土を喰らう十二ヵ月の映画専門家レビュー一覧
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脚本家、映画監督
井上淳一
四季の移ろいと食が丁寧に綴られる。魅力的だが、高齢者の「リトル・フォレスト」だったらイヤだなと頭を掠める。しかし、地続きで死が訪れる。義母が孤独死し、沢田研二も死の淵を彷徨う。退院した沢田は同居すると言う彼女を拒み、孤独を選び、死を書く。その沢田のアップが鬼気迫る。このワンカットのためにこの映画は存在する。流れる時間、風景に独特のリズムがある。文学の言葉が映画の邪魔をしていない。「太陽を盗んだ男」以来の沢田の、「ナビィの恋」以来の中江の、代表作。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
世にグルメ映画は数あるが、この映画がそれらと決定的に違うのは料理のハウツーではないということ。芋やゴマ、セリやコゴメ、ナスやキュウリ、タケノコや山椒といった食材が画面を通してダイレクトに五感に語りかけてくる。何を語るかというと「生きること」を。それは「死ぬこと」と背中合わせだ。沢田研二の容姿はちっとも水上勉に似てないけれど、どこかに水上の影がある。畑と相談し、土を喰らい、生と死を想う魂に。松たか子との間に生じるほのかな色気とたしなみに。
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映画評論家
服部香穂里
愛妻亡き後も、自ら育てた食材の素朴な持ち味を生かした手料理を振る舞い、見事な食いっぷりの若い恋人の訪問に心躍らせる初老の作家の山での暮らしが、男のロマンを凝縮させたユートピアのごとく、憧憬の念を込めて映し出される。死の影に導かれた身勝手にも思える選択さえ、彼が徹底してきた独特の人生観の一部として肯定的に捉えられるが、老いへの恐れや孤独の痛みのような負の代償めいたものが見えづらいためか、普遍的な感銘や情緒には、いまひとつ欠けている気もした。
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