水への渇望が厳しい現代社会を力強く生き抜く姿にも重なるヒューマンストーリー 映画「渇水」

生きるために必要不可欠な最重要ライフラインでもある水道。その料金滞納による給水停止措置“停水執行”を行う水道局員を主人公に、家族、同僚、職務の中で出会う人々を巡る人間模様を現代的な社会問題を交えて描いた、生田斗真主演の心を揺さぶるヒューマンストーリー「渇水」のBlu-rayとDVDが、12月22日にリリースされる。

髙橋監督が約10年をかけ、白石和彌が後押しして完成

給水制限が発令されていた日照り続きのある夏。市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、同僚の木田拓次(磯村勇斗)と共に水道料金滞納家庭や店舗を回り、料金徴収と停水執行の業務をこなしていた。それは、貧しい家庭を訪問しては忌み嫌われる日々でもあり、同僚の中には耐え切れなくなる者もいる。俊作は淡々と割り切って仕事をこなしているように見えるが、妻の和美(尾野真千子)と息子とは長らく別居中で、孤独感や心の渇きが強くなっていた。そんなある日、俊作は停水執行中に、母親(門脇麦)から育児放棄を受けている幼い姉妹と出会う。猛暑の中、ライフラインの止まった家で何日も母の帰りを待つ彼女たちに自分の息子を重ね合わせた俊作は、自らの心の渇きを潤すように、流れを変えたい衝動に駆られていく……。

原作は、30年以上前の1990年に、第70回文學界新人賞を受賞し、第103回芥川賞候補ともなった河林満の同名短編。相米慎二、森田芳光、坂本順治などの作品で助監督を務めてきた髙橋正弥監督は、約10年前に及川章太郎と共に脚本化するも、少々重いテーマを扱っているためか、映画化は難航。時を経て、この企画や脚本の評判は風の噂で聞いていたという白石和彌(「孤狼の血」「死刑にいたる病」などの監督)が、数年前にこの脚本を読み、企画プロデュースとして参加。そこから映画化が加速し、脚本を読んだ生田も出演を快諾。門脇麦などの共演者も続々と決まって約3年前に撮影されるはずがコロナ禍で延期され、約2年前に撮影。紆余曲折を経て完成に至り、今年の6月2日にようやく劇場公開を迎えることができたという。難産だっただけに、スタッフ、キャストの本作に込めた想いや愛情は強く、特に10年をかけた髙橋監督は本作に並々ならぬ情熱を注いだようだ。

厳しい現実や社会問題を描きつつ、生きる希望が込められた作品

家族とうまく接することのできない不器用な父親、貧困により水道料金を滞納してしまう人々、学歴もなくまともな職に就けないからとマッチングアプリで出会った男を渡り歩いて育児放棄する母親、そんな母を猛暑の中で電気・ガス・水道も止まった家で待ち続ける幼い姉妹などが登場する本作は、30年以上前のバブル期を背景に書かれた原作を基にしているとは思えない。格差社会、貧困、ネグレクトなど、当時からある社会問題が解決されていないばかりか、現代の方がより深刻さを増している。映画の結末は、厳しすぎる現実を突きつける原作とは異なるようだが、それは後味の良いハッピーエンドを目指したわけではないだろう。厳しさを実感している人が多い現代だからこそ、厳しい現実を描くだけでは意味がない。生きるために必須な水への渇望が全編に漂う本作は、生への渇望にも満ちており、先の見えない不透明な世界でも力強く生き抜いていく希望が感じられる作品となっている。

また、生田斗真や磯村隼人が演じる水道局員たちは、一定期間以上の滞納家庭には事前に通知した上で、停水執行する。「水なんて元はタダなのに金をとるほうがおかしい」といった罵声を浴びせられることもあるし、生活苦の家庭には非情な仕打ちにも映る。飲料水としても、衛生環境を保つ生活水としても必須な水道が使えない厳しさは、誰もが容易に想像できる。守らねばならない規則もあるし、水道局員たちにとっては正しい職務を行っているだけなのだが、それぞれの家庭事情を知ってしまうと、心が痛んだり、例外や柔軟性があっていいはずだと思うこともあるだろう。とはいえ組織の一員だけに、自己判断するわけにはいかないこともある。問題に気付きながらも解決策が見いだせず、理想と現実の間で苦悩する。これは様々なことに置き換えられ、誰もが身近に実感できるはず。苦悩が猛暑と相まって、ジリジリと身を焦がし、心も身体も渇いてすり減っていく主人公の心情は、観客にも体感できることだろう。

そうして、感情の乏しかった主人公がクライマックスで見せる変化と行動は、狂気や暴発なのか。やってはいけないことをやりたくなってしまうような衝動は誰にでもあるだろうし、それを理性や知性で抑えられることもあれば、感情や欲求で抑えられないこともある。ほとんど誰も傷つけず、誰かには生きる希望を与えたかもしれない主人公のクライマックスの衝動は、本当に狂ってしまわないためにやるしかなかった切実な行為なのだと思えた。あまりにも不器用すぎるが、その人間臭さを嫌いにはなれない。劇中でも流れる力強いギターフレーズが使われた向井秀徳の書き下ろしエンディング曲も印象深く、鑑賞後の余韻が長く残る。小さな世界の話だが、深く心に刻まれ、考えさせられるまさに力作だ。

芸達者な豪華キャスト陣が撮影秘話を明かす貴重な映像特典

出演者には芸達者な俳優たちが揃う。主人公の水道局員を演じた生田斗真は、終始浮かない顔をした感情表現が少ない役柄だが、その端正な顔立ちで主役としての存在感と微妙な感情の変化を繊細に表現してみせている。そして、育児放棄している母親役の門脇麦、主人公の同僚で後輩役の磯村勇斗、主人公の妻役の尾野真千子らが共演。今年だけで7本の出演映画が公開された磯村は、本作を含めたその好演により、既に発表された第45回ヨコハマ映画祭助演男優賞をはじめ、今年度は多数の映画賞に輝くことになりそうだ。また、髙橋監督が、助監督として「TOO YOUNG TO DIE!  若くして死ぬ」で組んだこともある宮藤官九郎が俳優として出演し、作品冒頭の印象的な滞納者役を演じている。

12月22日にリリースされるBlu-ray豪華版には、ブックレットと共に特典DVDが封入。特典DVDには約46分のメイキング、完成披露試写や初日舞台挨拶など総計約90分近い4つのイベント映像集、予告編を収録。

メイキングやイベント映像では、生田らメインキャスト、髙橋監督、白石などが、撮影秘話や作品に込めた熱い想いなどを明かしている。日照り続きのカラカラの猛暑を描いた作品だが、撮影中は逆に雨に悩まされ続けていたことや、本作は16ミリフィルムで撮影されており、その少し荒い粒子感がジリジリとした空気感にあっているが、俳優陣もスタッフも、近年は数少ないフィルム撮影ということで、いい緊張感が生まれると共にテンションもあがったことなどを語っている。

また、母親からネグレクトされている姉妹を演じた山﨑七海と柚穂の子役二人には、あえて台本を渡さず、撮影当日にシーンの説明や台詞を伝え、物語の行方を知らない中での新鮮な芝居を引き出そうとしたことや、他のキャストは二人と親しくしすぎないようにも要請されていたそうで、お互いしか頼る者がいない本物の姉妹のような関係性が生まれていったようだ。初共演ながら生田が磯村について「長い付き合いになりそう」と語るほど仲を深めた二人の様子や、オフショットのスチールも多数見ることができ、貴重な映像特典となっている。

 

文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社

 

 

「渇水」

●12月22日(金)Blu-ray&DVDリリース(レンタル同時)
▶DVDの詳細情報こちら

Blu-ray豪華版(特典DVD付) 価格:7,480円(税込)
【ディスク】<2枚>(Blu-ray1枚+特典DVD1枚
★映像特典★
・メイキング、イベント映像集、予告編集
★封入特典★
・ブックレット

渇水 DVD通常版 価格:4,400円(税込)
【ディスク】<1枚>(本編DVD1枚

●2023年/日本/本編100
●原作:河林満「渇水」(角川文庫刊)
●監督:髙橋正弥
●脚本:及川章太郎
●音楽:向井秀徳
●企画プロデュース:白石和彌
●主題歌:向井秀徳「渇水」


●出演:生田斗真
門脇麦 磯村勇斗
山﨑七海 柚穂/宮藤官九郎/宮世琉弥 吉澤健 池田成志
篠原篤 柴田理恵 森下能幸 田中要次 大鶴義丹
尾野真千子ほか


●発売元:KADOKAWA・ジェイ・ストーム  販売元:KADOKAWA
©『渇水』製作委員会

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