生きちゃったの映画専門家レビュー一覧
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フリーライター
須永貴子
石井裕也監督作品には寡黙な主人公が多い。本作の妻子持ちの主人公・厚久も、英語なら「愛している」と言えるのに日本語だと言えない、と笑う。言語は他者だけでなく、自分を理解するツールであるが、厚久は言葉を飲み込み続けてきたことで、自分の感情にも蓋をする癖がついてしまった。そのことが引き起こす家族の崩壊を、半年刻みの見事な省略話法で、スリリングに描いていく。ミニマムな世界のお話に、日本人が直面している貧しさや孤独、絶望もさり気なく滲ませる。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
久しぶりに考えさせる映画を観た。夫も妻もものすごくまともに生きている。妻は「女でありたい」ために、夫と別れ、別の男と一緒になるが、相手が悪かった。殺されても仕方ないようなクズ。殺したのは奇しくも引きこもりで大麻癖の夫の兄。その妻もクズが残した借金のせいでデリヘル嬢になり、客に殺される。悲し過ぎるのだ。夫はあまりに真摯なために、本当のことを口にできない。彼女と娘のために家を建てることを夢みていたのに、「愛している」のひと言も言えない日本人なのだ。
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映画評論家
吉田広明
好きだからこそ大切なことが言えず、大事なものを失ってきた男が、今度こそそれを言うために走り出す。その瞬間で映画が終わる。この前のめり感が素晴らしい。原点回帰、信念と衝動のみに導かれたという監督の熱と、主演俳優三人の存在感が融合して、もはや監督の映画とも俳優の映画とも言い難い作品になった。粗削りな感じはするが、低予算、限定された撮影日数ゆえの切迫がむしろ肯定的に機能している。主演三人(特に大島優子)も監督と正面からぶつかり一段階ステージが上がった。
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