提起であると同時に、話す、ということがいかに人を劇的に変えてゆくかを巡る、スリリングなドラマでもある。

  • テリー・ギリアムのドン・キホーテ

    映画評論家

    小野寺系

    苦節30年……! ついに「呪われている」とまで言われた企画が実を結んだのは感慨深い。とはいえ、完成したものを実際に見ると、想像していたより淡白な作品。とはいえ、主演のアダム・ドライヴァーが魅力的で、見ていてとにかく飽きないこのタイミングで映画化されて良かったと思わせる。ギリアム監督の重要なテーマである、夢を見ることの力や、夢を信じる意志を掲げた描写はアツく、これを個人的に不十分だと感じた「スター・ウォーズ」の結末としたいくらいだ。

  • テリー・ギリアムのドン・キホーテ

    映画評論家

    きさらぎ尚

    何度も頓挫した末に完成したこの映画に、良くも悪くもテリー・ギリアムその人の映画観を見る。主人公のCM監督は撮影に大苦戦。彼が学生時代に撮った映画の主人公と現地の村人たちは、その後の人生が狂ってしまっている。つまり映画に取り憑かれた者は、夢と現の間でもがき、結局人生をもち崩すというメタファーか。そうだとしても、ギリアムは自分を虜にしたものを映像にして残したかったのだろう。前半は話にキレがなく退屈だが、独創性と豪華な美術のクライマックスで少し挽回。

  • テリー・ギリアムのドン・キホーテ

    映画評論家

    城定秀夫

    テリー・ギリアム79歳、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて完成にこぎつけた隅から隅までギリアム印の映画で、聞き及ぶ製作過程同様、映画の内容も混沌としているがゆえになんとも面白く、監督が本物のドン・キホーテになるまで神がこの映画を撮ることを許さなかったのではないだろうか? などということすら考えてしまい、自分も映画人の端くれとして胸に迫るものがあった。ギリアム爺さんが無謀な闘いを挑み続けていたのは断じて風車などではなく、映画という巨大な魔物なのである。

  • ブラ! ブラ! ブラ! 胸いっぱいの愛を

    映画評論家

    ヴィヴィアン佐藤

    オープニングでミシン音がレースやフリルを縫っていく。山々や集落を縫って走る鉄道はミシンで、大地は乳房、線路で囲われ覆われた地域はブラジャーそのものだ。乳房という自然の大地を、ブラジャーという鉄道で治めていく。人工の意識が被さることで、エロティシズムや女性性が生まれる。ブラジャー始め下着は女性の脱皮した抜け殻だ。繰り返し反復し想い出させる車窓からの光景は、映画のフィルムの一コマだ。そして、鉄道は弦楽器や打楽器だ。ルーセル的独身者の美学満載!

  • ブラ! ブラ! ブラ! 胸いっぱいの愛を

    映画評論家

    藤木TDC

    ブラジャーと鉄道をモチーフにしたユニークな無言劇(サイレントではない)は象徴的に描かれるブラジャーの解釈が多彩にふくらむ。映画通には語りを喚起するだろうし、若い人にも刺激的な示唆を与えるはず。ユーモラスでエロチックな場面も多く男性観客を退屈させず、アゼルバイジャンのカスバのような家並みの軒先を都電もどきに通過する欧州横断列車に鉄道好きは垂涎するだろう。美しい映像による知的映画の見本だが、やや監督の自己愛が匂い立ち観客を選ぶ傾向を感じた。

  • ブラ! ブラ! ブラ! 胸いっぱいの愛を

    映画評論家

    真魚八重子

    たわいない出発点なのは映画的に構わないが、しかし時代に逆行したこのテーマで一本撮りきるのかという驚きのまま物語は進む。男性が女性下着に抱く執着や、シンデレラの靴ならぬブラのフィッティングで持ち主を探す妄想は理解できるものの、そのワンテーマだけを具象化する企画の進み方に啞然とする思いがある。性的欲望を可愛らしい演出で見せてしまう90年代的な感覚に、現代的な新鮮さを感じないのも苦しい。出演する女優たちはどういう心境なのだろうかと訝しく思う。

  • mellow

    映画評論家

    川口敦子

    祭りの後のシラケの気分にも一段落がついた70年代半ばにかけて、マイケル・フランクスの『アート・オブ・ティー』等々、メロウな曲に浸った時期もあったけれど、その“ほどほど感”に包まれつつ、うっすらとした恥かしさも感じていたなあと、「メロウ」と銘打った映画を見ながらふと、往時の感触を思い出した。いかにもほどほどにすれ違う男女の物語は不快なこともないけれど、他人事のまま通過していく。ともさか、唯野の居る場面だけゆるさが地に足ついていて面白かった。

  • mellow

    映画評論家

    佐野享

    以前、グーグルで「エリック・ロメール」と検索すると、今泉力哉監督の顔写真がヒットすることがちょっとしたネタになっていたが、この作品はまさにロメール的。前作までとくらべると一見毒は抑えめ。しかし、天然モテ男・田中圭の所作に、もしかしたらこれは計算ずくなのか、と思わせる含みをもたせることで、ともさかりえ演じる人妻から想いを打ち明けられるシーンなどに読みの幅を与えている(岡崎紗絵演じるラーメン店主も然り)。説明的な雑景ショットの多用はマイナス。

  • mellow

    映画評論家

    福間健二

    さまざまの「好き」のヴァリエーションをちりばめる。意外性ありの「好き」だが、そうなのかと納得させるそれだ。田中圭の主人公はちょっと変わった花屋をやっている。自分の「好き」は胸にしまって、独身。やさしい。そういう彼がいくつかの方位から「好き」を引きよせる。我慢していることがある。どう報いられるのか。そこを焦らずに探る感じの今泉監督、オリジナル脚本。彼の作品のなかでも、とくにこれは世界への肯定感がある。岡崎沙絵のつくるラーメンの味、合格だったろう

  • ラストレター(2020)

    映画評論家

    川口敦子

    「アイリッシュマン」の、H・カイテルまでちゃんと居るスコセージ組同窓会ぶりにはやはり胸を突かれた。それがなれあいの腐臭を回避し得ているのは俳優たちの確かな演技と存在の力あってこそだろう。同様のことを岩井監督の新作に帰ってきてそれぞれに輝いている俳優たちを前に思った。その力を引き出す上で語りたいことを持つ一作の強味のことも思い監督の手になる原作がまず書かれたことの強さについて考えたいと思った。手紙、写真機、夏休み、水、重層的時のモチーフについても。

  • ラストレター(2020)

    映画評論家

    佐野享

    岩井俊二の映画は、叙情などという表現ではおさまらない、人間の独善性についての考察であると言ってよい。恋愛感情とは独善性の暴走であり、ゆえに当事者にとっては際限を知らぬ甘美な陶酔である。しかも岩井作品においては、その陶酔はまたべつの陶酔に溺れる第三者によって鏡像認知的にお墨付きを与えられ、「完全なる幻想」として永久に美化されつづけるのだ。試写室のあちこちから漏れ聞こえてきた鼻水をすする音がその完成度を物語っている。万感をこめて「私は薦めない」。

  • ラストレター(2020)

    映画評論家

    福間健二

    岩井作品、やはり驚かされる。理屈で追っても取り逃がしそうなマジックがあるのだ。たとえばひとつの嘘に対して、話が動いたあとで「ごめんなさい」「いや、わかっていた」と収めるところなど。ずるいと思わせないうちにきれいに逃げ切っている。映画だからこその語り方の魅惑。だとすれば簡単だが、画、編集、音、どれも技術的に高度というだけでなく、この世界のいまを立体的に感じとっている。故郷で撮影した。暗い部分への踏み込みもありながら、重くない。演技も、作品の表情も。

  • コンプリシティ/優しい共犯

    映画評論家

    須永貴子

    日本に出稼ぎに来たが、母国に帰ることを決めた中国人の、「この国に希望はもうないよ」という台詞が重く響く。だからこそ、主人公が日本人と築いた信頼関係と、鮮やかなラストシーンから、この国にも日本経済にも希望はないが、(個)人にはあるかもしれないと思わされる。特筆すべきは、ラストシーン。ある日本映画のタイトルを使ったボイスメールでのやりとりは、伏線の回収の仕方、切れ味の良さ、主人公のハッとさせる表情、その後の余韻、すべてにおいて出色の出来栄えだ。

  • コンプリシティ/優しい共犯

    映画評論家

    山田耕大

    主演のルー・ユーライの内に光を秘めた朴訥な顔がいい。「平和ボケ」とくさされる日本の若者には決して見られない顔。それに老練な藤竜也の顔が並ぶと、もう一幅の絵だ。技能実習から逃亡して他人に成りすます中国人青年と、彼を受け入れる蕎麦職人。中国にいる母や祖母の切ない愛。それとは対照的な職人の息子の傲慢な冷淡さ。彼の祖母が亡くなっても国に帰れず、スマホに送られてきた遺体の映像に涙するシーンの哀切さ! この映画には清潔な感動がある。

  • コンプリシティ/優しい共犯

    映画評論家

    吉田広明

    不法滞在となっていた技能実修生を、それと知らずに雇った蕎麦屋の主人。すぐそこにあるごく身近な問題として描く、という姿勢は一つの選択ではあり、作りも丁寧なのだが、みんないい人で、どこか穏当な印象。相当数が失踪するこの制度自体を問うことがなければ、「いまあるところで咲きなさい」流の、優しさを装って現状の理不尽を肯定することにつながりかねないという気がする。怒り狂えというわけではないが、これが第一作であれば尚更、もっと我武者羅でもよかったのでは。

  • 花と雨

    映画評論家

    須永貴子

    なかなかにいけ好かない主人公を演じる笠松将の面構えがいい。彼を見るためだけに観る価値あり。青春音楽映画として、映像や音楽のレベルは高いが、台詞が非常に聞き取りにくい。ヒップホップやラップに関する自分の知識を総動員して、想像で台詞の穴埋めをしていく作業は容易くはなかったし、このジャンルに明るくない人には不親切。だからといって、明瞭な発声ではアンダーグラウンドの生々しさが消えてしまう。このジレンマを克服する姿勢だけでも見せてほしかった。

  • 花と雨

    映画評論家

    山田耕大

    帰国子女が日本社会ではいかに生きづらいかを映画は描いている。優秀な姉は努力してMBAを取得するが自殺してしまい、弟はドラッグを売りさばいて無為な日々をやり過ごす。そんな生きづらさを弟はラップで訴えるのだが、そのスピリットが伝わってこない。映像表現にはこだわりを見せてくれるが、肝心の中身が描き切れていないと思った。「うわずってんだよ。それじゃ伝わるもんも伝わんねえよ」と劇中で友達が主人公の少年に言うが、奇しくもそれがこの映画を言い当てている。

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