ロシア・ウクライナ戦争に参加している実在の伝説的スナイパーを基にした衝撃の戦争映画「スナイパー コードネーム:レイブン」


ロシアがウクライナへの本格的な軍事侵攻を開始してから既に1年以上が経過した。現地の様子の一端は、現地記者によるニュース映像や記事などを通して日々伝えられているが、最前線のウクライナ兵の視点から、ロシア・ウクライナ戦争の現実を伝える戦争映画がある。それが、実在するウクライナ政府軍のスナイパーが脚本に参加し、ウクライナ国営映画社と文化・情報政策省の支援を受けて製作された「スナイパー コードネーム:レイブン」だ。ヒューマントラストシネマ渋谷などでも1月に劇場公開された同作のレンタルが、3月8日より開始される。(※セルは3月3日)

非暴力・平和主義者だった教師はなぜスナイパーとなったのか

ロシアは2022年2月24日にウクライナへの本格的な軍事侵攻を開始したが、両国の対立・紛争はもっと前から起きていた。1991年にソ連から独立したウクライナは、親欧米派と親ロシア派の対立が続き、2004年のオレンジ革命を経て、2014年2月のウクライナ騒乱(マイダン革命)で親ロシア政権が崩壊し、同年にクリミア危機や親ロシア派騒乱など、ウクライナ紛争が勃発。ロシアが国際的にウクライナ領と認められていたクリミア半島の編入を宣言し、ウクライナ南東部のドンバス地方で親ロシア派武装勢力への支援を始めた2014年が、現在の戦争の大きな起点となっている。

本作「スナイパー コードネーム:レイブン」は、この2014年のドンバス地方での武力衝突を背景に物語が始まる。非暴力・平和主義者で環境保護者でもあるミコラは、数学と物理の教師をしながら妊娠中の愛する妻と共に、ドネツク州ホルリフカ郊外で自然と共生する手作りの家に住み、野趣に富む素朴な生活を送っていた。しかし、ドンバス地方で戦争が始まり、妻は反政府の親ロシア過激派に扮したロシア兵たちにより殺され、家は焼き払われてしまう。怒りと復讐心にかられたミコラは、自らの主義を翻してウクライナ政府軍に入隊。過酷な訓練に耐え抜き、エリート狙撃兵となっていく。戦争が激化する中、自分を育ててくれた先輩狙撃手もロシア軍のスナイパーに殺され、さらに復讐の炎を燃やしたミコラは、かつて自宅のあった付近でのロシア兵狙撃作戦に参加。凄腕スナイパー同士が対峙する戦闘の真っ只中に、身を投じることとなる。

 

「伝説の狙撃手」は国を守る英雄か、復讐に取り憑かれた悪魔か

味方からは「伝説の狙撃手」と英雄視され、ロシアからは悪魔のように恐れられた男は、国を守る英雄か、復讐と狂気に取り憑かれた悪魔か。劇中でも「狙撃手は嫌われる。忍び寄って仕留めるからな」という台詞があるが、スナイパーは味方にいれば強力な戦力だが、敵にいれば脅威となる。非暴力・平和主義者の優しい教師だった男を非情なスナイパーに変えてしまったのは何なのか。脚本に参加している実在の伝説的スナイパーのマイコラ・ヴォローニン自身の実話を基にした、衝撃的な戦争映画となっている。

本作がどこまで実話なのかは明らかでないが、主人公のミコラのように、愛する家族を奪われたことから志願兵となった者も数多くいるだろう。戦争がなければ、ミコラは血生臭さとは無縁な男だったはずだが、そんな男を変えてしまう戦争の恐怖と狂気の一端が兵士の視点からリアルに描かれる。さらに今回の戦争の複雑さを表すのが、教師だったミコラが、戦場で親ロシアや反政府の過激派としてロシア側について戦っている元教え子を、狙撃銃のスコープ越しに標的として見つけてしまうエピソード。ある日を境に敵となった知人、それも教え子を殺さねばならないという、まさに狂気の世界。そんな世界で生きている人間が昔のままで居られるはずもなく、戦士として別人のように変わっていくニコラの姿が克明に描かれていく。

 

いま観るべき戦争映画

実在のスナイパーを基にした映画といえば、クリント・イーストウッド監督作「アメリカン・スナイパー」(14)が有名だが、「ザ・ウォール」(17)や物語自体はフィクションだが「スターリングラード」(01)などもモデルとなった実在のスナイパーがいる。また、スナイパーが主人公の戦争アクション映画としては、「山猫は眠らない」シリーズ(93~20)や「ザ・シューター/極大射程」(07)などがあり、テレビシリーズでは「ザ・シューター/極大射程」を基にした『ザ・シューター』(16~18)もある。激しい戦闘の中でも静かに動かず一撃必殺にかける姿が独特な緊迫感を生むスナイパーの物語は、戦争アクション映画の中でも人気ジャンルのひとつとなっている。特に圧倒的な緊張感に包まれるのが、本作でも描かれる“スナイパーVSスナイパー”の戦い。狙いを外して撃ちもらした瞬間に自身の位置が特定されて標的となってしまうリスクが高まるだけに、お互いが一射目に命をかけている。そこには激しく撃ち合う銃撃戦では得られないスリルがあり、本作も1.5km先の標的を射抜く強敵との静寂の中での息詰まる激戦などが、臨場感をもって描かれる。

本作はあくまで映画であり、ジャンルとしては戦争アクション的な作品でもあるため、すべてが事実ではないだろうが、実際のウクライナ政府軍や国家警備隊も撮影に協力し、現役軍人も登場しているようで、リアルな描写にこだわって製作されているという。今も戦い続けているであろうウクライナ政府軍の兵士から見た現在進行中の戦争の一端を少しでも垣間見る作品として、いま見るべき映画といえるだろう。

文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社

 

『スナイパー コードネーム:レイブン』

●3月8日(水)レンタル開始

●3月3日(金)DVDリリース
・税込価格:4,400円
・特典映像:予告編

・2022年/ウクライナ/111分
・監督・脚本:マリアン・ブーシャン
・脚本:マイコラ・ヴォローニン
・出演:パーヴェル・アルドシン、マリナ・コシキナ、アンドレイ・モンストレンコ、オレグ・ドラック
・発売・販売元:アメイジングD.C.
© State Agency of Ukraine for Cinema, 2022