歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねての映画専門家レビュー一覧

歩きはじめる言葉たち 漂流ポスト3・11をたずねて

    大切な人を亡くした人々の心の拠り所となっている岩手県陸前高田市の漂流ポスト3・11をめぐるドキュメンタリー。故・佐々部清監督の盟友・升毅が監督のゆかりの地を訪ね、監督が生前映画制作を果たせなかった東日本大震災の被災地で漂流ポスト3・11と出会う。監督は、佐々部清監督の「群青色の、とおり道」「八重子のハミング」に製作として参加した野村展代。漂流ポストの活動に感銘を受け映画化に向け動き出していたものの、諸事情により監督する予定であった佐々部清氏と話し合い一度企画をストップ。佐々部監督のサポートのもと野村監督のメガホンでドキュメンタリー映画として再出発した矢先に、佐々部監督が急逝した。
    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      佐々部清愛に満ち、物申し難い雰囲気にもまた満ちている。しかし毎回同じことを言わねばならない。これは果たして映画だろうか。そもそも佐々部さんを知らない人は観るだろうか。そして3・11。佐々部さんだけでは弱いから漂流ポストを入れたとしか思えない中途半端さ。やるなら佐々部さんが被災地で何を撮りたかったか探る構成にしないと。タイトルに偽りあり。この便利使いは佐々部さんも怒るのでは。でも僕が死んでも誰もこんな映画を作ってくれない。佐々部さん、幸せだと思う。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      急死した佐々部清監督の親友だったという俳優・升毅が、監督ゆかりの人々を訪ねる。プロデューサーや俳優、地元の後援者やスナックのママ、肉親や家族。それぞれにあの世にいる監督への手紙を書いてもらい、岩手へ。そこには東日本大震災を機に設置されたポストがある……。残された人々のグリーフケアを追いながら、野村展代監督自身のグリーフケアでもあるドキュメンタリー。死者への手紙は書き手自身の喪失感を埋めるものであり、そういう意味でこれはプライベートフィルム。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      映画も、ひとなり。そんな名作を遺した佐々部清監督急逝の波紋に、東日本大震災の被災者の方々の胸中を重ね、喪失と向き合うさまをカメラは捉える。佐々部映画を愛する面々の生き生きとした語りは、いないはずの監督を束の間、甦らせる。奥様いわく“同志”の升毅が、陸前高田市から監督想い出の店まで訪ねる旅の終わり、自ら記す端的なメッセージに、心震える。宛先無限の手紙を通し、故人を偲び続けることは、決して後ろ向きではない。佐々部作品にも通じる、温かな趣の好篇。

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