珍サーカス王

ちんさーかすおう
製作国
アメリカ

ジャンル
ドラマ

ここが見どころ

「無鉄砲一番乗」と同じくフート・ギブスン氏が主演し、デル・アンドリュース氏が監督した映画。アンドルー氏自らがセント・エルモ・ボイス氏と協力して書き上げたオリジナル・ストーリーを、イサドア・バーンスタイン氏が映画用にと書き直し、それに基いてジョン・B・クライマー氏が台本を作成した。ギブスン氏の相手役は「大学生活」出演のドロシー・ガリヴァー嬢で、アラン・フォレスト氏、ゲイル・ヘンリー嬢、それからデ・ガロス一座などが、それを助演している。

「珍サーカス王」のストーリー

一般の不景気にたたられて田舎の町から町へと巡業して廻り歩くサーカス団も一向に振はず、使用人には給料すら払えぬ有様であった。このサーカスの支配人アレクサンダーは団長の娘ルースに思いをかけ、一座の困窮に陥っているのを機とし、金を貸し、代償にルースとの結婚を迫っていた。折しも、この一座はカウボーイの集る町へと来合わせた。この辺一帯で暴馬乗りと綽名されている売り出しの男ビルは、ルースを援助する意味で、大勢のカウボーイを集めて見物に来た。その上、ビル自らもサーカスの一座に加わって放れ業をやって見せた。それがもとでこの時の興行は大した景気だった。その結果、当てが外れたのはアレクサンダーで、復讐の目的から手下の者に命じて切符売上金を盗ませ、しかもその嫌疑をビルに被せ、自分はその金を持って逃走しようとした。が、その計画はルースの看破する所となり、彼はシェリフに引き渡された。そしてビルとルースとの恋は成就せられる。

「珍サーカス王」のスタッフ・キャスト

スタッフ
キャスト役名

「珍サーカス王」のスペック

基本情報
ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1928
製作会社 ユニヴァーサル映画
配給 ユニヴァーサル支社
レイティング

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映画専門家レビュー

今日は映画何の日?

NEW今日命日の映画人 3/3

安井昌二(2014)

小梅姐さん

「炭坑節」や「黒田節」など多くの民謡をヒットさせ、NHK紅白歌合戦でも美声を聞かせた芸者出身の歌手・赤坂小梅の生誕100周年を記念して製作されたドキュメンタリー。生まれ育った筑豊や芸者修行に励んだ北九州など彼女ゆかりの地を訪ね、数々の記録映像や関係者へのインタビューを交え、歌一筋に生きた彼女の生涯に迫る。監督は『ハイビジョンふるさと発~有明海に生きるカメラマンの物語~』などのドキュメンタリー番組を数多く手掛けた山本眸古。ナレーションを「悪名」の水谷八重子、作曲・音楽アドバイザーを「上方苦界草紙」の本條秀太郎が担当した。赤坂小梅。本名、向山コウメは明治39年(1906)年4月、福岡県川崎町に9人兄姉の末っ子として生まれる。16歳の時に自ら芸者を志し北九州の置屋「稲本」に。通常1年間の芸者修行を3ヶ月でこなし、1年で芸者デビュー、“梅若”を名乗る。昭和4(1929)年、九州一円の民謡研究のため小倉を訪れていた野口雨情、藤井清水らに認められ、レコードデビューを果たし、同6年に上京。同8年、コロムビアから発売した「ほんとにそうなら」が大ヒット。以来、端唄、舞踊小唄などを含め、多くの流行歌や民謡をレコーディングしヒットさせた。NHK紅白歌合戦にも4回出場、その豪放磊落な性格から多くの文化人や政・財界人などに愛され、大衆から支持された。酒豪でも知られ、恰幅のいい体型が特徴的だった彼女は昭和56(1981)年4月、75歳で引退。晩年は民謡の普及や福祉活動に勤しみ、平成4(1992)年1月17日死去。享年85歳であった。

楳図かずお恐怖劇場 まだらの少女

人の憎しみが生み出す蛇の呪いの恐怖を描いた中篇ホラー。監督は「恋する幼虫」の井口昇。楳図かずお原作の同名コミックを基に、「ホラ~番長 稀人」の小中千昭が脚色。撮影を「着信アリ2」の喜久村徳章が担当している。主演は、「Last Quarter 下弦の月」の中村有沙と「TRICK  劇場版」の成海璃子。尚、本作は「楳図かずお恐怖劇場」の中で、「ねがい」と2本立公開された。楳図かずおデビュー50周年作品。

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