モルエラニの霧の中の映画専門家レビュー一覧

モルエラニの霧の中

北海道室蘭市を含む西いぶり地方を舞台に、街の人々から聞いたエピソードを基に7話連作形式で紡ぐオムニバス劇。クラゲを殺して海に捨てた少年とその母親に水族館職員がある贈り物を用意する第1話【冬の章/水族館のはなし「青いロウソクと人魚」】ほか。監督は、「ハーメルン」の坪川拓史。2011年に東京から北海道室蘭市へ移住し、室蘭市の広報動画『砂がおしえてくれた街』も手掛けた。大杉漣、大塚寧々、香川京子ら俳優陣に加え、エピソードの本人や、オーディションで選ばれたり、街で監督にスカウトされたりした人々が出演している。モルエラニとは、アイヌ民族の言葉で“小さな坂道をおりた所”を意味し、“室蘭”の語源のひとつと言われている。
  • 映画評論家

    川口敦子

    桜守の少年の振り向いた顔、水母の水族館と少年の顔、母と旅立つ少女の顔、老人たちの顔、顔。消えていく町の顔。蘇えるメロディ。そんなふうに言葉を列ねることの空しさを痛感しつつも鼻の奥を突くキナ臭さにも似た懐かしさ、そのあまやかな痛みにいつまでも浸っていたいと思わせる快作だ。一瞬で消費されるものたちで溢れる世界につきつけられた時の重み! 記憶と映画の親密に融け合う境界を息をひそめてそっと掬いとるような監督の意欲とみせない意欲の深遠さに見惚れた。

  • 編集者、ライター

    佐野亨

    地域「振興」映画がはなざかりの昨今、「喪失」と「忘却」をみつめる坪川拓史監督の清冽な視線に深く共鳴した。五年という歳月をかけてこの映画が完成されるまでのあいだに、映画の外側では、アイヌにかんする新法が成立し、全国規模での「まちこわし」が加速度的に進行した。坪川監督の視線は、室蘭というまちに蓄積されたひとびとの記憶に寄り添いながら、五輪の年を迎えたわたしたちのこわされた記憶をも手繰り寄せる。わたしたちもまた霧の中にいるのではないか。

  • 詩人、映画監督

    福間健二

    坪川監督、「美式天然」から十五年。骨董品的な美意識と独特の間の取り方は変わらないが、古典性と呼びたくなる落ち着きと説得力が備わってきた。試写室の隣の席の女性は泣きっぱなし。でも、作為的に涙を誘うようなところはなく、わりと当たり前の話の、室蘭を舞台にした七つの物語。単に過去を懐かしがるのではないノスタルジア・ウルトラってこういうものだろうかと思った。個人的には、ライヴで聴いていた穂高亜希子の歌〈静かな空〉が効果的に使われていてうれしかった。

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