脚本家になりたい!
しかも映画にこだわりたい!
今の日本にそういった脚本家志望者はどのくらいいるのだろう。
振り返れば、映画の歴史はさまざまな技術革新による変化と共に歩んできた。
テレビが普及したときも、DVDやBlu-rayなどの円盤が家庭に受け入れられたときも、そして配信で映画を含むさまざまな「映像」が瞬時に選べるようになった今も、それに関わる態度を常に映画人たちは問われ続けている。

それでも「映画の脚本家」を目指す人たちにとって、「城戸賞」はもっとも眩しい賞である。
1974年12月1日、城戸賞は「映画の日」に制定された。今年で49回目を迎える。
映画製作者として日本映画界の興隆に寄与し、数多くの映画芸術家、技術家などの育成に努めた故・城戸四郎氏の「これからの日本映画の振興には、脚本の受けもつ責任が極めて大きい」との持論に基づき、新しい人材を発掘し、その創作活動を奨励することを目的とする。

これまでも「のぼうの城」(11)、「超高速!参勤交代」(14)など受賞作が映画化され大ヒットした例もあることから、本賞への注目度は映画界の中でも圧倒的に高い。ただ、入選のハードルは著しく高く、9年連続で「入選作」は選ばれなかった。そんな道のりを経た今年は、ついに「入選」改め「大賞作」が決定した。

受賞式当日、挨拶に立った脚本家・岡田惠和氏は、城戸賞が「脚本家、映画監督、プロデューサー、映画評論家、さまざまな角度から審査が行われている賞」であることを説明。そんなプロフェッショナルに選ばれ最終選考に残った10本だけに「本当に誇りに思っていただきたい」と、受賞がいかに厳しい難関を突破したものであるかを受賞者に伝え、「大賞という名前の賞が出たことに対して、審査員一同、とても嬉しく思い、審査終了時にはちょっとした拍手も起きました」と臨場感たっぷりに選考会の模様を披露した。

また岡田氏は「城戸賞は来年50周年を迎えます。ハードルが高いのか、賞金が低いのか、わからないですけれど、自分が新人脚本家だった時代から、少しだけドリーム感が薄れていると感じます。僕がデビューしたときには同い年の野沢尚くんという脚本家が受賞して、受賞作の『V・マドンナ大戦争』が映画になり、それはそれは、ほんとうにうらやましく輝くドラマがありました。なので、賞が輝くのは、受賞者の方の活躍次第だと思っております。これからも来年以降の、脚本家を目指す、監督を目指す方の応募の数が増えるよう、受賞者の方にぜひ頑張っていただきたい。それだけの力を持っている方が本日、ここに来ていると思います。映画を観ていて、ああ、彼だ、ああ彼女だ──と思うことを楽しみにしています」と大いなるエールを贈った。受賞者たちは、この言葉を折りにつけ大切に思い出すことだろう。

ちなみに応募作品は一昨年443篇、昨年は359篇、今年は424篇。その中から10篇が最終審査に進んだ。そして10年ぶりの大賞には鈴木香里の「捨夏」、準入賞は長濱亮祐の「道々、みち子」、佳作に「わが友」(尾ヶ井慎太郎)と「シュレディンガーの恋人たち」(キイダタオ)が選ばれた。大賞作品のシナリオ全篇を別項で紹介するとともに、最終審査に残った10篇の総評と受賞作品の各選評を掲載する。

まずは岡田惠和氏の講評から。

岡田惠和氏 講評

大賞「捨夏」
30歳の主人公がごみ屋敷に住んでいる。そこにやってきた清掃業者の女性との交流から発展してゆくドラマで、とても面白く読みました。清掃業者のナミの正体が明らかになるドラマはとてもスリリングで感動的で、優れたシナリオであることが選考委員たちの心を動かし、大賞になりました。主人公が解放されてゆくさまもとても素敵でした。後半、少々、いきなり登場人物が増えてバタバタしている感じがありましたが、その辺をブラッシュアップするともっと素敵なものになると思います。個人的にですが選考会に持参した岡田のメモには「台詞がとてもいい。この人たちの会話をずっと聞いていたい」と書いてあります。


準入賞「みちみち、道子」
有料老人ホームを舞台に、入居者のドラマではなく、そこで働く人生ドンづまってる感の女性たちを描いた作品。シビアで生きるのがしんどいのは働く側、老人たちのほうがどこかファンタジックであるというとてもユニークな構成が面白かった。筆力は相当なものだと思います。最後までどこに向かうかわからない構成も巧みで、プロに近いものを感じました。岡田のメモには「笑った」と書いてあります。僕はなかなか笑いませんので、誇りに思ってください(笑)。


佳作「わが友」
太宰治をシナリオの中心に置いて、師匠にあたる井伏鱒二さんを描く物語で、その切り口がユニークでした。飽きさせることないシナリオで、平均的に選考委員の評価は高かったです。岡田のメモには「これを書けるのは脚本家としての力がある」と書いてあります。そこはかとない可笑しみがあって、そこはなかなか書けない味だなと感じました。また俳優さんたちが演じてみたいと思うシナリオだったと思います

佳作「シュレディンガーの恋人たち」
受賞作の中でいちばん、賛否が分かれました。よくわからんという意見の一方、映画になったところを見てみたいという意見もありました。講評がわかれるのは大事なことだなと思います。ただ、この講評に当たって、物語を短く説明することが、僕にはちょっとうまく出来ません。梗概には、「主人公はある日、物理学者から宇宙消滅の危機を知らされ、それを防ぐには三日以内にある猫を探すことが必要だ」と書いてあります。そこから始まる物語です。読んでいるうちに不思議なグルーブ感のようなものを感じ、ずっと読んでいたいような心地よさがありました。今回講評した4本のうちで、どんな映画になるのかが全く想像できない感じが、この作品がいちばん強かったと思います。

 

左から佳作「シュレディンガーの恋人たち」のキイダタオ、大賞「捨夏」の鈴木香里、準入賞「道々、みち子」の長濱亮祐、佳作「わが友」の尾ヶ井慎太郎各氏

 

応募脚本 424篇

映連会員会社選考委員の選考による第一次、第二次予備選考を経て、次の10篇が候補作品として最終審査に残った。

「サレンダーミッション ~8月の白い鳩~」 ヨシダケイ
「焦点」                   田中悦子
「道々、みち子」               長濱亮祐
「成熟」                   佐々木ひとみ
「トゥ・ザ・ライト・エンディング」      大久保佑馬
「わが友」                  尾ヶ井慎太郎
「シュレディンガーの恋人たち」        キイダタオ
「捨夏」                   鈴木香里
「島とバーバーと絵日記」           大間貴昭
「Elderly Time Loop」                  水谷健吾

 

受賞作品

大賞:  「捨夏」     鈴木香里
準入賞: 「道々、みち子」 長濱亮祐
佳作:  「わが友」    尾ヶ井慎太郎
佳作:  「シュレディンガーの恋人たち」 キイダタオ

 

第49回城戸賞審査委員

島谷能成(城戸賞運営委員会委員長)
岡田惠和
井上由美子
手塚昌明
朝原雄三
富山省吾
椿 宜和
明智惠子
会員会社選考委員
(順不同 敬称略)

 

大賞を受賞した鈴木香里さん/作品名「捨夏」(しゃか)
受賞作全文はこちらからお読みいただけます

鈴木香里(すずき・かおり)
神奈川県在住、フリーター(調理師)。東京フィルムセンター映画・俳優専門学校で脚本を学ぶ。2020年、第39回シナリオS1グランプリで佳作受賞後、学生時代の恩師・脚本家の梶本惠美氏に師事する。NHK土曜ドラマ「ひきこもり先生」では脚本協力として参加。

受賞によせて
「捨夏」は世の中から捨てられた主人公が特殊清掃のプロと二人三脚で自宅(ゴミ屋敷)のゴミを捨てていく話です。
断捨離モノの話はかなり前から書きたいと思っていました。そして今年、清掃員がゴミ屋敷を片づける動画を見て、やはり書きたいと思い、この夏、猛暑の中で書き上げました。
動画で見た依頼主たちは、みな自分の部屋の有り様に人知れず悩み、恥じ、苦しみ、追い詰められていました。私が知っている「ゴミ屋敷住人」とは違う人たちがそこにいました。そして彼らに寄り添う清掃員たちのあたたかさを、今の日本に伝えたいと思いました。

主人公・磨衣子のように、心が疲れ、傷つき、世の中に絶望している人へ、例え夢が叶っても叶わなくても、大切なモノを失っても、何があろうとも、生きている限り人生は続いていく。だからもう一度前を向いて生きる勇気を、この世は捨てたもんじゃないと思える日が来ますように、という想いを込めて書きました。

この世は捨てたもんじゃない──この度、大賞に選んでいただき、私自身が心の底からそう思うことができました。本作を書いてよかったです。ありがとうございました。
これからも精進してまいります。

 

選者

富山省吾(日本映画大学理事長)
椿 宜和(株式会社KADOKAWA 映像企画制作部 エグゼクティブプロデューサー)

 

総評

■今年は長いトンネルを抜けて入選作品が出ました。加えて呼称を「城戸賞大賞」とすることも決まり、新しい城戸賞へと向かう年になったと思います。
選考委員から異口同音に「暗い内容の作品が多い」と言う声が寄せられました。コロナ以降、世界の各地で戦闘が続く中、時代を投影する脚本として当然だと思います。但しどんなに暗い題材でも、その中で登場人物が抗い、より良き世界を求める時、その姿からは未来への希望や可能性が見えて来るものです。今回、そのような光を放った作品が上位に評価されたと考えます。
もうひとつ。読みやすい作品と、読み進めるのに苦労した作品があったという声もありました。読みやすさと読み応えの関係は一概に言えませんが、クライマックスがしっかり描き込まれていれば問題ありません。逆に読み進み難いという場合には、文章、文体に脚本として問題がある場合と、飛躍や省略が上手く読み手に伝わっていない場合があります。脚本の個性が最も現れる飛躍や省略の技法。読む人により読解に差が生じる場面ですが、こういう作品こそ結果として高い評価を得る場合があるものです。文字で書かれる脚本に如何に読者を引き込むか。歯応えのある構成が高評価を生む一方、独り善がりからは観客は退いて行きます。今回はどちらでしょう。(富山)

■2013年以来10年ぶりに念願の入選作品が選ばれました。本当に喜ばしいことです。今年は、424篇の応募の中から、大賞・準入選・佳作2篇の4作品が入賞し高評価の作品が多く選ばれた年でした。また、50回に向けて入選の呼称を「城戸賞大賞」に変更して、新たな「城戸賞」への第一歩となった年だと思います。
今回は、新聞やテレビなので毎日扱われている「戦争」「虐待」「介護」「DV」をテーマにした作品が多いように感じられました。やはり時代を象徴しているのかと思います。
最終選考に残った作品は、城戸賞が目指している「エンタテインメント劇場映画」とは少し距離があったような気がします。日常をテーマした暗い印象の身の回りを描いた作品が多く、映画のダイナミック感やスケール感が物足りなかったように思います。しかし、ストーリー構成や台詞の面白さがあった作品が高評価になりました。また、最終選考作品は読みやすく、構成やクライマックスがしっかり描かれていたと思います。来年は50回という記念の年です。「城戸賞」が更なる飛躍となる作品がより多く応募されることを期待します。(椿)

 

受賞作選評

大賞  「捨夏」受賞作全文はこちらからお読みいただけます
俳優を目指し挫折した30才の磨衣子の再生物語。清掃スタッフのナミとの関係に隠された過去が巧みで物語に引き込まれる。ゴミ屋敷清掃というお仕事ものとしても面白い。大賞受賞作として映画化を期待したい。個人的にはエンディングに向かう後半の展開はナミとの関係の中で完結して欲しいと思いました。(富山)

「ゴミ屋敷」「セルフネグレクト」「骨壺」「夢と現実」という題材を個性豊かなキャラクターで織りなす人間ドラマに引き込まれました。ゴミ屋敷清掃という仕事を面白く描き、暗くなりがちなテーマにもかかわらず、新しい人生の始まりを告げるクライマックスには希望と爽快感がありました。大賞受賞作として映画化を望みます。(椿)

 

準入賞 「道々、みち子」
日常生活に閉じ込められた中年主婦の覚醒ドラマ。選考委員からは細部のリアリティや生活感を窺わせる表現、老人と若者を描き分ける筆力が評価された。人物の人間臭さも魅力。このジャンルは「波紋」にあるように面白くなると思う。(富山)

暗澹たる境遇を暗澹と読ませない展開力と筆力のある脚本である。予定調和的に進む部分もあるが、主人公が「裏の仕事」に手を染めていく過程には奇妙な爽快感がある。ラストシーンが秀逸で、読後感が爽やかであったと思う。(椿)

 

佳作「シュレディンガーの恋人たち」 
消えた恋人との再会と、宇宙を消滅から救う壮大な作戦劇を並走させる恋愛ファンタジー。SF的背景の中でのセリフとビジョンの連鎖が今日的。脚本描写として過剰に見えても映像にすれば一瞬。映画として観るほうが見易くなる作品。(富山)

多少の粗削り感はあるがそれを感じさせない筆力がある。クライマックスの盛り上がりや伏線回収も見事で、「セカイ系」物語の中で進む男女の行方をSFとしてもラブストーリーとしても楽しむことができる作品であった。(椿)

 

佳作「わが友」 
井伏と太宰の交流を人間味たっぷりに描く。豊富な資料から説得力が伝わる。但しエピソードが繰り返しの印象も。人物対比を抜け出して2人が作家として対峙する場面が欲しかった。妙な面白みがあるが今やる意味が疑問、という声も。(富山)

映画作品に幾度も取り上げられた「太宰治」という題材に師である「井伏鱒二」との関係に着目した点を評価したい。突き抜けた目新しさはないものの、師弟関係を回想で描きながら、現在軸で井伏鱒二の苦悩が解放されていく構成が素晴らしかった。(椿)

 

最終選考作品

「サンダーミッション~8月の白い鳩~」 
太平洋戦争を終わらせるための実話に興味を持ったが、登場人物の描き方が薄く、エピソードの整理も必要だと考える。せっかくの題材の面白さやスケール感が消えてしまったのが残念です。タイトルも変更した方が良いと思います。(椿)

「焦点」
男女の逃避行物語だが、友愛とも性愛とも言い難い二人の連帯感が丁寧に描かれている。端役に至るまで登場人物を丁寧に描いており、クライマックスの絶望的な状況に至るまでの過程には説得力がある。(椿)

「成熟」
暴力に惹きつけられるという難しい題材にあえてチャレンジした印象です。構成や描写に粗い部分があるが真に迫った筆致で暴力がエスカレートし、全ての人が異常者となり得る展開は面白かった。(椿)

「トゥ・ザ・ライト・エンディング」 
主役の急病降板でドタバタ進行する舞台。バックステージものの愉快さと、そこにシンクロする主人公の恋の行方。筆力と独創的なアイデアが求められる困難な挑戦。(富山)

「島とバーバーと絵日記」
ヒロイン柚香のゆっくりとした成長物語。ストーリー、キャラクターとも上手に用意され展開するが、登場人物の中から不純や矛盾が排除されて人間的臭みが薄い。(富山)

「Elderly Time Loop」
タイムループもので年寄りを主人公にした点が新鮮で、エンタテイメントとしても成立している。但し、2時間持たない。面白くするためにはもっとアイデアが必要。(富山)

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