「偉人リンコルン」のストーリー

1809年2月12日吹雪が荒れ狂う最中ケンタッキー州ロック・スプリングの一軒家でアブラハム・リンコルンは生まれいでた。彼が生まれ故郷の森林地帯で過ごした幼年時代は後年の偉業を成就せむべき基礎を作した。当時は賛書を女子又は病弱の男なす術として軽視されたが、アブラハムは頑固な父の目を盗んで書を書いた。彼は村道が誘う魚釣りすら生物を憐憐憫心から避けた。この精神こそやがて後年の奴隷解放に至るものであった。かくて彼は小作人となり鉄道工夫となて働くとともに熱心に勉学した。彼は1831年の春ニユウサレヴで知り合った処女アンに初恋をしたが薄明な彼女は清い想い出を残して夭折した。彼は故意を失って後はひたすら刻苦精勤して時を待った。彼が政治的生涯をニユウサレムに於いてイリノイス州会議員の候補者としてった時に始まった。そして波瀾にとんだ彼の政治的経歴は幾多の曲折を経て、遂に1860年合衆国大統領となるや、彼の宿願たる奴隷解放運動に着手した。その運動に反対した南部諸州は独立を宣言し北部諸州と戦端と開いた。かくて前後5年にわたる南北戦争が起こったが、1865年遂に南軍は降伏し、彼の素志たる奴隷解放は実現された。しかし彼の真意と人道的精神とに参じ得なかった。愚昧漢ジョン・ウイルクスブースのために、アブラハム・リンコルンは感激の夜に暗殺された。