ロシア政府が放映を禁じた映画「戦争と女の顔」、ふたりの女性を通して語られる “戦争が人間に残した深い傷”

1941年から45年まで続いた独ソ戦で、900日近くにわたってドイツ軍に包囲された経験を持つ都市レニングラード(現サンクトペテルブルク)を舞台に、戦争によって心身ともに深い傷を負ったふたりの女性の姿を描いた「戦争と女の顔」。邦題からもわかるように、この映画はノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが独ソ戦に参戦した女性たちに話を聞いてまとめた証言集『戦争は女の顔をしていない』を原案としている。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で国際映画批評家連盟賞と監督賞をダブル受賞するなど、世界の映画祭でも高く評価されており、第96回キネマ旬報ベスト・テンでも外国映画 第9位に選出された。

戦争というものが人間に残す深刻な傷

戦争が終わり、多くの負傷兵が運び込まれた軍病院で看護師として働いているイーヤ。自身も前線で戦った経験を持つ彼女は、深刻なPTSDに悩まされながらも、幼い息子パーシュカと共に必死で毎日を生きていたが、ある日、不意の事故で彼を亡くしてしまう。しばらくして、戦友であるマーシャが帰還する。実は彼女こそが、パーシュカの産みの親だった。

主人公イーヤがPTSDの発作を起こした際に発する「音」から始まる今作は、戦争というものが人間に残す深刻な傷を、ふたりの女性の体を通じて私たちに伝える。背が高く強靭で、看護師としても有能なイーヤは、一度、発作が起きると自分の意思では体が動かせなくなってしまう。一方、マーシャの体には大きな手術の痕があるだけでなく、慢性的な鼻血や突然の昏倒にも悩まされている。戦争の傷というと、戦いの中で負傷した兵士や、爆撃によって被害を受けた市民のみを想像してしまいそうになるが、一見、“無事に”戻ってきた兵士、それも、女性たちのその後に焦点を当てたこの映画を見ると、途方もないほど広範で長期的に続く暴力の影響に言葉を失う。

戦争のない世界というのがかつてあっただろうか?

今作の監督は名匠アレクサンドル・ソクーロフに学んだ新鋭カンテミール・バラーゴフ。長篇は2本目ということだが、イーヤの住む共同住宅や満員の路面電車など、戦争が終わったばかりの空気を感じさせる撮影と、赤と緑が印象的な美術や衣裳が、深い余韻を残す。また、主人公たちを不幸な被害者としてではなく、欲望を隠さない生々しい人間として造形しているところもすばらしい。

『戦争は女の顔をしていない』の執筆日誌の中でアレクシエーヴィチは「戦争のない世界というのがかつてあっただろうか? 戦時下の人々ではない人々がいたことがあるだろうか?」と書いている。その言葉通り、この作品は、困難な時代を生きた彼女たちの物語であると同時に、今、この瞬間を生きている人々、そして、もしかしたら、未来の私たちの物語であるのかもしれない。

文=佐藤結 制作=キネマ旬報社

 

「戦争と女の顔」

●2月24日(金)Blu-ray&DVDリリース
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:5,170円(税込) DVD:4,180円(税込)
【映像特典】
・予告(本国版、日本版)

●製作2019年/ロシア/本編137分
●監督・脚本:カンテミール・バラーゴフ
●製作:アレクサンドル・ロドニャンスキー
●共同脚本:アレクサンドル・チェレホフ
●出演:ヴィクトリア・ミロシニチェンコ、ヴァシリサ・ペレリギナ、アンドレイ・ヴァイコフ、イーゴリ・シローコフ、ティモフェイ・グラスコフ

●発売元:アット エンタテインメント 販売元:TCエンタテインメント
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