「接吻(1929)」のストーリー

誰でもが一寸気を惹かれるという種類の女、それがギャリー夫人のイレーヌであった。彼女の良人であり、リオン市の富裕な絹商であるギャリーが常に強い嫉妬心に悩まされるのも恐らくこうした事実からであろう。といってイレーヌは決して不貞な妻ではなかった。良人の商売友達の息子ピエール青年が熱烈な恋を彼女に対して抱いているということは知っていてもむしろ小猫をじゃらす様な気持ちで相手になっているに過ぎなかった。にも係わらず嫉妬深い良人の疑惑はある一夜の誤解からついにピエールをしめ殺さんとする凶暴な行為にまで導いた。その恐ろしい場面にとりのぼせたイレーヌはピエールの危機を救うために過って良人を射殺した。一命を救われたピエールはありしことの次第を父に打ち明けたが父親は彼に沈黙を強いた。イレーヌは殺人罪として法廷に立った。彼女の弁護士は彼女が結婚前の恋人アンドレ・デュバイユ氏であった。ピエールの父は事件の証人として立ち、死の当夜に於けるギャリー氏は商売上の手違いから財政上の危機に陥り、極度の心痛から自殺したものであると証言した。無罪を宣告されたイレーヌは、昔の恋人デュバイユと幸福な家庭生活にはいるべく準備をすすめていたが、折柄再び二人の間に現れたのはピエールであった。デュバイユはイレーヌとピエールの仲に疑惑を抱いた。イレーヌは身の潔白を証明するために全ての事実をデュバイユに打ち明けた。それを聴いたデュバイユは彼女の清浄を知り、すべてを許すと言明した。がそれは既に遅かった。自分が殺人の罪を犯したとのイレーヌの自白書はその時もう投函されてしまったのである。