不倫される妻を絶妙な熱量で演じてみせた広末涼子。歪で非凡な愛のかたち「あちらにいる鬼」

作家・僧侶の瀬戸内寂聴、小説家・井上光晴、そしてその妻。実在の3人の男女をモデルに、井上夫妻の長女である作家・井上荒野が綴った傑作小説を、廣木隆一監督が映画化した衝撃作が5月10日、Blu-ray&DVDリリース。特典映像に収められた寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子および監督のコメントなどから、歪で非凡な愛のかたちを描いた本作に迫った。


純粋で凄まじい男女の生きざま

夫が布団にもぐりこみ、妻の身体に手を伸ばす。妻は、剝きだした二の腕を撫でさする夫の好きにさせながら、落ち着いた声で言う、「あなたに葬式に来てほしかったと思う。最後に恨みきるためだけだとしても……」。最後に恨みきる、すごい。夫のために自殺未遂を繰り返し、その果てに病で亡くなった女の葬式に、夫が行かなかったことを、妻はこう言って静かに責める。夫を演じているのは豊川悦司、妻は広末涼子。 

昨年の11月に公開された「あちらにいる鬼」は、作家・井上光晴と瀬戸内晴美、そして井上の妻の3人をモデルにして、井上の長女で直木賞作家の井上荒野が書いた同名小説の映画化作で、荒井晴彦が脚本を執筆、廣木隆一が監督した。井上夫妻がモデルの白木篤郎と妻・笙子が豊川と広末で、もう一人の主人公、瀬戸内晴美にあたる長内みはるを演じているのが寺島しのぶ。女性関係にだらしなく、普段から嘘ばかりつくのに、どうしようもなく女性を惹きつける男。男には妻子があり、道ならぬ恋と承知の上で身を焦がしていく女。そして、そんな二人の関係を知りながら男と添い続け、やがては女と不思議な連帯感を持つようになる妻。非凡で歪とも言える関係だけれど、そこには「書くこと」「愛すること」に才能と情熱を持った人間たちの純粋で凄まじい生き方があった。

絶妙な熱量で魅せる広末涼子 

本原稿のために、映画を数カ月ぶりに観直した。これまでは、寺島しのぶ、豊川悦司の迫力ある演技に目が行き、広末涼子は二人の演技によく対抗しているという見方をしていた。ところが、今回強く引き付けられたのは、冒頭に書いたシーンをはじめとする広末涼子の芝居だった。彼女はこの演技で、キネマ旬報ベスト・テンの22年度助演女優賞を受賞。筆者も彼女に一票を投じたが、改めて、普段は感情を封じ込め、ふとしたときに絶妙な熱量で発露させるその演技に感心した。ベスト・テン表彰式で廣木監督が彼女の演技に対し「怖いだけじゃなく、幅の広さを出してくれて、すごく助かりました」とコメントしているが、その通りだろう。考えてみると、役としてもこの妻・笙子役が一番面白いかもしれない。というのも、クランクイン前に廣木監督と寺島しのぶが、瀬戸内晴美が得度して瀬戸内寂聴となって開いた尼寺「寂庵」を訪ねる様子が、特典映像〔撮影舞台裏〜寂庵訪問〕としてソフトに収録されているのだが、そのなかで、寺島しのぶが初め希望したのは実はみはる役ではなく笙子役だったことが本人によって語られているのだ。ただ、そうなると誰がみはるを演じるの、と監督から詰め寄られ、説得されたというのを他のインタビューで読んだけれど。それでも、やはり寺島しのぶが笙子役に一番魅力を感じていたというのは興味深い。また、映画の中にも得度式のシーンがあり、そこで寺島は自身の本当の髪を切って頭を剃り上げており、役者としての覚悟や思い切りの良さが評判になったが、そうすることにやはり初めは戸惑いがあったことも同じ映像内で語られている。

特典映像はもう2本あって、監督と寺島と広末が登壇した〔完成披露試写会の舞台挨拶〕では、先の寂庵訪問で感じた瀬戸内寂聴の存在が、剃髪を決意する背中を押してくれたことを寺島が語り、〔公開記念舞台挨拶〕では、「いや、寺島しのぶなら本当にやるだろうと初めから思っていました」と豊川悦司が俳優・寺島への敬意を口にしている。おそらくどちらも本当の気持ちで、そのことを知った上であのシーンを観直すと、また新たな感慨が湧き上がってくる。この映像には、俳優たちのすぐ近くで、マイク・スタンドや照明用のレフ板を持ったスタッフが映り込んだ現場写真も何点か収められていて、現場のリアルな様子を伝えてくれる。こういう写真があると特典映像の価値もグッと上がるというものだ。

廣木監督と役者の信頼関係 

廣木監督は仕事が途切れない監督で、特に昨年は、コロナ禍のスケジュール変更があったとはいえ、5本もの新作が公開された。村上淳がSMの刺激から醒めそうになっているM男を演じた「夕方のおともだち」、藤原竜也と松山ケンイチが殺人の隠蔽を図る「ノイズ」、戸田恵梨香と永野芽郁が葛藤を抱えた母娘を演じた「母性」、それに大泉洋、有村架純の主演で生まれかわりを題材にした「月の満ち欠け」と、どれも人気俳優が主演する話題作で、製作サイドの監督への信頼がうかがえる。 

そんな廣木監督の全作品の中から一本だけ代表作を選ぶとしたら03年の「ヴァイブレータ」だろう。主演は寺島しのぶ、脚本は荒井晴彦で本作と同じ。これが3人の初共働で、06年の「やわらかい生活」で豊川悦司が加わり、今回は4人が揃ったそれ以来の作品。荒井脚本と取り組む廣木演出は気合いの入り方が一段違う、というのはファンの勝手な思いこみか。でも今回の、広末涼子の芝居のように観直すたびに深い発見があるのは確かで、その意味でBlu-ray/DVD化はとてもありがたい。

文=春岡勇二 制作=キネマ旬報社

 

 

「あちらにいる鬼」

●5月10日(水)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:6,270円(税込) DVD:5,280円(税込)

【封入特典】
・ブックレット(20P)
【映像特典】
・メイキング
・完成披露試写会
・公開記念舞台挨拶
・予告編集

●2022年/日本/本編139分
●監督:廣木隆一
●脚本:荒井晴彦
●出演:寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子

●発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

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