リベンジポルノへの不安からはじまる元カノと今カノの共犯関係。「恋のいばら」に城定監督が込めた作家性

恋人が相手の画像を撮る。恋人にだからこそ、無防備な姿を撮らせてしまう。やがて恋愛関係が終わる。画像は未だ元恋人のPCの中に保存されたまま。画像を悪用しないと断言できるほど、元恋人を信用できるだろうか? たとえば、リベンジポルノの可能性は……?

そんなイマドキなテーマを題材にしながら、予測のつかない展開に観るものを引き込んでいく「恋のいばら」のBlu-ray & DVDが9月6日にリリースされた。本作の魅力と、監督を務めた城定秀夫が本作に込めた作家性について解説する。


秘密の共犯関係のサスペンスに引き込む

──「彼のパソコンに保存されている自分の写真を消してほしい」
写真家の健太朗(渡邊圭祐)と以前付き合っていた、と自己紹介する桃(松本穂香)が、いま健太朗と付き合っている莉子(玉城ティナ)に声を掛ける。莉子にも徐々に不信感が芽生え、自分が撮られた画像のことが気になりだす。こうして桃と莉子は、健太朗をめぐって生まれる感情の軋轢を飛び越えて、“秘密の共犯関係”を結ぶ。

城定秀夫監督の「恋のいばら」は、“共犯”を企てるという冒険に踏み込んでいく桃と莉子の感情の変化をみつめ続けるよう、映像と音響を観客に次々手渡していき、無事に健太朗の部屋に侵入して画像を消去できるか、というサスペンスで観客を引き込んでいく。

香港映画「ビヨンド・アワ・ケン」(04年、バン・ホーチョン監督)を下敷きにしながら、わずか98分の上映時間のなかで、シンプルさを保ちながらも、「男一人女二人の三角関係の物語を常識的な枠内に陥らないで、どこまで突き進めていけるか?」を果敢に問いながら作られたエンタメ作品になっている。


対照的な役を演じた松本穂香と玉城ティナ

桃と莉子は同じ24歳だが、対照的なキャラクターに設定されていて、俳優の個性を活かして描き分けられている。桃はいつもメタルフレームの眼鏡を着用、図書館勤務中には音読をはじめてしまう”天然”な人物。松本穂香が、内向性を“ほんわかさ”に昇華させながら演じる。一方、莉子は派手派手しいショークラブに勤務し、ダンスレッスンに余念がない。玉城ティナが外向性を“クールさ”に包んで演じる。

決して似てはいないけれど、曲線質な顔が甘やかさを感じさせる点では近似したふたりが、接近するふたりを演じてゆく。それが、ありえないとは決して言えない、けれど、ありうるともどこか信じきれない、それでも、ありそうなこととして出来事が描かれていくこの映画の面白さを、倍化しているように思える。

桃が図書館で音読してしまうのは『ねむりひめ』だ。『眠れる森の美女』、あるいは『いばら姫』とも訳されるグリム童話で、「恋のいばら」の題名にはこの童話が重ねられている。

「いばらがしげったおしろのとうにねむりつづけるうつしいおうじょがいました」……。

桃は『ねむりひめ』の物語を読んでも『13人目の魔法使いの女』の視点には入り込めるが、物語の主人公で地位も美も財も所有している『眠り姫』には自分を重ねることができないタイプだ。そんな桃が大胆な一歩を踏み出し莉子に話しかけることで、物語が動きはじめる。さらに対照的な性格の莉子と親密になっていくなかで、やがて桃は『ねむりひめ』の新たな読み方を発見していく。

ちなみに、DVDには特典映像が入っていて、松本穂香と玉城ティナがお仕事的距離感とお友達的親密さの中間みたいな地点の仲睦まじさで撮影に挑んでいる姿が姿が見られ、作中との距離とはまた違った二人の関係にちょっとドキッとする。また、撮影終了して花束を渡されたふたりが「制限のあるなかで最後まで撮りきれたこと」を喜んでいるのが印象に残る。コロナ禍や多くの仕事を抱えたふたりのスケジュールのなかで、一本の長編映画を撮りきるのは、大変なことだっただろう。城定秀夫監督の仕事の凄さを感じずにはいられない一場面だ。


 
鬼才・城定秀夫監督の才能

自分の生まれる前の時代にまで遡って作品を作りたい。そんな夢を城定秀夫監督は、実現させているのかもしれない。

城定監督が生まれた1975年は、日本映画が娯楽映画の量産体制が終わろうとしていた時代だった。やがて大作映画の時代がやってくる。スタジオシステムのなかで量産される娯楽映画の中に作家性を込めること。それが、この時代の優れた監督たちの方法だった。城定監督が仕事を選ぶ年齢に差し掛かった90年代、量産的な体制を保っていたのはピンク映画だけになっていた。当時、その作家性が話題になっていたピンク四天王に惹かれながら、助監督を務めるうちに、大蔵映画やエクセスフィルムの「観客を楽しませよう」という意識にも触発されていく。

そうした自己形成期を経て城定監督は、高い計算能力(元々高校の理数科から武蔵野美術大学へ進学した経歴を持つ)と職人的技術(ピンク映画は約60分の作品を約3日で撮影しなければならない)を駆使して100本以上の映画を撮りあげてきた。まるで1975年以前の映画的“理想”を実現するかのように、短い期間、厳しい条件下でもエンタメ性と、ある種の作家性を持つ、クオリティの高い映画を作り続けてきた。実際、今年に入ってからだけでも、本作をはじめ「銀平町シネマブルース」「放課後アングラーライフ」「セフレの品格」二部作と作品を連発している。

「恋のいばら」では、大ヒット作「愛がなんだ」(19年、今泉力哉監督)共同脚本の澤井香織、音楽のゲイリー芦屋と組んで新たな作品世界を構築した。では、そこに城定監督が込めた作家性とはなんだろう。

なぜ”いま”城定映画が求められるのか?

タイムラインを意図的に入れ替えて、登場人物や観客の認識の盲点を突き、意外な因果の繋がりを見せて観客を驚かせる、という手管を使って物語を語っていきながら、城定監督は次のことに賭けたのではないだろうか?

どんな登場人物も、それぞれの考えや言い分で自分を支えながら、それぞれに生きている。そのことを大事にして、物語を最後まで運んでいくこと。

そのために健太朗への不信というネガティヴな感情から駆動しはじめた物語が、鬱々としたところに落ちていかない。出来事が終わっても、各々の登場人物たちが営み続けていくであろう日々に、微かにであろうとも光が射す。結果、きわめて爽やかな後味が観る者の心と身体を満たす。

だからこそ“いま”、城定映画が求められるのではないか。

制作=キネマ旬報社

 

 

「恋のいばら」
●9月6日(水)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)

●Blu-ray:5,280円(税込) 
【映像特典】
・メイキング
・予告編

●DVD:4,180円(税込)
【映像特典】
・予告編

●2023年/日本/本編98分
●監督・脚本:城定秀夫
●脚本:澤井香織
●音楽:ゲイリー芦屋
●主題歌・挿入歌:chilldspot(レインボーエンタテインメント)
●出演:松本穂香、玉城ティナ、渡邊圭祐

●発売・販売元:ポニーキャニオン
©2023「恋のいばら」製作委員会