ゴヤの名画と優しい泥棒の映画専門家レビュー一覧

ゴヤの名画と優しい泥棒

「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル監督の長編劇映画の遺作。1961年にロンドン・ナショナル・ギャラリーで実際に起きた名画盗難事件の裏に隠された真相を、犯人と名乗り出た男とその家族の視点からユーモラスに描く。主人公のケンプトン・バントンは、戯曲を書いては投稿を続ける60歳のタクシー運転手。彼は街角で息子と一緒に「年金老人に無料テレビを!」という看板を掲げて社会変革運動を開始したが、誰も見向きもしてくれない。そこで名画の身代金を政府に要求し、何千人分もの受信料にあてようと考えたが……。主人公にジム・ブロードベント、長年連れ添った妻にヘレン・ミレンと、イギリスを代表するオスカー俳優が共演。息子のジャッキー役に「ダンケルク」の主役に抜擢されたフィオン・ホワイトヘッド、弁護士ジェレミー・ハッチンソン役に『ダウントン・アビー』のマシュー・グードなどイギリスの名優が配されている。さわやかな感動作のなかに、不寛容な時代への挑戦状が潜んでいる。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    1961年の英国を舞台とした落語のような実話は、ケアや相互扶助の思想が見直されつつある今こそ映画化される意義を有している。自身も貧困に苦しむ高齢者でありながら、あくまでコミュニティや弱者のために戦おうとするケンプトンの姿に加え、その熱意が彼の夢想的な側面に苛立っていた妻ドロシーの姿勢をも少しずつ変化させていく様子を丁寧に描いている点にも好感が持てる。ケンプトンの英国式ユーモアが炸裂する法廷シーンはなかでも白眉。ケン・ローチ近作とあわせてぜひ。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    盗んだゴヤの名画の返還の条件として、高齢者に対して公共放送のテレビ受信料を無料するための金銭をイギリス政府に要求する。このいささかズレた義賊っぷりや突拍子のなさが面白いポイントだが、それにしては映画も主人公も真面目すぎる。歪なほど真面目ならばそれでもありだと思うのだが、いたって常識の範囲内なのだ。やらかしたことに見合わぬ要求というこの過剰なアンバランスさが、邦題にならっていえば主人公の「優しさ」でとてもマイルドなものになってしまったようだ。

  • 文筆業

    八幡橙

    昨秋鬼籍に入ったロジャー・ミッシェルをはじめ、熟練の技が冴えわたる一本。随所に落語でいう“擽り”が溢れ、笑えて、しかも胸のすく社会派人情譚だが、堂々の実話であり、重要な山場となる法廷シーンでの主人公の台詞のいくつかも、亡くなった娘の写真も本物だというから驚く。愛嬌と揺るぎない世直し精神を併せ持つ偏屈爺さんを演じるジム・ブロードベントはもちろん、切れ味鋭くも情け深い妻役のヘレン・ミレンがたまらない。軽妙洒脱にして胸弾ませ、潤す、久々の名画の味わい。

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