ボイリング・ポイント 沸騰の映画専門家レビュー一覧

ボイリング・ポイント 沸騰

ロンドンの高級レストランを舞台に、崖っぷちのオーナーシェフの波乱に満ちた予測不能な一夜を、90分間全編ワンショット、正真正銘のノー編集、ノーCGにより描いた人間ドラマ。新鋭フィリップ・バランティーニ監督が華やかな職場の表と裏が同時に味わえる濃密な時間をつくりあげた。製作総指揮・主演を務めたのは「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」「アイリッシュマン」のスティーヴン・グレアム。崖っぷちシェフのアンディがたどる大波乱の運命を、ただならぬ気迫と悲哀をこめて体現し、BAFTAの主演男優賞にノミネートされた。アンディの頼れる相棒で、混乱に陥った厨房を支える副料理長カーリーに扮するのは、TVシリーズ『SHERLOCK/シャーロック』のヴィネット・ロビンソン。加えて「スナッチ」の曲者俳優ジェイソン・フレミングのほか、即興演技が得意な若手キャストが迫真のアンサンブルを披露している。レストラン内を縦横無尽に動き回るカメラワーク、俳優たちの即興演技がもたらす圧倒的な臨場感に加え、激しくうねるサスペンスフルな人間模様、鋭い社会性をはらんだ心揺さぶるドラマ。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    編集なしのワンカット撮影と、現代英国の食文化や労働環境、付随する人種差別やドラッグやアルコールをめぐる問題をこれでもかとばかりに詰め込んだ物語は、いずれもドキュメンタリーさながらの迫真性を作品に付与する上で一定の役割を果たしているだろう。しかし、あらゆる場面に何らかの意味を持たせようとするかのような構成からは、狙いとする緊迫感以上に、ダレ場を作ることへの制作側の恐怖心や不安という、現在の映像をめぐる別種の問題こそが露呈しているようにも思えた。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    高級レストランのスリリングな2時間をワンカットで描ききるスタッフの技術力もそれに応える俳優陣も見事。忙しない店内を追うだけでも見応え十分だが、外国人労働者や人種の問題、パワハラやセクハラ、さらにはインフルエンサーや食メディアへの対応など、レストランにまつわるあらゆることが盛り込まれている。現代的な話題を高い技術でまとめた映画と思わなくもないが、滅法面白いんだから仕方がない。複雑な視点を席番号という数字でシンプルに整理し誘導するのも上手い。

  • 文筆業

    八幡橙

    正真正銘ノー編集ノーCGによる全篇ワンショットの緊迫感&臨場感は、前人未踏の域に。さらに12年ものシェフ経験を持つ監督の、実体験に基づく人間描写のリアリティが、現場の熱を増幅し、観る者を引き込む。登場人物実に20人以上。綿密なワークショップの成果が見える一人一人の生きた台詞と存在が連綿と瞬発的な感動を生み、息もつかせぬ90分。その上で、フォロワー数に平伏すSNS偏重社会や人種差別など今日的な諸問題までぎゅっと詰め込んでみせるとは。プロの仕事を見たり。

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