リコリス・ピザの映画専門家レビュー一覧

リコリス・ピザ

「ファントム・スレッド」のポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作。1970年のアメリカのカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーを舞台に、運命的に出会ったアラナとゲイリーの恋の痛みや喜びを、当時の音楽やファッションを完全に再現して贈る青春映画。2022年・第94回アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞にノミネートされたほか、世界中の映画賞に輝いた。主演は三姉妹バンド、ハイムの三女アラナ・ハイムとポール・トーマス・アンダーソン監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマン。ともに本作で鮮烈な映画デビューを飾った。そのほか、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディが共演。監督とは本作で5作目のタッグとなるレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが音楽を担当し、劇伴のほか計38曲の楽曲が全編を彩る。「リコリス・ピザ」は1970年代に南カリフォルニアで展開していた独立系レコード・ショップ・チェーンの名称。映画の中ではその店は登場せず、「リコリス・ピザ」という言葉さえ発せられないが、タイトルが示唆するように全編にわたって音楽が効果的に使用され、当時のポール・マッカートニー、ドアーズなどによる名曲がぎっしりと詰め込まれている。2022年第96回キネマ旬報ベスト・テン外国映画第1位作品。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    「ブギーナイツ」や「パンチドランク・ラブ」の系譜に属しつつも、それらを見事に更新した快作。ウォーターベッド、ピンボール、そしてレコードのように、役者もカメラも名曲群のグルーヴと同調しつつ常に動き続ける。70年代前半LAの空気感を再現したがゆえのある種の緩さが、しかし懐古や自己模倣にはまるで陥っていないのは、主演二人の清新な存在感ゆえだろう。なかでも、青春期の高揚感をそのまま閉じ込めたような二人それぞれの疾走を捉えた移動撮影は、いずれも涙を誘う。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    オープニングの男女の出会いのシーンから映画が終わってしまうまで、どのシーンも実におおらかで、感動的なまでに自由だ。この映画の登場人物のように、赴くままに人を好きになって、大いに調子にのって、思いっきり見栄を張って、安っぽい欲望におぼれ惑わされ、恥ずかしいくらい嫉妬して、挑戦と失敗を懲りずに何度も繰り返して、それでも目一杯浮かれて、おどけて、踊りはしゃいで、全力で人生を駆け回れたらどれほど素晴らしいことだろうと思わずにはいられない。胸がいっぱい。

  • 文筆業

    八幡橙

    確たる起承転結も大きな盛り上がりも伏線回収も特にないまま、それでも観る者をぐっと惹きつけ続ける異様な力。気怠く不遜な面構えで“どん詰まり感”を絶妙に訴えるアラナ・ハイムと、純なのか不純なのかわからない、食えない奴を堂々演じるクーパー・ホフマン。二人がもたらす磁力が圧巻。作中アラナとゲイリーはすれ違い続けるも相手がピンチと見れば、ひとまず走る。淀んだ空気が一気に霧散する、掛け値なしの疾走がたまらない。人間を愛くるしいと思わせるPTA節、健在なり。

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