悪なき殺人の映画専門家レビュー一覧

悪なき殺人

同じ出来事を複数の人物の視点で語る黒澤清の「羅生門」のごとき手法で描かれたフランス発のサスペンスドラマ。吹雪の夜、フランスの人里離れた村で一人の女性が殺された。この事件を軸に5つの物語が展開、5人の男女が思いもかけない形で繋がっていく。やがてフランスからアフリカにまたがる壮大なミステリーの謎が明らかになる……。「ハリー、見知らぬ友人」でセザール賞を受賞した監督ドミニク・モルが、幾重にも重なる「偶然」という「必然」を通して、人間の本能と滑稽さを描き切る。主演は「イングロリアス・バスターズ」などのハリウッド映画や、「ジュリアン」(17)でセザール賞主演男優賞にノミネートされるなど、フランスを代表する名優ドゥニ・メノーシェ。2019年東京国際映画祭にて「動物だけが知っている(仮題)」(原題:Only The Animals)というタイトルで上映され、観客賞と最優秀女優賞(ナディア・テレスキウィッツ)を受賞した。
  • 映画評論家

    上島春彦

    巧妙なミスディレクションの連鎖が圧倒的。当初の思い込み(登場人物の、また観客の)が次々と裏切られていく叙述スタイルに妙味あり。ただし意外と★は伸びない。ユーモアがない「ハリーの災難」とでもいうか、人物みんな思考パターンが硬直しており、脚本家がそこをあざ笑っている。あるいは、ヘンな言い方だが脚本家につけ込まれるような行動をキャラが取っているような印象。例えば、いくら気が動転しているからといって、あんなずさんな死体遺棄をするだろうか。納得いかないな。

  • 映画執筆家

    児玉美月

    山羊を背中に乗せて自転車を滑走する少年の動的なショットから山羊の瞳の接写のショットへ移行するオープニングシークェンスが素晴らしい。宣伝上で謳われている5人の主要人物をめぐる「羅生門形式」は一つの出来事の解釈の相違を示すためではなく、一つの真実に一歩ずつ近づいていくために選び取られた手法のように見える。イニャリトゥの「バベル」の傑作群像劇を最も想起させるが、注意深くいなければ容易に解決させてくれない謎が、一度に留まらない鑑賞への欲望を掻き立てる。

  • 映画監督

    宮崎大祐

    ひとつひとつの出来事やサスペンスは極めてシンプルでさしたる驚きはない。しかし、三方向からでは到底把握できなくなった世界を多元的につかもうとする試みは興味深く、フランス映画ではおなじみの面々が見せる引き算の芝居が素晴らしい。本作の原題は「動物だけが」である。「人間だけが」もちいる例の紙片がフランスの山奥から遠く離れたコートジボワールのタコ部屋まで姿の見えない悪魔をはびこらせ、今日も暴力を連鎖させつづけている現実を見すえよということだろうか。

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