「これも、私の人生の一部なんだ」 眠れない高校生が出会った夜空の星とクラスメイト──映画『君は放課後インソムニア』

石川県七尾市に住む高校生の中見丸太(なかみ・がんた)は不眠症に悩み、父にも相談できずに憂鬱な日々を送っている。そんなある日、校舎の屋上近くにある天文台の中で昼寝をしているクラスメイトの曲伊咲(まがり・いさき)と出会う。彼女もまた丸太と同じく、不眠症を抱えていた。ふたりは誰も寄りつかない天文台を自分たちの避難場所とするため、休部状態の天文部を復活させることに。やがて丸太は星と、そして伊咲に惹かれていく──。

『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で2019年から連載が開始され、現在テレビアニメも好評放送中。『富士山さんは思春期』『猫のお寺の知恩さん』など、やわらかなタッチで少年少女の恋模様を繊細に描く青春マンガの旗手、オジロマコトの『君は放課後インソムニア』が実写映画化、6月23日から公開された。

些細な発見によって主人公の人生が変わる瞬間に立ち会う昂揚感

監督は、テレビドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の演出で〈ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞〉を受賞し、映画監督としても活躍している池田千尋。映画『東京リベンジャーズ』シリーズ、そしてPrime Video配信ドラマ『仮面ライダーBLACK SUN』も話題を呼んだ脚本家・髙橋泉が、池田監督と共同で脚本を手がけている。

タイトルにある〈インソムニア〉とは不眠症のことだ。
眠りたいのに眠れない──そんな悩みをもつ丸太は、疲労とストレスと睡眠不足で常に苛ついている。目の下には隈があり、どんよりとした雰囲気を漂わせているので、クラスでもやや浮いている。誰もが当たり前のように夜になると眠っているのに、それができない自分はどこかおかしいのではないだろうか、と思い悩む日々。そんな彼が出会うのが、それまで交流したことのなかったクラスメイトの伊咲だ。丸太と同様、不眠症でありながら伊咲は元気いっぱい。いつも明るく楽しく笑っていて、友だちも多い。
 
もし彼らに「眠れない」という共通の苦しみがなかったら、こうして接近することも、共に天文部を再始動させようと意気投合することもなかっただろう。しかし彼らは互いに互いを見つける。誰とも共有できない思いを分かちあい、ふたりだけの関係性が生まれる。

天文部の活動実績をつくるため、丸太は天体写真を撮りはじめ、星空を眺める観測会を企画。天体写真の達人である先輩から撮影について学び、観測会を手伝ってくれそうな伊咲の友人たちに頭を下げて頼みにまわる。そういった一つひとつの地道な行動が、原作でもそうであったように、端折ることなく丁寧に描かれている。大きな事件が起こるわけでもない。伊咲との関係が急展開する出来事が発生するでもない。それなのに、丸太の世界が少しずつ広がってゆく過程から目が離せない。夜、眠れないなら星を見ればいい。そんな些細な発見が、ひとりの少年の人生を確実に変えようとしていく瞬間に立ち会っている昂揚感。そのドキドキ、ワクワクが全編に充ちている。
 
ちなみに撮影は、原作の舞台でもある石川県の七尾市で実際に行われた。海と山と田んぼ、そして街なかを流れる御祓川などのほのぼのとした情景が物語の抒情性を高めている。原作ファンの方々もきっと「分かってる!」と感じてくれることだろう。

さまざまな世代のまなざしが物語を豊かに深く、広げていく

原作単行本で5、6巻にあたる夏休みの合宿が、映画版のハイライトだ。海辺にある伊咲の祖母の家でのふたりきりの合宿回。この直前に丸太は伊咲の抱えるもうひとつの秘密を打ち明けられる。そんな彼女に、丸太は自分の恋心をとうとう自覚するのだ。

ここから物語はさらに広がりをみせてゆく。丸太の父親、伊咲の家族、天文部の顧問の先生といった、彼らを見守る──だけでなく諫める立場でもある大人たちの存在感が、次第に大きくなってくる。娘を案じる伊咲の両親は、娘を振りまわす丸太を当然のごとく牽制する。息子の不眠を知らなかった丸太の父は、丸太への接し方に戸惑う。こうした親世代、大人世代のまなざし(それは決して丸太ら若者世代と対立するものではない)にも丸太は気づいていく。それは、とりもなおさず彼の成長を物語ってもいる。


映画『ヴィレッジ』での演技も印象深かった奥平大兼が、表情も雰囲気も徐々に開放的になっていく丸太をみずみずしく表現。思慮深さの底に秘めた情熱が溢れてくる終盤の躍動感には目を見張らされる。対する伊咲役の森七菜も、飾り気のないかわいらしさがある女の子という、匙加減の難しい役柄を好演している。自分が背負うものに対しても「私の人生の一部なんだ」と宣言する伊咲の姿には、いわゆる“守ってあげたくなるヒロイン”とは一線を画する凛々しい姿を放っている。
 
最初は避難所にすぎなかった天文台。それが次第に世界の広さと自らの可能性の無限さに気づかせてくれる、かけがえのない場所になる。恋することで変わってゆく少年少女を丁寧に、細やかに描いたら、充分にスペクタクルは発生する。そんな、物語本来のもつ力強さをまざまざと教えてくれる作品だ。

文=皆川ちか 制作=キネマ旬報社

 

 

『君は放課後インソムニア』

6月23日(金)全国ロードショー

●出演:森七菜、奥平⼤兼、桜井ユキ、萩原みのり、上村海成、安⻫星来、永瀬莉⼦、川﨑帆々花、⼯藤遥、⻫藤陽⼀郎、⽥畑智⼦、でんでん、MEGUMI、萩原聖⼈
●原作:オジロマコト『君は放課後インソムニア』
●監督:池田千尋
●脚本:髙橋泉、池田千尋
●企画・制作プロダクション:UNITED PRODUCTIONS
●製作:映画「君ソム」製作委員会
●配給:ポニーキャニオン
●公式HP:https://kimisomu-movie.com/
©オジロマコト・小学館/映画「君ソム」製作委員会

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