サンフランシスコ物語

さんふらんしすこものがたり
上映日
1981年9月5日

製作国
アメリカ

上映時間
112分

ジャンル
ドラマ

ここが見どころ

自殺に失敗して歩行困難になった青年が身体障害者たちの中で生きることに目ざめてゆく姿を描く青春映画。製作はマーク・M・タンツとR・W・グッドウィン、監督は「スーパーマン」のリチャード」ドナー。トッド・ウォルトンの原作を基にバリー・レビンソンとバレリー・カーティンが脚色。撮影はラズロ・コバックス、音楽はジョン・バリー、編集はフランク・モリス、製作デザインはチャールズ・ローゼン、衣裳はロン・タルスキーが各々担当。出演はジョン・サベージ、デイビッド・モース、ダイアナ・スカーウィッド、エイミー・ライト、ジャック・オレーリーなど。

「サンフランシスコ物語」のストーリー

サンフランシスコの東部に位置する小さな都市オークランド。ビルをながめる1人の男。彼はやがて10階まで上がり何くわぬ顔で窓から飛び降りた。一命をとりとめたその男ローリー(ジョン・サベージ)は、病院に運ばれた。退院したローリーは、しかし歩行が困難になっており、これからどう生活してゆくか途方に暮れていた。ある日、彼はふらりと立ち寄ったマックスという名のバーでジェリー(デイヴィッド・モース)という足の不自由な青年と知り合った。マックス(ジャック・オレーリー)が経営するこのバーの常連は、ジェリーだけでなく皆、体の一部に障害をもつ者ばかりだったが、この店の中に、これまでに感じたことのない温かみをローリーは感じた。彼らは、生活保護を受けながらマックス・バーをわが家のように感じ親しんでいたのだ。ジェリーのガールフレンド、アン(エイミー・ライト)は、薬に犯されているジャンキーで、ジェリーのあらゆる努力も無駄に終っていた。ジェリーは、バスケットボールが好きで、地元のチームウォリアーズをひいきにしていたが、実は、彼もプロに匹敵する実力をもっていたのだ。ジェリーの足は、手術をすれば直る可能性があったが、それには巨額の手術代が必要だった。そんなころ、店の経営難に陥っていたマックスが心臓発作でたおれ、遺産を相続したローリーが、マックスを救うべく一万ドルで店の権利の半分を買いとった。ローリーが雇った新しい従業員の中に、ルイーズ(ダイアナ・スカーウィッド)という、金髪のチャーミングな娘がいた。一方、ジェリーの才能を見込んだプロ・バスケットボール選手が、手術代を提供することになり、手術のためにジェリーは町を離れていった。その間、ローリーとルイーズの感情は深まっていった。クリスマス・イブに約束どおり、ジェリーが元気な姿になって戻ってきた。その数日後、ローリーはルイーズに初めて愛を告白するが2人は高まる感情をおさえて友達関係を維持した。2人の間にジェリーがわり込んできて、ローリーの憂うつな日々が過ぎるがルイーズは好きなのはローリーだけだと告白した。やがて、マックス・バーの連中が皆応援にかけつける中で、ジェリーが、バスケット選手としてデビューを飾るのだった。

「サンフランシスコ物語」のスタッフ・キャスト

スタッフ
キャスト役名

「サンフランシスコ物語」のスペック

基本情報
ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1980
公開年月日 1981年9月5日
上映時間 112分
製作会社 グッドマークス・プロ作品
配給 日本ヘラルド
レイティング
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
カラー/サイズ カラー/ビスタ

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映画専門家レビュー

今日は映画何の日?

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安井昌二(2014)

小梅姐さん

「炭坑節」や「黒田節」など多くの民謡をヒットさせ、NHK紅白歌合戦でも美声を聞かせた芸者出身の歌手・赤坂小梅の生誕100周年を記念して製作されたドキュメンタリー。生まれ育った筑豊や芸者修行に励んだ北九州など彼女ゆかりの地を訪ね、数々の記録映像や関係者へのインタビューを交え、歌一筋に生きた彼女の生涯に迫る。監督は『ハイビジョンふるさと発~有明海に生きるカメラマンの物語~』などのドキュメンタリー番組を数多く手掛けた山本眸古。ナレーションを「悪名」の水谷八重子、作曲・音楽アドバイザーを「上方苦界草紙」の本條秀太郎が担当した。赤坂小梅。本名、向山コウメは明治39年(1906)年4月、福岡県川崎町に9人兄姉の末っ子として生まれる。16歳の時に自ら芸者を志し北九州の置屋「稲本」に。通常1年間の芸者修行を3ヶ月でこなし、1年で芸者デビュー、“梅若”を名乗る。昭和4(1929)年、九州一円の民謡研究のため小倉を訪れていた野口雨情、藤井清水らに認められ、レコードデビューを果たし、同6年に上京。同8年、コロムビアから発売した「ほんとにそうなら」が大ヒット。以来、端唄、舞踊小唄などを含め、多くの流行歌や民謡をレコーディングしヒットさせた。NHK紅白歌合戦にも4回出場、その豪放磊落な性格から多くの文化人や政・財界人などに愛され、大衆から支持された。酒豪でも知られ、恰幅のいい体型が特徴的だった彼女は昭和56(1981)年4月、75歳で引退。晩年は民謡の普及や福祉活動に勤しみ、平成4(1992)年1月17日死去。享年85歳であった。

楳図かずお恐怖劇場 まだらの少女

人の憎しみが生み出す蛇の呪いの恐怖を描いた中篇ホラー。監督は「恋する幼虫」の井口昇。楳図かずお原作の同名コミックを基に、「ホラ~番長 稀人」の小中千昭が脚色。撮影を「着信アリ2」の喜久村徳章が担当している。主演は、「Last Quarter 下弦の月」の中村有沙と「TRICK  劇場版」の成海璃子。尚、本作は「楳図かずお恐怖劇場」の中で、「ねがい」と2本立公開された。楳図かずおデビュー50周年作品。

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