林檎とポラロイドの映画専門家レビュー一覧

林檎とポラロイド

リチャード・リンクレイターやヨルゴス・ランティモスの助監督を務めたクリストス・ニクの監督デビュー作。記憶喪失を引き起こす奇病が蔓延した世界。リンゴが好きなこと以外、すべての記憶を失った男が“新しい自分”と呼ばれる回復プログラムに臨むが……。出演は「アルプス」のアリス・セルヴェタリス。「ブルージャスミン」の女優ケイト・ブランシェットがエグゼクティブ・プロデューサーを務める。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    日常の一コマを美しく切り取った映像の集積が、「新しい自分」を構成していく。一見SNS時代の情報環境を風刺しているようで本作は、明滅する映像と主人公が壁に頭を打ちつけるリズムが同期する冒頭部から一貫して、むしろ長期記憶と結びつきにくいそうした流れから立ち上がる自己像こそを、オフビートな笑いとともに肯定しようとしているように見える。ただ、そうした試みに上辺のスタイリッシュさを超えた優れた現代性や悲哀がどこまで見出せるかは、意見が分かれるところか。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    突然記憶喪失に陥る奇病が蔓延する不思議な世界だが、完全に崩壊しているわけでなく、日常的には少し交通網が乱れるくらいの緩やかな終末を感じさせる映画の導入が傑作の予感を漂わせる。映画はそんな世界を背景に個の記憶や人生にフォーカスしていく。しかし、その絶妙に崩れた世界のなかでどう生きるのかという、世界との関わりあいが見たかったと思わされるのは、患っているのは人ではなく今と未来のことばかり駆り立て、記憶を忘却させるような現実世界の方だからかもしれない。

  • 文筆業

    八幡橙

    点と点が重なって線となり、人生の軌道が生まれるのなら、一度それを無に帰して、新たに「経験」という名の点を次々打ち込めば違う自分の違う生がそこから形成されるのだろうか? ――記憶やアイデンティティについて個人的に日頃抱いていた疑問が遠き地で映画に。消し去った過去を取り戻し、少しずつ空洞の体に心血蘇る過程を象徴するダンスのシーン、群衆の中での個、あるいは孤を感じさせて心に残った。師であるランティモスより狭く深く穴を覗き込む作風のニク監督。要注目。

1 - 3件表示/全3件