「お互いに愛し合って頑張っていこう」永野芽郁が奈緒と誓った、作品への想い。映画「マイ・ブロークン・マリコ」

どんな映画も監督・キャスト・スタッフふくめて全身全霊で作られており、そこに優劣をつけるつもりはないが、主演の永野芽郁が「マイ・ブロークン・マリコ」に賭ける思いというのは並々ならぬものであったことは映画公開時のニュース映像で記憶している。

飄々としていてチャーミングな雰囲気の永野が、完成披露試写会で思わず涙を流した。共演した奈緒と監督のタナダユキに目配せをして、笑ってごまかそうとするが、こみ上げてくる涙は止まらない。理性を本能でコントロールできないほど、永野を含む、監督・キャスト・スタッフが愛を持って製作したそのひと時を、本編、そしてメイキング映像(4月26日発売のBlu-ray&DVDに収録)がしっかりと残している。

鼻水も涙も流して顔はぐちゃぐちゃ。大きな転機となった、永野芽郁の”戦い“の日々。

日々成果を問われ、上司から理不尽な命令をされる、いわゆる“ブラック企業”で働くシイノトモヨ(永野芽郁)。昼休憩でラーメンをすすっていると、テレビのニュース番組で親友イカガワマリコ(奈緒)がマンションから転落死したことを知る。

シイノにとって、マリコは幼いころからの友人。いや、親友という言葉にくくれないほど、お互いがお互いしか居ない唯一無二の関係性だった。親からひどい仕打ちを受けていたマリコ、多くは語られないがシイノの背後にも家族の姿は見えてこない。「シイちゃんに彼氏ができたら、私死ぬから」。そんなことを、なんの前触れもなく言ってしまうほど、マリコにとってシイノが、シイノにとってマリコという存在だけが”信じられるもの“なのだと思う。

だからこそ、予期せぬマリコの死にシイノは感情を爆発させる。包丁を片手に親元へ乗り込み、衝動的に彼女の遺骨を父親から強奪し、かつてふたりで約束した場所へ旅に出る。

原作は、2020年に単行本が発売された平庫ワカの同名漫画。現在まで15刷りが決まるなど、たった1巻で熱狂的な盛り上がりをみせた。その魅力に巻きこまれ、読み終えてすぐに映画化をプロデューサーに交渉したというタナダユキ監督。これまで「百万円と苦虫女」や「ロマンスドール」といった、静かに反抗する、静と動で分けるならば”静“にジャンル分けされるような映画を手がけてきた監督自身も、永野と並んでイメージにない作品への挑戦だったのではないか。

映画に描かれるのは怒り、悲しみ、喪失、後悔──。鼻水も涙も流して顔がぐちゃぐちゃになっても、全速力で走って、叫んで、飛び降りる。むき出しの感情のまま、答えが出なくても衝動的に突き進んでしまうシイノの姿というのは、みっともなくてカッコいい。

その役を、永野芽郁が演じる。これまでのイメージを大胆に覆すキャラクター。永野はメイキングで、クランクインの日にインタビューカメラを向けられて「戦いが始まる」と語った。「自分はこの世界に入っていけるのか。家族とも友だちとも違う距離感でお互いに思い合えるのか。不安しかないんですけど、頑張ります」。おどけたりせず、硬直した表情で素直な気持ちを打ち明ける。

不安でもこの役に挑んだのは脚本や原作に惹かれたことはもちろん、ほかにも彼女自身言葉にできないさまざまな理由があったのだろう。タバコが手放せないシイノになるために、4ヶ月前から治療用のタバコを吸い、11ヶ月前から旅を共にするドクターマーチンを履き潰した。長い期間をかけて準備してきたからこそ、初日から数日経っても、メイキングカメラがおさめる永野の表情にはただならぬ緊張感と集中力が満ちていた。全速力で走り、カメラから見切れてもなお足音が聞こえてくる。全力でぶつかり、マットに倒れ込む。

特に印象的だったのはマリコの遺骨を奪いに行き、父親に感情をぶつけるシーンのメイキング。シイノは幼いが故に無力だった、長年の恨みをマリコの父親に初めてぶつける。包丁という武器を片手にしていないと震えてしまうほど恐怖でも、「今度こそ私が助ける」というマリコへの確かな思いを叫ぶシーンを、メイキングはマンションの外から撮っていた。ベランダから漏れる、シイノの叫び声。その切実さは表情が見えなくても苦しくなるほどで、現場に居合わせた奈緒は「マリコが救われている気がして涙が出てきた」と振り返った。

友情や愛という既存の枠にとらえることができない、ふたりだけの関係性。

シイノの原動力のすべてである、マリコ。これほど強固な関係性を演じられたのは、ふたりがすでに紡いでいた時間があってこそ。2018年、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』でも親友を演じた永野と奈緒は親交を重ね、「ひとりの大事な友だち」だとお互いが語るほど、仲のいい関係性だという。いつかまた共演したかったというふたりが約4年ぶりに居合わせたのは、特殊な関係性の親友役だった。

事前に細かい打ち合わせはあえてしなかったという、ふたり。会話で関係性をつくっていくというよりも、目を見つめ合って、たしかめながら芝居を重ねている様子がメイキングに映されている。奈緒は言う。「不安はすごくありましたけど、芽郁ちゃんとはもともと仲がいいので、ふたりだったらできるんじゃないかと思いました。お互いに愛し合って、頑張っていこうねって話をしました」。

シイノとマリコは、友情や愛という既存の枠にとらえることができない、ふたりだけの特別な関係性をつくっていた。それは、どうしようもないほどの痛みの重なりから生まれているもので、爽やかな青春物語の友情とは異なるもの。だからこそシイノは喪失に苦しみ、マリコの記憶が勝手に美しくなっていくことに苛立ち、当て所もなくさまよう。時間でしか証明できない関係性をここまで見せられたのは、ふたりの愛情深い信頼関係なのだとあらためて思う。

そしてそこに、窪田正孝演じるマキオが、現実世界と死者の世界をつなぐような不思議な存在感で居てくれることで、希望が見えてくる。数少ない出演シーンだが、窪田がマキオに重ねた「人よりも心臓の鼓動が聞こえない」といったキャラクターの読み解きをメイキングのインタビューで知り、彼の解釈がシイノを導く重要な人物としての存在感を増させているのだと感じた。

これまでも、何度も思ってきた。どうして男性が女性を抱きしめるばかりで、友だちの腕の温もりは描かれないのか。ふたりの関係は決して美しいばかりではなく、悲しい邂逅ではあるのだけれど、しっかりとお互いを抱きしめて再生に向かっていく。その腕の温もりが、画面越しからも伝わってきそうな光が綺麗なラストシーンだった。

答えが出なくても突き進んでしまうシイノ、そこには家族や生活環境といった自分では変えようのない問題が根深く存在しているにも関わらず、どうしたって抗いたい喪失への思いが切実に描かれていて、取るに足らないとされるかもしれない叫びを”たしかな存在“として認めてくれているようだった。

永野のクランクアップに駆けつけた奈緒。永野は安堵からか涙を浮かべて、大きな転機となる作品に挑戦できたことの思いをスタッフたちに語った。カメラ越しには、スタッフの泣いて鼻水をすする音が聞こえてくる。現場の温かな温度を感じながら、喪失と再生を繰り返していくこれからに、この映画が寄り添ってくれることを思う。

文=羽佐田瑶子 制作=キネマ旬報社

 

「マイ・ブロークン・マリコ」

●4月26日(水)Blu-ray&DVDリリース(レンタルDVD同時リリース)

▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:5,720円(税込)、DVD:4,620円(税込)
【映像特典】
・メイキング
・イベント映像集
(完成報告試写会、公開直前イベント、公開記念舞台挨拶、大ヒット御礼舞台挨拶)
・予告集

【封入特典】
・フォトブックレット

●2022年/日本/本編85分
●出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊
●監督:タナダユキ 
●脚本:向井康介、タナダユキ 
●原作:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGE COMICS/KADOKAWA刊)
●音楽:加藤久貴
●エンディングテーマ:「生きのばし」Theピーズ 2003KingRecord Co.,Ltd.

発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会