声もなくの映画専門家レビュー一覧

声もなく

女性監督ホン・ウィジョンのオリジナル脚本による長篇デビュー作。思いがけず誘拐犯になった口のきけない男と、女児であるがゆえに身代金を親に払ってもらえない少女。韓国社会で生きる声なき人間たちの孤独を描いた珠玉のサスペンス。「バーニング 劇場版」のユ・アインが、一切せりふがない難役に体重を15キロ増量して挑み、青龍賞で「王の運命 -歴史を変えた八日間-」以来、二度目の最優秀主演男優賞を受賞、百想芸術大賞でも初の最優秀演技賞に輝いた。共演は主人公の相棒役に『梨泰院クラス』の悪役で人気を博したユ・ジェミョン、犯罪組織のボス役に歌手としても活躍する俳優イム・ガンソン、誘拐される少女役にムン・スンアなど。ホン・ウィジョンは、本作で青龍賞の新人監督賞を受賞したほか、百想芸術大賞では新人の枠を超えて監督賞を受賞している。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    人身売買や死体処理といった重い主題に、障害や韓国特有の年功序列文化、強固な家父長制などの要素をまぶしつつコミカルに仕上げた、単純な社会派映画にはとどまらない意欲作。全ての演技を表情や身振りのみで表現したユ・アイン、大人顔負けの知性と子供らしさを兼ね備えた少女を演じたムン・スンアの存在感は際立っており、拍手の反復など台詞に頼らない演出も効いている。ただ、誘拐と日常を同時に描こうとした結果サスペンス性が削がれてしまったことが、確信犯だとしても残念。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    映画に描かれるのは、マフィア世界とそこの末端で働かざるを得ない貧困層や障害者、人身売買といった韓国社会の負の側面だが、描くタッチは軽やかでユーモラス。抑制の効いた演出も心地よい。そして、殺害現場の清掃、死体の穴埋めという凄惨なモチーフがユーモラスに描かれたかと思えば、そのモチーフは様々なところでアイロニカルに変奏され、ユーモアは悲哀さへと捻れていく構成も巧み。ただし、結末も含めて展開は予想通りのところに落ち着く。そちらも捻って欲しかった。

  • 文筆業

    八幡橙

    韓国映画は数多観てきたつもりだが、まったく未知の手触りだった。起きていることは衝撃的で残忍なのに、終始とぼけたおかしみがあり、現実から妙に浮いている。その間隙にこそ真のリアルが宿ると言わんばかりに。誰もが自分の居る場所で、それを守るべく必死に生きている。少女の諦観に似た達観と、ユ・アイン演じる口きけぬ男の抱くもどかしさ。「私の少女」や「アジョシ」など、訳ありの大人が少女を庇護する作品群とも大きく一線を画す、ホン・ウィジョン独自の視点に唸るのみ。

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