水墨画を通して人生を描く、横浜流星主演の青春映画「線は、僕を描く」

哲学的にも見えるタイトルの本作は、ある喪失感に囚われていた一人の大学生が、水墨画との出会いにより静かに熱く再生と成長を果たしていく、ポジティブな青春映画。恐らく水墨画が劇映画の題材となるのは初で、一見マニアックな芸術の世界が、こんなにも新鮮なエンターテイメントとして描けることにも驚かされる。タイトルも見終わった後には納得しかない。

 

水墨画家の書いた小説を「ちはやふる」の小泉徳宏監督が実写化

原作は第59回メフィスト賞を受賞し第17回本屋大賞で3位となった、水墨画家でもある砥上裕將の小説家デビュー作。監督は「ちはやふる」3部作(16~18)も手掛けた小泉徳宏が務めている。

ある日、大学生の青山霜介(横浜流星)は、友人の古前巧(細田佳央太)と川岸美嘉(河合優実)に紹介されたバイト先の絵画展設営現場で、ある一枚の椿の水墨画が目に留まり、心を奪われる。白と黒だけの表現にもかかわらず、霜介には想い出の中で鮮やかに色付く椿が見えたのだ。この運命の出会いから、水墨画界の巨匠・篠田湖山(三浦友和)に弟子になるよう誘われた霜介は、水墨画を学び始める。初めての世界に戸惑いつつも、水墨画に魅了されていく霜介。湖山の孫の篠田千瑛(清原果耶)や兄弟子の西濱湖峰(江口洋介)らとの交流も経て、ある深い悲しみにより止まっていた霜介の時間が動き始める……。

 

水墨画を通して語られる人生のポジティブなメッセージ

素人だった主人公の霜介と一緒に、専門知識がなくとも基礎から水墨画について学べる本作。霜介はある深い悲しみから心に空白があり、白紙のように色を失っていたが、黒い墨の線の濃淡で表現する水墨画との出会いにより、鮮やかに心が色付いていく。水墨画は筆先から生み出す「線」のみで描かれる芸術で、描くのは「命」だという。その「線」は描いた人物を映し出すし、写実的に上手く描けても、生きてなければ意味がない。何もなかった白い紙の上に師匠や兄弟子が生命を生み出すように筆を走らせ、客前で一気に魂のこもった作品を描き上げる姿は、LIVE感の迫力と相まって神秘的でさえあり、惹かれていくのも頷ける。

道具があって指導さえ受ければ、誰でもある程度の技術習得はできるようだが、紙の白と黒い墨の濃淡だけで表現するというのは、シンプルだからこそ奥深く、作品の良し悪しは技術や才能だけではないという。そして、一から描き直すことはできても、一度描いたもの自体は消せず、ホワイト修正のようなこともできない。劇中でも、想定外に筆が走りすぎた際、描き加えることで表現として取り込むシーンがある。また、師匠は霜介に「水墨画は自然と共にある絵画だと私は思う。だけど、自然というものはそもそも自分の思い通りにはならない」からこそ、「自然に寄り添って線を描き続ける」と語る。いくら技術が上達しても思い通りにはならない。それでも自分ができることを努力し、道を切り拓けるかどうかは自分次第。水墨画と人生は似ていて、霜介は水墨画を通して自身と向き合う。ある意味死んだようだった霜介が水墨画により息を吹き返し、変化していく過程が、とても腑に落ちる。

さらに、霜介が初めて水墨画を描いてみるよう促された際、自分にできるわけがないと躊躇すると、師匠が「できるかできないかじゃない、やるかやらないかだよ」と告げる台詞など、人生の気付きや教訓を与えるポジティブなメッセージも多い。それを説教臭くなく、きちんと役者の芝居や物語の中で画の力と共に見せてくれる。

 

芸達者が揃う少数精鋭のベストキャスティング

主人公・青山霜介を演じるのは、1年以上も水墨画を特訓したという横浜流星。言わずと知れたイケメンで、極真空手の世界大会で優勝経験もあるほど高い身体能力を誇るが、今回は大人しくてさえない無気力だった大学生役を好演。横浜は、「愛唄 -約束のナクヒト-」(19)「きみの瞳が問いかけている」(20)「流浪の月」(22)、そして新作の「ヴィレッジ」(23)なども含め、心に闇を抱えていたり、重苦しい何かを背負っているような、陰のある人物を演じるのがうまい。本作でも憂いのある空虚な姿から、次第に失っていた目の光を取り戻し、前向きに変化していく姿を繊細に表現して見せている。

共演者にも芸達者が揃う。霜介の師匠・篠田湖山役の三浦友和と、霜介の兄弟子・西濱湖峰役の江口洋介は、風格や頼もしさと共に軽妙さもあり、作品に深みとユーモアを与えている。湖山の孫の水墨画家・篠田千瑛役の清原果耶は、強さや凛とした美しさと共に、弱さや年相応の可愛さも併せ持つヒロイン役にピッタリ。霜介の友人役の細田佳央太と河合優実、水墨画界の重鎮役の富田靖子も含め、主要な登場人物全員が魅力的で、少数精鋭のベストキャスティングだ。また、yamaによる主題歌と挿入歌もいい。バラードの挿入歌『Lost』は霜介の喪失感に寄り添って切なさを盛り上げるし、Vaundyがプロデュースしたエンドロールに流れる主題歌『くびったけ』は本作のテーマをポップに歌い上げ、静かな感動の余韻を爽やかに盛り上げてくれる。

 

芸術の世界を描く青春映画

本作のBlu-rayとDVDは 3月22日にリリース。その豪華版ブルーレイには、メイキングやインタビューの他、各種舞台挨拶やTGCステージ映像などの豊富なイベント映像集、横浜流星×江口洋介×小泉徳宏監督によるスペシャル座談会など、約3時間半以上の映像特典も収録。さらにはカラーブックレットも封入される。

衝撃事件は起こらないし、サスペンスも大恋愛もなければ、特異な人物や主人公を窮地に陥れる悪人も登場しない。謎があるとすれば、なぜ師匠の湖山は霜介を弟子にしたのか、霜介の時を止めてしまった喪失感の原因とは何かということくらい。一見地味そうだが、水墨画には深く引き込まれる理屈を超えた何かが感じられるし、その魅力を探求するような思いと、霜介の変化や成長を追うだけで、十分に心を揺さぶってくれる。爽やかな感動に満ちたエンタメ作品で、その静かな感動はまさに水墨画のよう。誰にも見て欲しい近年出色の青春映画で、奥深い芸術の世界を描いた味わい深い作品だ。

 


文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社

 

 

 
「線は、僕を描く」

●3月22日(水)Blu-ray&DVDリリース(レンタル同時)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

豪華版 Blu-ray 価格:7,480円(税込)
【ディスク】<2枚>(本編Blu-ray1枚+特典Blu-ray1枚)
★封入特典★
・カラーブックレット
★映像特典★
<約3時間半を超える映像特典収録>
〇メイキング映像
〇PR映像集
特報/予告/15秒予告①/15秒予告② 幕間特別映像 主題歌PV/挿入歌PV ストーリー・オブ・せんぼく メイキング・オブ・せんぼく コメント・オブ・せんぼく
〇イベント映像集
TGCステージ映像 公開記念イベント in 京都 完成報告会&完成披露舞台挨拶 公開前夜祭オンラインイベント 公開記念舞台挨拶 大坂&福岡
〇横浜流星×江口洋介×小泉徳宏監督スペシャル座談会


●通常版DVD 価格:4,180円(税込)
【ディスク】<1枚>(本編DVD1枚)


●2022年/日本/本編106分
●原作:砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社文庫)
●監督:小泉徳宏
●脚本:片岡 翔 小泉徳宏
●出演:横浜流星 清原果耶 細田佳央太 河合優実 矢島健一 夙川アトム 井上想良/富田靖子 江口洋介/三浦友和
●主題歌:「くびったけ」yama produced by Vaundy (Sony Music Labels Inc.)

●発売・販売元:VAP
©砥上裕將/講談社 ©2022映画「線は、僕を描く」製作委員会