ナチュラル・ボーン宇宙人の中村倫也のヘンでキュートな魅力全開! 異色のエイリアン・コメディ「宇宙人のあいつ」

5月19日に劇場公開となる「宇宙人のあいつ」は、「虹色デイズ」(18)や「ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~」(21)など、感動系のヒューマンドラマから胸キュンラブストーリー、遊び心あふれるマニアックなお笑いまで、幅広い作風で知られる飯塚健監督が、ドラマや舞台にも引っ張りだこの中村倫也を主演に迎え、6年ぶりにオリジナル脚本で監督した異色のエイリアンコメディである。

高知の海岸沿いで焼肉屋「SANADA」を営む「真田家」の四兄妹の次男として23年間一緒に暮らしてきた日出男(中村倫也)が、実は土星から地球に派遣されてきた宇宙人“トロ・ピカル”であることが判明! 残すところ1カ月で任期を終え土星に帰ると聞き、何も知らずに生きてきた真田家の長女と三男はとてつもない衝撃を受けるが、ふたりはそれぞれやっかいな問題を抱えており、一方、日出男にもまだ長男にすら明かしていない重大な任務が。言い出せないまま時間だけは過ぎ、帰るまで“あと3日”になって日出男が明かした任務の内容に、真田家は更なる混乱に陥る……という物語。油断しながら観ていると、思わぬところでいきなりグッと胸に迫ってきて、思わずホロリとさせられてしまう仕掛けがあちこちに散りばめられている。「飯塚組」常連の中村いわく「アツさと、無駄なノリと、画的な雑多さ」から成る、“らしさ”がダダ洩れだ。

まさかの和製「エブエブ」!? 同時多発的に生まれたヘンテコで愛すべき世界

「宇宙人のあいつ」を初めて観た時の率直な感想は、「和製『エブエブ』じゃん!」だった。別にパクリとか、二番煎じなどと言いたいわけではない。ただ「宇宙人のあいつ」を観る直前に、今年の賞レースを席捲した「エブエブ」こと、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(22)を観たからそう感じただけで、観る順番が違っていたら「エブエブ」に対して「アメリカ版『宇宙人のあいつ』じゃん!」と思ったことだろう。何が何だかよくわからないが、いつのまにやら涙が頬を伝い、泣いている自分に驚きつつも、最後は家族愛に心を大きく揺さぶられてしまう映画の構造に、同じ匂いを嗅ぎ取ったからである。

たとえば、「エブエブ」の劇中にマルチバースやカンフーアクション、ソーセージみたいな長い指、“バカバカしい行動”やグーグルアイ、崖の上で石が会話をしているシーンなどが登場するように、「宇宙人のあいつ」のなかにも、地球の丸23年が1年に当たる土星時間や、Wi-Fiを飛ばし、テレパシーで動物と会話し、透明人間にもなれる宇宙人。気合十分だが空振りばかりのカンフーマスター、四万十川の主である“ビッグマミィ”と名付けられた巨大な鰻のパペットに、見晴らしのよい崖の上での謎のジャガイモとの交信、細かい部分までこだわりぬいた美術部のセットなど、まったく同じではないが、絶妙に似たモチーフが現れる。

もちろんこの2作品を比較してみたところで何ら秘密が解き明かされるわけでもないが、「いい年をした大人たちが真剣に遊びながら映画を作ろうとした結果、こんなにヘンテコで愛すべき映画がほぼ同時期に生まれるなんて、ひょっとしたらこれも宇宙人の仕業だったりするのかも……!?」と、ひたすらバカバカしい妄想を膨らませずにはいられなかった。

長男・日村勇紀、長女・伊藤沙莉、三男・柄本時生ら、すべてのキャストがハマり役

両親亡きあと、焼肉屋を継いで家族を養う真田家の長男・夢二役を、お笑いコンビ「バナナマン」としても活躍する芸人・日村勇紀が役者さながらの説得力で見事に演じきり、明るくてしっかり者だが、男運には恵まれない長女・想乃役を、伊藤沙莉が抜群の安定感で好演。お調子者で頼りない三男の詩文役を、愛される末っ子気質の柄本時生が飄々と演じ、役柄のみならず、自身も「『何を考えているのかわからない』とよく言われる」という“ナチュラル・ボーン宇宙人”の中村が、“トロ・ピカル”こと日出男役を、キュートな魅力全開で体現する。

詩文の中学時代の同級生・宍戸役の細田善彦や、「天の声」ならぬ謎のジャガの声を担当する山里亮太もハマり役だが、一度は想乃たちに釣り上げられたが、ある理由から日出男に命乞いをする四万十川の主である巨大な鰻「ビッグマミィ」の声を演じているのが、監督の妻でもある井上和香だということに驚かされた。というのも不覚にも筆者が泣かされたのは、何を隠そうこのビッグマミィと真田家の面々とのやりとりであり、肝の座った漢気あふれるビッグマミィの“鰻柄”にも大いに刺激を受けると共に、胸がいっぱいになったからだ。

アイデアあふれる飯塚組の現場だからこそ生まれた、“ドリーミン”なグルーヴ

“赤の宇宙人”である日出男はもちろんのこと、実の兄妹であるはずの3人も似ても似つかない風貌ながらも、「ユッケジャン」や「ハラミ」といった焼肉にまつわるワードを語尾に盛り込んだユーモアに満ちたテンポの良い土佐弁の掛け合いは、まさしく仲の良い兄妹同士が交わすやりとりそのもので、出来ることなら真田家の日常を延々と眺めていたくなる。家族全員そろって欠かさず納豆を食べる朝食も、大事な議題がある者が挙手して始まる「真田サミット」も、突如飛び出す格言めいた一言も、グラグラ揺れる奇妙なカメラワークも、全部ひっくるめて愛おしい。そこには焼肉屋SANADAの看板料理「夢二ライス」のように、“ごちゃ混ぜ”ならでの旨さがある。

「不毛な争いごともない代わりに、家族という概念すら存在しない」という土星から、地球観測隊としてやってきた“トロ・ピカル”が、地球時間の23年あまりを真田家の次男・日出男になりすまして学んだことが気になる人は、ぜひとも騙されたと思って「宇宙人のあいつ」を劇場に観に行ってみて欲しい。「誰かが出したアイデアにのっかって、すぐまた別の新しいアイデアが出てきたりする」ような飯塚組の現場だからこそ生まれた“ドリーミン”なグルーヴが、この映画のなかには確かに存在するはずだから。

文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社

 

 

「宇宙人のあいつ」

●2023年・日本・117分
●監督・脚本:飯塚健 
●主題歌:氣志團「MY SWEET ALIEN」(影別苦須 虎津苦須)
●音楽:海田庄吾
●出演:中村倫也、伊藤沙莉、日村勇紀(バナナマン)、柄本時生、井上和香、設楽統(バナナマン)、山里亮太 、山中聡 ほか

●配給:ハピネットファントム・スタジオ ◎5月19日(金)より全国にて
©映画「宇宙人のあいつ」製作委員会

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