逃げることも人生の選択肢。「零落」で創作者の地獄を描き、生きるための術を示した竹中直人の眼差し

映画化もされた青春漫画『ソラニン』の浅野にいおの衝撃作「零落」を、俳優としても唯一無二の存在として活躍する竹中直人が監督を務め、斎藤工を主演に迎えて映画化。9月6日に待望のBlu-ray&DVDリリースされる、竹中直人が描くこの哀しくも美しい本作の魅力に迫った。

本作が訴える「創作者の地獄」

竹中直人監督第10作目となる「零落」は、彼の監督デビュー作でもある「無能の人」(91)と同じく漫画家を主人公にしているが、「無能の人」が人気の下落とともに創作意欲を失くしてしまった男であったのに対し、「零落」は人気に陰りが出始めて焦燥している男という違いがある。つまり、「零落」の主人公はこれから“無能の人”になるのか否かといったスリリングな興味が竹中映画ファンとしては沸き上がっていくわけだが、一昔前なら竹中直人自身が「無能の人」のときのようにこの役を演じていただろう。しかし、さすがに年齢設定もあって今回は竹中監督の前作であるオムニバス映画「ゾッキ」(21)で共同監督を務めた盟友・斎藤工が大任を果たし、大きな成果を上げている。

本作が訴えるモチーフの中に「創作者の地獄」というものが確実に挙げられるだろう。描きたいものを描くための労苦はクリエイターとして当然の所業ではあろうが、それに人気や評価が伴うのか、仕事として生活が成り立つのか、人間関係はうまく回っていくのか、などなど気苦労は多い。特にSNSの発達で1億総批評家時代に突入して久しい現在、赤い色を塗ったのに「青くないからダメ」ならまだしも「赤に見えないからダメ」とか「赤くないからダメ」など玉石混合の感想がネットの中を飛び交い続けている。見てないのに見たふりをして酷評しては愉しんでいる輩もいると聞く。そんな中で創作者は一体どこまで自我を保って次なる創作にあたることができるのか?

その伝でも本作の斎藤工からは、仕事も人気も人生も上手く回っていかなくなった焦燥がざわざわと伝わってくる。これをどう乗り越えていくのか、乗り越えられないのか、乗り越える気もなくなっていくのか、いずれにしてもこの主人公は目の前の様々な問題から目を背けるかのように風俗の世界へ足を踏み入れ、のめりこんでいく。それは逃避なのかもしれない。しかし、そのことを決して否定することなく、逃げることも、落ちていくこともまた人生の選択肢の一つであることを、本作は訴えている。

マイナスを極めることによって、その先に見えてくる世界

総じて竹中映画は、ポジティヴなものよりネガティヴなものを尊しとする傾向がある。いわゆるマイナス志向といってもいい。安易なプラス志向を竹中映画は否定する。むしろマイナスを極めることによって、その先に見えてくる世界をかけがえのないものと捉えたがっているかのようだ。

振り返ればバブル崩壊直前直後といった時期に発表された「無能の人」を初見した際、こんな暗い映画の企画が良く通ったものと感心したものだが、今の目で見直すとあの主人公、落ちている割には家族の温かな愛に支えられていることがよくわかる。つまりは大いに救いがあったのだ。

しかしそれから30年以上の時を経ての「零落」の主人公には、夫婦の愛も、編集者との共闘も、アシスタントとの師弟関係も、プライベート仲間との友情も、そして彼がのめりこむデリヘル嬢への想いまでも、すべてが本人の焦燥の果てに喪失していく。ついには彼の作品を純粋に愛してやまない長年のファンの想いにも、素直に応えられなくなってしまうのだ。

しかし、それでも本作は徹底して美しい。それは美意識に秀でた竹中監督ならではのセンスの賜物で、夜の空虚なネオンに彩られたラブホテル室内などの人工的な美から、ただただ普通に歩くだけの街並みから旅先での自然光を活かした美、そして主人公の心の内面を表すかのような海のうねり。それらの美はすべて主人公の空虚な心とリンクして、ある意味自分勝手かもしれない男の免罪符となり、ひいては人生の無常を痛感させていく。

その極みともいえるのがラストのサイン会シーンで、未見の方のために詳細はあえて省くが、ここで主人公が慟哭するかのように吐く一言こそは、創作者の無間地獄といったものを如実に表した傑出シーンとなっている。

前向きなだけが人生ではない

人はモノをクリエイトし続ける。そこに到達点などないことをどこかで気づいていながらも、まったく気づかぬふりをして、果てしない緩慢なる地獄の道を邁進していく。一方でそれは媚薬のように魅惑的であり、一度味わうともう逃れることはできない。

本作は浅野いにおの同名漫画を原作としているが、原作者と竹中監督のクリエイターとしての志向は完全にシンクロしている。だから原作の読後と映画の鑑賞後の印象に何ら違いはない。あえて違いがあるとすれば、映画は生身の人間が漫画のキャラを演じているということだが、竹中映画のキモはキャスティングにあり、そのすべての出演者が代表作として誇れるほどのオーラをそれぞれ発散させている。

もちろん本作も例外ではなく、先にも挙げた斎藤工も、デリヘル嬢ちふゆ役の趣里も、そしてエキセントリックな元アシスタントを演じた山下リオも、すべてのキャストがさりげなくも見る側にインパクトを与えながら、脳裏にその存在を刻み込んでくれているのだ。本作のキャッチコピー「堕ちよ、生きよ!」に倣うと、人は堕ちても生き続けられるし、それゆえの魅力を放つこともできる。前向きなだけが人生ではない。人生の敗者、大いに結構ではないか。悩み、焦り、苦しみ、その先に見えてくるものと対峙していくのもオツなものであることを、本作は巧みに訴えているのだ。

文=増當竜也 制作=キネマ旬報社

 

「零落」
●9月6日(水)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:6,050円(税込) 
【映像特典】
・予告集
・イベント映像集(完成披露プレミア上映会舞台挨拶、公開記念舞台挨拶)

●DVD:4,400円(税込)
【映像特典】
・予告集

●2023年/日本/本編128分
●原作:浅野いにお「零落」(小学館ビッグスペリオールコミックス刊)
●監督:竹中直人
●脚本:倉持裕
●音楽:志磨遼平(ドレスコーズ)
●主題歌:ドレスコーズ「ドレミ」(EVIL LINE RECORDS)
●出演:斎藤工、趣里、MEGUMI、山下リオ、土佐和成、永積崇、信江勇、宮﨑香蓮、玉城ティナ、安達祐実

●発売元:ハピネットファントム・スタジオ/小学館 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会

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