第48回城戸賞準入賞作品シナリオ「ぼくたちの青空」全掲載

1974年12月1日「映画の日」に制定され、第48回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。本年度は、対象359作品から準入賞に「ひび」と「ぼくたちの青空」の2作品が選ばれました。

今、全世界的にもその存在が取り沙汰されるようになっているヤングケアラーに、瑞々しい感性で触れた「ぼくたちの青空」。そのシナリオ全文を掲載いたします。

タイトル「ぼくたちの青空」福田果歩


あらすじ

小学三年生の凪と、高校三年生の風太は、8年前の交通事故で父を亡くし、その事故の後遺症で、身体麻痺と言語障害が残る母・美歩の世話や家事を行うヤングケアラー。
凪は友達と遊ぶ時間を、風太は水泳部の活動を犠牲にしなければならなかったが、三人で過ごす日々を楽しく、大切に過ごしていた。
そんな中、凪の小学校でヤングケアラーに関するアンケートが実施されたことをきっかけに、凪の担任の鳴海が凪のことを気にかけるようになる。一方風太は、同じクラスで不登校の澪が、精神疾患を患う父の介護をしていることを偶然知り、心を通わせるように。
母の世話と介護に忙殺され、自身の進路について考える余裕がない風太。変わらず三人で暮らしたいと願いながらも、凪に同じ思いはさせたくないと、悩んでいた。
ある日、凪が家に帰ると、台所に美歩が倒れている。誕生日である風太のために唐揚げを作ろうとしたものの、上手く身体を動かせず、転倒してしまったのだ。美歩を助けようとして、腕に火傷を負ってしまう凪。偶然居合わせた鳴海が救急車を呼ぶが、美歩はパニックを起こし、入院することに。
その夜、風太は澪と夜の高校に忍び込み、プールで泳ぐ。束の間、何もかもから解放された自由を味わう風太と澪。しかし、近隣住民の通報によって、二人は補導されてしまう。
風太は水泳部を退部し、停学処分に。そこで風太は、澪が前日に高校を辞めていたことを知る。風太も家族のために高校を辞める道を選ぼうとするが、それを知った美歩は、スーパーで自ら転倒。周囲に助けを求めることで、風太と凪を自分から解放する道を選んだ。
その後。一緒にいることを望んだ三人は、様々な支援を受けることで、共に生活をしながら、それぞれの時間を過ごせるようになった。しかしそれは、三人だけの世界の終焉だった。新たな世界へと産み落とされた風太と凪は、プールから顔をあげると、生まれたての赤ん坊のように、大声をあげて泣いた。

              


◆登場人物

月島 凪   (10) 小学四年生
月島 風太  (17) 高校三年生
月島 美歩  (44) 凪と風太の母

真澄 暖   (17) 風太の同級生
佐久間 澪  (17) 風太の同級生
月本 亮介  (38) 風太の担任

神保 つむぎ (9) 凪の同級生
鳴海 璃子  (28) 凪の担任
重岡 奏人  (31) 鳴海の先輩教師
五十畑 麻里 (48) スクールソーシャルワーカー


月島 真守  (故・38) 凪と風太の父
佐久間 徹  (52) 澪の父
佐久間 希和 (45) 澪の母

〇温水プール・水中
   プールの中、膝を抱えて、じっと水の中を見つめる月島凪(10)。
   青く透き通った水の中は、しんと静か。
   無音の水中で、そっと目を閉じる凪。
   遠くから、音楽が流れてくる。
   榎本健一の『私の青空』。

〇走っている車・中(8年前)
T「8年前」
   榎本健一の『私の青空』が流れている。
   運転席で口ずさむ月島真守(38)。
真守『夕暮れに 仰ぎみる 輝く青空』
   助手席の月島美歩(36)、後部座席の月島風太(10)も歌っている。
美歩・風太『日が暮れて たどるは 我が家の細道』
真守・美歩・風太『狭いながらも 楽しい我が家 愛の火影のさすところ』
   風太の隣でベビーシートの凪(2)、歌に合わせてご機嫌に声をあげる。
   真守と美歩、笑顔で後ろを振り返る。
   次の瞬間、激しい衝突音。
   暗転。
   途切れ途切れに流れ続ける音楽。
   ゆっくり目を開ける風太。
   前の座席は瓦礫で埋まっている。
   ベビーシートで泣き叫ぶ凪を見つける。
風太「……凪」
   手を伸ばし、凪を抱き上げる風太。
音楽『恋しい家こそ 私の青空』

タイトル「ぼくたちの青空」

〇月島家・凪の部屋
   目覚まし時計の音で、目を覚ます凪(10)。
   眠そうに何度か寝返りを打ったあと、ベッドから起き上がり、部屋を出る。

〇同・洗面所
   歯を磨く凪の横、洗濯機が回っている。
   洗濯機の終了ブザーが鳴ると、歯ブラシをくわえたまま、洗濯カゴに洗濯物を取り出していく凪。

〇同・庭
   慣れない手つきで、物干し竿に洗濯物を干していく凪。
   洗濯カゴからブラジャーが出てくると、恥ずかしそうに指でつまみ、洗濯バサミに留める。

〇同・居間
   凪がドアを開けると、台所で風太(17)が朝食を作っている。
凪「兄ちゃん、おはよー」
風太「おはよ。凪、そこの皿取って」
   食卓の皿を持って行く凪。
   まな板の上のミニトマトをつまみ食いし、棚の上に飾られている、真守と祖母の遺影の前にもミニトマトを並べる。
風太「(笑って)虫じゃないんだから」
   食卓に三人分の朝食を並べる風太。
風太「凪、お母さん起こしてきて」
凪「はあい!」
   凪、走って居間を出て行く。

〇同・美歩の部屋
   ベッドに寝ている美歩(44)。
   凪、窓のカーテンを開ける。
凪「お母さん、朝だよー」
   美歩、唸って眩しそうに顔を背ける。
   凪、閉じている美歩の瞼を指でこじ開け、目が合うと楽しそうに笑う。
美歩「お、はよう、な、ぎ」
凪「おはよう!」
   美歩のベッドに乗り、ぎゅっと美歩を抱きしめる凪。

〇同・居間
   凪に支えられて歩いて来る美歩、椅子に座ると、風太は美歩の前にストローをさしたコップを置く。
凪「いただきまーす」
   朝食を食べる三人。
   たどたどしい手つきで食べる美歩、フォークを落とし、凪が拾ってやる。
風太「今日ヘルパーの人、来るのちょっと遅れるって。俺、それまでいようか?」
凪「ぼくも!」
風太「凪はダメ。遅刻多いって連絡帳に書かれたばっかりだろ」
凪「えー。兄ちゃんもじゃん。ずるい」
美歩「だい、じょうぶ。学校、行きなさい」
   凪、人参を避けて食べている。
風太「凪、好き嫌いするな」
凪「だってマズイんだもん」
風太「人参食べないと大きくなれないぞ」
   美歩、凪が避けた人参を指でつまみ、凪の口元に持ってくる。
   しぶしぶ口を開けて人参を食べる凪、オエッという顔をして、すぐに牛乳で流し込む。
   それを見て笑う美歩と風太。

〇同
   洗い物をしている凪。
   風太、美歩の着替えを手伝っている。

〇同・玄関
   ランドセルを背負って出てくる凪。
凪「行ってきます!」
   凪、元気よく走っていく。
   その後ろを、自転車に乗った風太が追いかけてくる。
風太「凪、忘れ物! 今日体育だろ」
   振り返る凪に、体操着を渡す風太。
凪「あ、忘れてた。ありがとう兄ちゃん!」
   再び走り出す凪。
風太「車に気を付けろよー」
   手を振る凪を見送り、自転車に乗って走り出す風太。

〇梅ヶ丘小学校・三年一組教室(HR)
   騒がしい教室内。
   凪、隣の席の男子とふざけ合っている。
   鳴海璃子(28)、声を張り上げて
鳴海「はーい、静かに! お知らせした通り、今日から体育は水泳です。みんな、水着持ってきたかなー? 忘れた人いるー?」
凪「あ!」
   クラスメイトが一斉に凪を見る。
   恥ずかしそうに手を挙げる凪に、みんながクスクス笑う。
鳴海「……月島くん。忘れ物多いぞ~」
   凪の隣の席の男子、「忘れ物多いぞ~」とからかってくる。
鳴海「他にはいないかな? じゃあ、月島くんは今日は見学! 次は忘れないようにね」
凪「はーい」
鳴海「はい、じゃあ女子は廊下に出てー。男子から着替えてくださーい」
   「俺、もう履いてきた!」という男子や、女子に「覗くなよ」と言って「バッカじゃないの」と頭を叩かれる男子など、再び騒がしくなる教室内。
   凪の前の席に座る神保つむぎ(9)、振り返って
つむぎ「わたしも凪くんと一緒に見学しようかな」
凪「え? なんで? 神保も水着忘れたの?」
つむぎ「……そうじゃなくて。一人で見学、寂しいかなあと思って」
凪「へ? 全然、寂しくないよ?」
つむぎ「(ため息を吐いて)あっそ」
   教室を出て行くつむぎ。
   不思議そうに見送る凪。

〇同・屋外プール
   楽しそうに泳いでいる生徒たち。
   一人体操着で見学の凪、プールサイドに腰掛け、プールに足を入れてバタ足をしたり、生徒たちから水をかけられたり、楽しそうに笑っている。
男子A「凪も入っちゃえよー」
女子A「そうだよ、気持ちいいよー」
   つむぎ、凪のそばまで泳いできて
つむぎ「凪くん、おいでよ」
   凪の手を引っ張るつむぎ。
   それを見た鳴海、笛を鳴らして
鳴海「こら、何してるの!」
   慌てて向かってくる鳴海。
   凪、立ち上がって、思い切りプールに飛び込む。
   大きく水しぶきがあがり、大歓声をあげる生徒たち。
   水から顔をあげ、笑顔で泳ぎ始める凪。
鳴海「月島くん! あがりなさい!」
   凪を捕まえようとプールに入る鳴海から、泳いで逃げる凪。
   凪を応援する、つむぎや生徒たち。

〇同・職員室
   私服に着替えた凪、足元をもじもじさせながら鳴海の前に立っている。
   鳴海、ため息を吐いて
鳴海「プールに入りたかったら、ちゃんと水着を持ってくること! プールには体操着で入っちゃいけないの。分かった?」
凪「だってみんなが呼ぶから~」
鳴海「分かりましたかー?」
凪「はーい」
鳴海「分かったら、行ってよろしい」
凪「せんせー、おれのパンツはー?」
鳴海「体操着と一緒に保健室で乾かしてるから、乾くまで待ってね」
凪「スースーするー!」
   ズボンをおさえながら、職員室を出て行く凪。
   鳴海の隣の重岡奏人(31)、椅子ごと鳴海に近づいてきて
重岡「プールに落ちたんだって?」
鳴海「落ちたんじゃなくて、自分から飛び込んだんですよ」
重岡「ちゃんとお家の人にフォロー入れとかないと。先生の不注意だとか、あとあと文句言われたら大変だよ」
鳴海「やっぱり、連絡した方がいいですよね」
重岡「こないだなんて、5年2組の女子生徒、体育の授業中に転んでほんのちょっと擦りむいただけなのに、父親が学校まで怒鳴り込んできたんだから」
鳴海「ひえー。電話しようっと」
   名簿を開き、電話をかける鳴海。
   繋がるが、すぐにブチッと切れる。
   不思議そうな鳴海、かけ直すが、電源が切れているという音声案内になる。

〇梅ヶ丘高校・三年二組教室(授業中)
   スマホの着信音が流れ、慌てて電源を切る風太。
   月本亮介(38)、歩いて来て
月本「はい月島、没収ー」
   しぶしぶスマホを渡す風太。
月本「放課後、職員室なー」
   不貞腐れる風太に、生徒たち「ドンマイ、風太!」とクスクス笑っている。
   フン、と顔を逸らす風太、ふと隣の席の空席を見る。
   黒板には、「欠席・佐久間」の文字。
   風太、声を落として隣の席の男子に
風太「……なあ、佐久間って、このクラスになってから一度も学校来てないよな」
男子「あー。二年のとき同じクラスだったけど、二学期くらいから休みがちになってたかなー。出席日数やばそうよな」
風太「ふーん」
   ちらりと空席を見たあと、黒板に視線を移し、大きく欠伸をする風太。
月本「おい月島ー。堂々と欠伸するなー」
風太「すんませーん」
   眠そうに答える風太に、再びクスクス笑う生徒たち。

〇同・職員室(放課後)
   月本からスマホを返却される風太。
月本「あと月島、進路調査票提出してないの、クラスでお前だけだぞ」
風太「え、俺だけ? 佐久間も出してるんですか?」
月本「あー、いや、佐久間もまだだな。月島、佐久間と知り合いなのか?」
風太「一年の時、同じクラスだっただけですけど」
月本「そうか。いやー、何回か電話してるんだけどなあ。家のことで忙しいって。このままだと、留年になるんだがなあ」
風太「ふーん」
月本「人のことより、自分の将来のこと、真面目に考えろよ。お前の人生なんだからな」
風太「……はーい」
   職員室を出て行く風太。

〇同・校庭
   野球部やサッカー部、陸上部などが部活をしている中を横切る風太。

〇同・駐輪場
   歩いて来る風太。
   駐輪場の後ろ、屋外プールで水泳部が準備体操しているのをちらりと見る。
   自転車に跨ると、プールにいた真澄暖(17)が風太に気付く。
暖「風太!」
風太「おー、暖。どう、練習」
暖「みんな気合入ってるよ。引退試合もいよいよ来月だからなー」
風太「暖、大学の推薦かかってるんだろ? 頑張れよー」
暖「……なあ、風太も出ようぜ」
風太「いいって、俺は。もうずっと練習出てないし、タイム落ちてるだろ」
暖「放課後出れないなら、朝練しようぜ」
風太「朝もムリ」
暖「じゃあ昼! 昼練! プール使えるように顧問にかけあうからさ。部長特権で」
風太「部長ってそんな権限あるのか?」
暖「なんのために部長になったと思ってんだよ。明日からだからな! 絶対来いよー!」
   準備体操に戻っていく暖。
風太「あ、おい暖!」
   呆れる風太だが、ふと笑って、自転車に乗り走って行く。

〇同・屋外プール
   準備体操に戻る暖。
後輩A「月島先輩って、タイム良かったのになんで水泳部辞めちゃったんですか?」
暖「辞めてねえよ。あいつは幽霊部員」
後輩B「なんか、家事とか弟の世話とかしてるんっすよね」
後輩A「え! 偉すぎ。イクメンじゃん」
後輩B「な。家事できるとか、かっけーよな」
後輩A「それはモテるわ」
   後輩たちが盛り上がる中、自転車で去って行く風太を見送る暖。

〇梅ヶ丘小学校・三年一組教室(放課後)
   号令が終わると、急いで帰り支度をする凪。
   前の席のつむぎ、振り返って
つむぎ「ねえねえ凪くん、今日みんなでうちに来てゲームするんだ。凪くんも来ない?」
凪「うーん、行きたいけど、また今度!」
つむぎ「また? ねえ、凪くんってなんでいっつもすぐ帰るの?」
凪「(笑って答えず)また明日!」
   ランドセルを背負い、友人たちに挨拶をしながら教室を飛び出す凪。
   廊下で、鳴海とぶつかりそうになる。
鳴海「こら! 走らない!」
凪「はーい」
   早歩きで廊下を歩く凪を見送る鳴海。
   重岡、やって来て
重岡「鳴海先生。月島くんのお家の方から、電話かかってきてるよ」
鳴海「あ、はい!」
   急いで職員室へ向かう鳴海。

〇同・職員室
   保留にしていた電話を取る鳴海。
鳴海「お待たせしてすみません。私、月島凪くんの担任をしております鳴海と申します」
風太の声「……あ、凪の兄ですが」
鳴海「え、お兄さんですか?」
風太の声「すいません、さっき授業中で」
鳴海「授業中……」
風太の声「あの、凪になんかありましたか」
鳴海「えっと、お母さんに代われますか?」
風太の声「母は、ちょっといま体調悪くて。俺が聞きます」
鳴海「そうですか……」
   戸惑っている鳴海。

〇同(時間経過後)
   職員会議が行われている。
   教員たちに、『ヤングケアラー』に関する資料が配布される。
教頭「えー、今回、教育委員会の要請で、三年生以上の生徒を対象に、ヤングケアラーに関するアンケートを実施することになりました」
   資料に目を落とす鳴海。
   『ヤングケアラーはこんな子どもたちです』とイラスト付きで説明書き。
教頭「みなさん、ヤングケアラーについてはもちろんご存じだと思いますが、より理解を深めていただくために、今日はスクールソーシャルワーカーの五十畑さんから、ご説明いただきます」
   教頭に紹介され、頭を下げて立ち上がる、五十畑麻里(48)。
五十畑「ヤングケアラーとは、家族にケアを必要とする人がいる場合に、大人が担うべき家事や家族の世話を日常的に行っている、18歳未満の子どものことをいいます」

〇同・校門(夕方)
   校門から飛び出して来る凪。
   走って坂道を駆け下りる。
五十畑の声「例えば、障害や病気のある家族に代わって、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている」

〇海沿いの道
   車が行き交う道路に、何かが落ちているのを見つける凪。
   近づいて見てみると、亀の甲羅のよう。
   拾ってみると、甲羅の中からニョキッと顔を出す。
   亀と目が合い、たちまち笑顔になる凪。
   大事に手に持って、再び走り出す。
五十畑の声「障害や病気のある家族の身の回りの世話をしている。家族に代わって、幼い兄弟の世話をしている。そういった子どもたちも、ヤングケアラーにあたります」

〇平屋の一軒家・月島家(夕方)
   走って帰ってくる凪。
凪「ただいまー!」
   凪が美歩の部屋のドアを開けると、ベッドに寝ていた美歩が目を覚ます。
美歩「おかえり、凪」
凪「見て、お母さん。カメ拾った」
   大事そうに亀を美歩に見せる凪。
美歩「かわいい」
凪「家で飼っていい?」
   笑顔で頷く美歩。
五十畑の声「いま日本では、ヤングケアラーの割合が年々増えています。厚生労働省の調査によると、日常的に世話をしている家族がいると答えた高校生は、24人に1人。中学生は17人に1人。小学生は15人に1人です」

〇同・洗面所
   美歩、風呂場の風呂桶を取ろうとして、代わりに凪が手に取る。
美歩「お水、入れて」
   洗面器に水を溜め、亀を入れる凪。
   亀、手足を動かして泳いでいる。
凪「泳いでる」
美歩「名前、決めなきゃ、ね」
凪「うん! 兄ちゃんと一緒に決めよう」
   凪と美歩、顔を寄せて亀を見ている。
五十畑の声「ヤングケアラーの支援において最も必要なのが、早期把握です。ただ、これが非常に難しい。家族の問題を知られたくなくて隠す子どももいれば、家族から口留めされているケースもあります」

〇同
   帰ってくる風太。
風太「ただいま。なにそれ、亀?」
凪「拾った! 兄ちゃん、名前考えよう」
風太「名前? カメ吉とかでいいんじゃん」
凪「やだ! ダサい」
風太「はあ? じゃあ凪が考えろよ」
美歩「こーら」
風太「コーラ? なんで?」
   美歩、亀の甲羅を触って
美歩「こうら」
風太「え、親父ギャグ?」
凪「コーラ。いいね。コーラにする!」
風太「えー。カメ吉のがよくない?」
   凪と美歩と一緒に亀を覗き込む風太。
五十畑の声「最も多いのは、本人に自覚がない、ということです。家族が大変だからお手伝いをしているだけ、家族なんだからお世話をして当然、と考える子どもが沢山います。日常的な家事やお世話が当たり前になっているから、周りに助けを求めようとしない。それどころか、家族を守れるのは自分だけだと思い込んでしまう」

〇同・風呂場
   美歩の髪を洗っている風太と凪。
   ドライヤーで髪を乾かす風太と、ブラシで髪を梳いてやる凪。
五十畑の声「家族のために、子どもが家族のお世話をする。そう聞けば美談に聞こえますが、子どもには様々な影響が出ます」

〇同・庭
   洗濯物を取り込んでいる風太と凪。
   風太、美歩の部屋へ行くと布団を持って、物干し竿に干す。
   布団叩きで叩いていると
凪「ぼくもやりたい!」
   凪が代わって布団を叩く。
   中途半端に掛かっていた洗濯物が風に吹かれて飛んでいき、追いかける風太。
五十畑の声「まず一つは学業。家でゆっくり勉強をする時間がない、家事の疲れで授業中に居眠りをする。成績の低下や、学業に対する意欲の低下。家族の世話を優先し、進学を諦める子どもも少なくありません」

〇同・台所
   一緒に料理をしている風太と凪。
   玉ねぎを切り、目が染みて涙ぐむ凪と、笑っている風太。
五十畑の声「また、友達と遊ぶ時間を奪われ、部活動に参加することも難しくなります。家族が心配で、修学旅行などの学校行事を欠席する子どももいるんです。遅刻や早退、欠席が増え、友達と過ごす時間が削られていく。子どものうちに経験すべきことを経験できないまま、いつの間にか大人になってしまう」

〇同・居間
   風太、凪、美歩でカレーを食べている。
   洗面器でパンを齧っている亀。
五十畑の声「そうして本人たちは気付かない間に、子ども時代を奪われてしまうんです」

〇ATM・中(夜)
   お金をおろしている風太。

〇大型スーパー・店内
   値引きシールが貼られている鶏肉や豚肉をカゴに入れていく風太。
   レジで精算中、騒ぎ声が聞こえて振り返ると、佐久間徹(52)が大声をあげて陳列棚の商品を投げている。
   慌てて徹を抑える店員たち。
   風太、その様子を横目に見ながら店を出ようとすると、ちょうど店に駆け込んできた佐久間澪(17)とぶつかりそうになる。
風太「あれ。佐久間?」
澪「……」
   風太を無視し、店に入って行く澪。
   暴れる徹を宥めて、店員たちに頭を下げて謝っている。
   その様子を見ている風太。

〇月島家・居間
   帰ってくる風太。
   凪、美歩の爪を切っている。
風太「凪、まだ起きてたのか。もう寝ろよ」
凪「はーい。お母さんも寝よう」
   美歩を連れて居間を出る凪。

〇同・美歩の部屋
   ベッドの上で、美歩の背中を押して、ストレッチをしてやる風太。
   凪は、美歩の枕を6回叩く。
   ストレッチを終え、ベッドに美歩を寝かせると、部屋を出る風太と凪。
風太「おやすみー」
凪「明日もちゃんと起きてね。おやすみ」
美歩「おやすみ」
   電気を消し、ドアを閉める。

〇同・凪の部屋
   目覚まし時計を6時にセットし、枕を6回叩いて電気を消す凪。
凪「おやすみ、コーラ」
   水槽に入った亀に挨拶し、布団に入る。

〇同・美歩の部屋(翌朝)
   カーテンを開ける凪。
凪「おはよー! 朝だよー!」
   閉じたままの美歩の瞼を、指で開く凪。
凪「……あれ? お母さん、顔あつい」
   美歩、赤い顔で苦しそう。
凪「兄ちゃーん! お母さん熱出してるー!」
   部屋にやってくる風太。
   美歩の額に手を当てると
風太「あつっ。凪、体温計持ってきて」
凪「うん!」
   バタバタと部屋を出る風太と凪。
     *   *   *
   体温計を見ると、38度ある。
   風太、美歩に飲物を飲ませながら
風太「風邪かな。病院行くか」
凪「ぼくも行く! 行く行く行く!」
風太「病院から戻ったらすぐ学校行くんだぞ」
凪「うん!」
   スマホで凪の小学校の連絡網アプリを開き、遅刻の連絡をする凪。

〇同・玄関
   美歩に靴を履かせ、車椅子に乗せて家を出る風太と凪。

〇病院・診察室
   口を開けて喉の診察を受けている美歩。
医者「うん、喉の腫れもないし、風邪じゃないですよ。ちょっとしたストレスかな。大人の知恵熱みたいなもの。心配ないですよ」
風太「そうですか」
医者「ゆっくり過ごせば、すぐ治りますよ。解熱剤のお薬出しておきますからね」
   頷く美歩と、安心した様子の風太。

〇同・受付
   美歩の車椅子を押して外に出る凪。
   風太、受付で障害者手帳のやり取りをして、支払いをする。

〇海岸沿いの道
   凪が車椅子を押しながら歩いている。
美歩「うみ」
風太「え?」
美歩「うみ、行きたい」
風太「いま? 熱あるんだから、また今度ね」
美歩「うみ行ったら、ストレス、なくなる」
風太「そうなの? 海行きたかったの?」
凪「行こう行こう! 海!」
   凪、車椅子を押して海岸に向かって走って行く。

〇海岸
   砂浜で、上手く進まない車椅子を一生懸命押す凪と、楽しそうな美歩。
   方向転換できず、グルグルと同じところを回っている。
   その様子を見ている風太、ふと視線を感じて振り返ると、買い物袋を持った澪が凪たちを見ている。
   黙って目を合わせる風太と澪。

〇同
   階段に並んで座る風太と澪。
   澪、車椅子の美歩と凪を見て
澪「月島って、イクメンみたいな噂流れてたけど、本当だったんだね」
風太「(笑って)イクメン、ね」
澪「いつから? お母さん」
風太「8年前。車で事故って、父さんは死んだ。ばあちゃんがいて一緒に暮らしてたんだけど、半年前に死んで、いまは弟と三人」
澪「そっか。うちは、父親」
風太「……昨日の?」
澪「もともと鬱っぽかったんだけど、そのうち幻聴とか幻覚とか出始めて。仕事続けられなくなって、一日中家にいるようになった。勝手に家を出て、あちこちで喚いたり暴れたりするから、ずっと見張ってなきゃいけなくてさ。あたし、見張り役」
風太「それで学校、来てないんだ」
澪「母親はずっと仕事で家にいないから。あたし一人っ子だし。母親、見栄っ張りでさー。父親の病気のこと、恥ずかしいからって親戚にも言ってないの。それであたしに世話押し付けてんだよ。ひどくない?」
風太「学校、行きたいって言ってみたら?」
澪「学校ねー。行くの、嫌なんだよね。月島は嫌じゃないの」
風太「なにが?」
澪「だって、みんな普通に家族が健康でさ。ご飯作ってもらって、家事も全部してもらって、それが当たり前じゃん。悩み事なんて、彼氏と喧嘩したとか、好きなアイドルのコンサートに外れたとかさ。ムカつくんだよね。なんで私だけこんな大変な思いしてんだろって。月島もそう思わない?」
風太「うーん。別に俺は、大変とかはないけど。もうずっとだし。当たり前っていうか」
澪「お母さんのこと、嫌にならないの」
風太「ならないよ。母さんのこと好きだし」
澪「……ふーん。マザコンだ」
   風太、怒って立ち上がる。
   澪、顔を腕に埋めて
澪「わたしはさ、月島みたいに思えない。昨日も、店員にねちねち文句言われて、ひたすら謝ってさ。その間も父親は意味不明なこと喚き散らしてんの。お父さんなんか、死んじゃえばいいのにって、思った。毎日思うよ。わたしがおかしいのかなあ」
   砂浜で、楽しそうに笑う凪と美歩。

〇梅ヶ丘高校・三年二組教室(昼休み)
   風太が登校すると、生徒たちが風太を見て、クスクス笑って噂話。
   不思議そうにしている風太のもとに、ニヤニヤとした顔で集まる男子たち。
男子A「風太、さっきまで佐久間とデートしてたらしいじゃん」
風太「は?」
男子B「一組の野間が今日腹痛で遅刻だったんだけどよー。海岸でいい雰囲気だった、お前と佐久間のこと見たんだって」
   男子B、スマホを風太に見せる。
   海岸で座っている、風太と澪の写真。
風太「たまたま会って、ちょっと喋ってただけだよ。弟とかも一緒だったし」
男子A「なになに、もう家族ぐるみのお付き合いってことですかー?」
風太「はあ? ちげーよ」
   教室に入ってくる暖、風太を見つけて
暖「おい風太! 今日から昼練って言っただろ。俺待ってたんだぞ!」
風太「あ、忘れてた」
暖「おいー。もう時間ねえぞ。ほら、行くぞ」
風太「何にも持ってきてないよ」
暖「俺の貸すから!」
   暖に引っ張られていく風太。

〇同・屋外プール
   勢いよく泳ぐ風太。
   ストップウォッチでタイムを計る暖、風太がゴールするとガッツポーズ。
暖「なんだよ、お前、大してタイム落ちてないじゃん! さては陸トレ続けてるな?」
風太「まじ? 制限タイムは?」
暖「余裕でクリア。これでまた勝負できるな」
風太「やだよ。いまお前と勝負したら、負けるに決まってんだろ」
暖「ボッコボコにしてやるから覚悟しとけよ」
   暖に水をかける風太と、笑う暖。
暖「別に勝負じゃなくてもいいけどさ。お前と一緒に泳ぐのが好きなんだ。だって風太、水泳大好きだろ」
風太「……お前ほどじゃねえよ。水泳バカ」
暖「水泳バカの名に懸けて、大会まで猛特訓するからな! おら、泳げ泳げ!」
   暖に水をかけられ、笑う風太。

〇梅ヶ丘小学校・教室(昼休み)
   給食の時間。
   登校してくる凪に、挨拶する生徒たち。
鳴海「月島くん、おはよう。給食用意してあるから、食べてね」
凪「はーい」
   席に座る凪に、振り返るつむぎ。
つむぎ「凪くん、やっと来たー。今日はなんで遅刻したの? 具合悪いの?」
凪「ううん。お母さんが熱出したから」
つむぎ「そうなの? 凪くんが看病したの?」
凪「看病っていうか、病院連れてった。あと、海で遊んだ」
つむぎ「なんだ。遊んでるんじゃん。ずるい。じゃあ、今日は一緒にゲームできる?」
凪「お母さんが熱だから、だめー」
つむぎ「なんでー?」
   凪、給食を食べ始める。

〇同・教室(HR)
   『ヤングケアラー』のアンケート用紙に記入する生徒たち。
   静かな教室の中を、歩いてまわる鳴海。
   凪も黙々とアンケートに記入している。

〇同・職員室(放課後)
   席でアンケートの回答を見ている鳴海。
   凪の回答用紙になると、手を止めてじっと見ている。
   重岡、鳴海の手元を覗き込んで
重岡「鳴海先生、知ってる? 子どもが親の世話をするのって、人間だけらしいよ」
鳴海「え? そうなんですか」
重岡「動物の世界では、怪我をしたり病気になったら、群れで保護するんだって。だから人間も同じように、助けが必要な人のことは、社会が守ればいい、ってこと」
鳴海「……社会、ですか」
重岡「家族の問題は家族の中で解決するっていう時代は、もう終わったんだよなー」
   自分の席に戻って行く重岡。
   鳴海、凪の回答用紙をじっと見る。

〇梅ヶ丘高校・進路指導室(放課後)
   月本と面談をしている風太。
   月本、空欄の進路調査票を見てため息。
月本「月島ー。お前なあ。いい加減にしないと、もうすぐ夏休みだぞ」
   風太のスマホの着信音が鳴り、慌てて消音モードにする風太。
風太「すいませーん。弟の担任からです」
月本「弟の担任? 出なくていいのか?」
風太「またプールに飛び込んだとか、そういう話ですよ。結構やんちゃなんです、うちの弟」
月本「……なあ月島。お前が母親の世話とか、弟の面倒を見てるのは、立派なことだと思う。だけどな、お前にもお前の人生がある。やりたいこととか、お前にだってあるだろ」
風太「別に、ないっすよ。やりたいこと」
月本「真剣に考えたことがないんだろ。家のことが足枷になるんだったら、今の状況を変えることも考えた方がいいんじゃないか」
風太「……別に。今のままでいいです」
月本「お前のためだけじゃない。弟はまだ小学生だろ? お前が進学するにしても就職するにしても、このままだといずれは弟が母親の世話をすることになるんじゃないのか。弟にも、同じ思いをさせていいのか?」
風太「……」

〇同
   風太、平積みされている大学や就職のパンフレットをパラパラと捲っている。
   その隣、奨学金制度のチラシや冊子が並んでいる中に、『ヤングケアラー相談窓口』のチラシが置いてある。
   ふとそのチラシに目を留める風太。
   スマホのバイブが鳴り、『着信・凪の担任』の表示。

〇梅ヶ丘小学校・職員室
   鳴海、電話をしている。
鳴海「ですから、一度、家庭訪問を……」
風太の声「俺が学校に行くんじゃダメですか」
鳴海「だってお兄さん、高校生ですよね」
風太の声「あ、明日誕生日なんで、18になりますけど。成人ですよね」
鳴海「えっ、そうなんですか?」

〇通学路
   自転車を押しながら、電話をしている風太。
風太「凪、何か問題あるんですか?」
鳴海の声「問題、ということじゃないんです。だだ、遅刻や忘れ物が多かったり、宿題もやってこなかったり、授業中に居眠りすることもあるので。お家での様子というか、過ごし方というのを、一度お母さんからお話を聞かせていただければ、と思って」
風太「別に、普通ですよ。勉強はあんまり好きじゃないみたいですけど」
鳴海の声「そうですか……」
風太「忘れ物とか宿題とか、明日から気を付けます。夜更かしして寝坊しないようにも、言っておくので」
鳴海の声「あ、あの、お兄さん」
   通話を切る風太。
   自転車に乗り、走り出す。

〇月島家・居間
   亀と遊んでいる凪。
   風太が乾いた洗濯物を運んでくると、畳もうとする。
風太「凪、いいから宿題やれ」
凪「宿題ないよー」
風太「じゃあ授業の予習と復習。あと連絡帳出して。プリントももらったら出して」
凪「今日はないよー」
   掃除機を持って廊下に出る風太。
   美歩の部屋から、「風太」と呼ぶ声。

〇同・美歩の部屋
   部屋に入る風太。
風太「なに」
美歩「のみもの、とって」
   枕もとには空の紙パック。
   風太、冷蔵庫から紙パックのジュースを取り、ストローを指して美歩に渡す。
美歩「お茶が、いい」
風太「は? 先に言ってよ」
凪「ぼくがやるー」
   風太の持つ紙パックに手を伸ばす凪。
風太「凪はダメ。いいから勉強しろって。もう凪は家事しなくていい。母さんの世話も、これからは全部俺がやるから」
凪「なんで? ずるい!」
風太「ずるくない。お前はもう遅刻禁止。忘れ物禁止。プールに飛び込むのも禁止!」
凪「ぼくがやる!」
   凪が紙パックを無理やり取ろうとして、床に落とし、ジュースが飛び散る。
凪「……ごめんなさい」
   ティッシュでジュースを拭き始める凪。
   風太、苛立たしく部屋を出ようとする。
美歩「風太、てつだい、なさい」
風太「……なんで俺がやんなきゃいけないの」
   美歩を見る風太。
風太「母さんがやってよ」
   美歩、風太を見て、悲しそうな表情。
   美歩の顔を見た凪、怒って風太のことをドンドンと両手で叩く。
凪「兄ちゃんのバカ。兄ちゃんなんか出てけ! ぼくがお母さんの面倒みるんだ!」
風太「勝手にしろ」
   部屋を出る風太、そのまま玄関へ向かい、家を出て行く。

〇コンビニ・店内(夜)
   イヤホンをして、雑誌の立ち読みをしている風太。
   横から、片方のイヤホンを取られる。
   驚いて顔を上げると、澪がいる。
   イヤホンを自分の耳に付け、曲を聴いて不思議そうな顔をする澪。
澪「なにこれ。古い曲?」
風太「……」

〇同・店の前
   縁石に座り、片方ずつのイヤホンで音楽を聴いている風太と澪。
   榎本健一の『私の青空』。
風太「父さんが好きで、昔、家族みんなでよく歌ってたんだ」
澪「ふーん。月島んちって、絵に描いたような仲良し家族なんだねー。そういうのって、ドラマの中だけの話だと思ってた」
風太「ファザコンだって、思ってんだろ?」
澪「思ってる。マザコンで、ファザコンで、ブラコンでしょ、月島」
風太「そうだよ、どうせ。悪いかよ。ついでにグランドマザコンだよ」
澪「なにそれ! 初めて聞いた」
   笑い出す澪。
澪「だから月島みたいな真っすぐな人間が育つんだね。『楽しい我が家』かー。一回も思ったことないわー」
   イヤホンを外し、立ち上がる澪。

〇帰り道
   アイスを食べ、歩きながら話す、風太と澪。
風太「佐久間って、卒業したらどうすんの」
澪「さーねー。そもそも、卒業無理かも。なんか、どうでもいいんだよねー。先のこと考えると、お先真っ暗! って感じだしさ。考えても無駄っていうかさー」
風太「……だよなー」
澪「月島ってさ、夢ってあった?」
風太「夢?」
澪「小さい頃の夢。あたしはあったよ。洋服のデザイナーになりたかった。リカちゃん人形の服とか集めてたなー」
風太「俺は水泳選手、かなあ」
澪「そっか、月島水泳部だったね。ねえ、クロールしてみてよ」
風太「は? ここで?」
澪「そう。ここをプールだと思って。ほら! よーい、スタート!」
   風太、戸惑いながら、両手を回してクロールの動きをする。
澪「おー、さすが水泳部。形が綺麗だね」
風太「バカにしてる? っていうかこれ何?」
澪「次、平泳ぎ!」
   呆れながらも平泳ぎの動きをする風太。
   澪も真似している。
澪「次ー、バタフライ!」
   やけになって、激しくバタフライの動きをする風太に、大笑いする澪。
   風太も笑い出す。
   曲がり角に着き、立ち止まる澪。
澪「学校はどうでもいいけどさー。月島が泳ぐところは、見てみたかったな」
   笑って、手を振る澪。
澪「じゃーねー」
   歩いて行く澪を見送り、反対方向へ歩き出す風太。

〇月島家・居間
   帰ってくる風太。
   凪、洗濯ものの山の上で寝ている。
   凪を抱っこして、凪の部屋に運ぶ風太。
   ベッドに寝かせると、目を覚ます凪。
凪「兄ちゃん?」
風太「寝るならベッドで寝ろよ」
凪「ねえ兄ちゃん」
風太「なに」
凪「お母さん、死なない?」
風太「……死なないよ」
凪「じゃあ、ずっと一緒?」
風太「そう。ずっと一緒」
   凪の頭を撫でる風太。
凪「お母さんの枕、叩いてあげてね」
風太「わかったから、もう寝ろよ」
   凪の枕を6回叩く風太。
   安心したように目を閉じる凪。

〇同・美歩の部屋
   そっとドアを開ける風太。
   ジュースが綺麗に片付けられている。
   美歩と目が合うと、部屋に入る風太。
   枕元に近づき、美歩の枕を6回叩く。
風太「凪がしろってうるさいから」
   ベッドに腰掛ける風太。
風太「この寝坊しないおまじないって、母さんが言い出したんだっけ」
美歩「おばあちゃん」
風太「ふーん。効いてんのかなあ、これ。凪、毎晩やってるよね。母さんの分も」
美歩「おばあちゃん、おまじない、するの忘れて、寝て、そのまま、死んじゃったから」
風太「……」
美歩「だから、毎晩、たたくの。わたしの、ぶんも」
風太「ふうん……でも俺、凪に叩いてもらってないけど。俺だけ。ひどくない?」
美歩「風太は、死なない、から」
風太「母さんも死なないだろ」
   立ち上がる風太、電気を消す。
風太「おやすみ。枕叩いたんだから、明日寝坊しないでね」
   部屋を出て行く風太。

〇梅ヶ丘小学校・廊下(朝)
   掲示板に、ヤングケアラー相談窓口の貼り紙を貼っている鳴海。
   登校してくる生徒たちに、挨拶をする。
   凪も元気に登校してくる。
凪「せんせー、おはようございまーす」
鳴海「おはよう、月島くん。ちょっといい?」
   鳴海、立ち止まった凪と向き合い、目を合わせる。
鳴海「ねえ、お家のことで、何か困ってることとか、大変なこと、ない? 何かあったら、先生、いつでもお話聞くよ」
   凪、首を横にふる。
鳴海「でも、お母さんのお世話とか、家事もお手伝いしてるんだよね」
凪「兄ちゃんに、もうするなって言われたー」
   凪、つむぎに呼ばれて、教室へ向かう。
   凪を見送る鳴海。

〇同・職員室(昼休み)
   パソコンを開き、ヤングケアラーについて調べている鳴海。
   『18歳未満』という文字を見ている。
   重岡、職員室に駆け込んできて
重岡「鳴海先生、三年一組で喧嘩ですよ!」
鳴海「えっ?」
   慌てて職員室を出て行く鳴海。

〇同・三年一組教室
   生徒たち、男女に分かれてワーワーと騒いで喧嘩をしている。
   中心にいる凪と、泣いているつむぎ。
鳴海「神保さん、どうしたの?」
つむぎ「凪くんが約束破ったんだもん!」
凪「約束なんかしてないよ」
つむぎ「じゃあなんでいっつもすぐ帰るの? 一度も遊びに来てくれないじゃん」
凪「今日はダメ」
つむぎ「いっつもそうじゃん! 凪くんの家って、お母さんが病気なんでしょ」
凪「病気じゃない」
つむぎ「子どもが親の世話するなんて変だよ」
凪「別に、普通だよ」
つむぎ「普通じゃないよ。変だってうちのお母さん言ってたもん。そんなのお母さんじゃないよ!」
   凪、怒ってつむぎを叩こうとする。
鳴海「こら!」
   凪の手を掴む鳴海。
鳴海「謝りなさい」
   凪、鳴海を睨んでプイと顔を背ける。
鳴海「謝りなさい、神保さん!」
   驚いて鳴海を見る凪。

〇海岸沿いの道(放課後)
   一緒に歩く、凪と鳴海。
   鳴海、手に資料をたくさん抱えている。
凪「学校の先生が家にくるの、初めてだよ」
鳴海「そう。お友だちが遊びにきたことは?」
凪「ない。ヘルパーさんしか来ない」

〇月島家・玄関
   ドアを開けて家に入る凪。
凪「ただいま! お母さん、先生来たよー」
   鳴海は家に入らず、ドアから顔を覗かせている。
   靴を脱いで台所に走って行く凪、台所で美歩が倒れているのを見て驚く。
凪「お母さん!」
   お皿に粉をまぶした鶏肉が並び、フライパンには大量の油が熱されている。
美歩「凪、あぶないから、こないで」
   凪、美歩を助け起こそうとして、フライパンの取っ手に腕をぶつけてしまう。
   ぐらりと傾くフライパン。
美歩「あぶない!」
   美歩、凪を守ろうとするが、身体が動かない。
   そこへ駆け込んでくる鳴海、寸でのところでフライパンの取っ手を掴むが、跳ねた油が凪の腕に飛んでしまう。
凪「熱い!」
美歩「凪!」
   パニックになる美歩。
   鳴海、火を止めると、凪を抱え、火傷した腕を水道水で流す。
鳴海「お母さんは大丈夫ですか? 火傷してませんか?」
   美歩、床に倒れたまま、起き上がることができず、もがいてる。
   帰ってくる風太、倒れて泣いている美歩を見て驚き、慌てて助け起こす。
風太「母さん、どうしたの。転んだの?」
   美歩、癇癪を起したように「凪、凪」と言いながら泣き始める。
鳴海「凪くん、火傷して。病院に連れて行きましょう」
風太「は? っていうか、誰」
鳴海「凪くんの担任です。タクシー呼びますね。月島くん、このまま冷やしててね」
   スマホを取り出しタクシーを呼ぶ鳴海。
   風太、美歩を宥めながら椅子に座らせ、凪に駆け寄る。
風太「大丈夫か、凪。火傷? どこ?」
   凪、痛みに顔を歪めて我慢している。
凪「大丈夫」
   スマホの通話を切る鳴海、泣き続ける美歩と、風太、凪を見て。
鳴海「……大丈夫じゃない」
凪「え?」
鳴海「大丈夫じゃないでしょ!」
   凪、我慢していた涙が、ポロポロとこぼれていく。

〇病院・診察室
   医者に包帯を巻いてもらう凪。
医者「これなら痕は残らないよ。痛かっただろう。よく頑張ったね」
   付き添っていた鳴海、ホッとして
鳴海「良かったね。ありがとうございました」
   医者に頭を下げる鳴海。

〇同・待合室
   診察室から出てくる凪と鳴海。
   看護師と一緒に風太が歩いて来る。
凪「お母さんは?」
風太「今日は病院に泊まるって」
凪「ぼくも泊まれる?」
風太「ダメ。明日一緒に迎えに来ような」
凪「ちょっとだけ会える?」
風太「薬飲んで、もう寝てるよ」
凪「枕叩くだけ」
   困ったように看護師を見る風太。
看護師「大丈夫ですよ。(凪に)おいで、お母さんのところ行こう」
   凪、看護師のあとに付いて行く。
   風太、疲れたようにソファに座ると、その隣に腰掛ける鳴海に、頭を下げる。
風太「色々、迷惑かけてすみません」
鳴海「迷惑じゃないです。……あの、もっと頼っていいと思う。周りの色んな人に」
   鳴海、持っていた資料を風太に渡す。
鳴海「これ、相談窓口とか、色々な支援情報が載ってるから。読んでみて」
   風太、資料をちらりと見るが、鳴海に押し返す。
風太「半年前にばあちゃんが死んだとき、そういうところに相談したら、母さんも凪も施設に入れろって言われた」
鳴海「でも……このままでは、いられないでしょう。三人で一緒にいられる方法も、きっとあるはずだよ。今よりみんなが、もっと楽しく過ごせるように、色んな人にサポートしてもらって」
風太「同じことだろ。三人のままでいい」
   立ち上がる風太、鳴海を置いて歩いて行く。

〇月島家・台所(夜)
   雑巾で床を拭く凪と、乾いてしまった鶏肉を片付けている風太。
風太「なんで急に、唐揚げ作ろうと思ったんだろうな、母さん」
凪「今日、兄ちゃん誕生日だから。兄ちゃんの好きな唐揚げ作ろうって、昨日お母さんと一緒に約束したんだ」
風太「……そっか。俺、今日誕生日か」
凪「ごめんなさい。ぼく、お母さんのこと、守れなかった」
風太「何言ってるんだよ。お前はちゃんと守っただろ。痛いの我慢して、偉かったな」
   凪の頭を撫でる風太。
凪「お母さん、一人ぼっちにならない?」
暖「ならないよ」
凪「また会える?」
暖「当たり前だろ。たった一日、入院するだけだよ」
凪「うん」
   食卓に、コンビニの唐揚げ弁当を並べる風太。
   風太と凪、座って食べ始める。
風太「母さんの唐揚げ、食べたかったな」
凪「うん」
風太「いつか、また食べれるよ」
凪「うん」
   冷えた唐揚げを黙々と食べる風太と凪。

〇同・風太の部屋
   電気を消した部屋で、ベッドに寝転び無表情でスマホゲームをしている風太。
   澪からLINEが届く。
   『今から会える?』のメッセージ。
   しばらく迷ったあと、起き上がる風太。

〇同・凪の部屋
   そっとドアを開ける風太。
   凪が寝ているのを見て、ドアを閉める。

〇海岸
   階段に座っている澪。
   隣に座り、澪を見て驚く風太。
   澪の頬、赤く腫れている。
風太「どしたの、その顔」
澪「悪魔だって」
風太「え?」
澪「お母さんに、あんたは悪魔だって言われた。自分の父親なのにって。こんなの父親じゃないって言ったら、叩かれちゃった」
   真っ暗な海を見ている澪。
   風太も一緒に海を見る。
澪「夜の海って、吸い込まれそうだね」
   風太、立ち上がると澪を見て
風太「なあ。いまから学校行かない?」
澪「え?」

〇梅ヶ丘高校・裏門
   門をよじ登る、風太と澪。

〇同・屋外プール・入口
   風太、鍵を開けて澪を手招きする。
   キョロキョロしながら、風太のあとをついていく澪。

〇同・屋外プール
   真っ暗なプール。
   風太、服を着たままプールに飛び込む。
澪「ちょっと、月島! 何考えてんの」
   そのまま、クロールで泳ぎ始める風太。
   Uターンして、戻ってくる。
澪「(呆れて)何やってんの」
風太「佐久間も入れば」
澪「えー?」
   澪、ためらうが、再び泳ぎ出す風太を見て、思い切って飛び込む。
   水の中に落ち、ブクブクと泡立つ中で目を開ける澪。
   ユラユラと揺れる、無音の世界。
   水面から顔を上げ、プハッと息を吐く。
   澪を見て、笑顔の風太。
   澪も笑顔になる。
     *   *   *
   水の中に潜って泳ぐ、風太と澪。
   無音の水の中で、目を見合わせて笑う。
澪の声「水の中って、宇宙みたい」
風太の声「宇宙?」
澪の声「いつか、地球がなくなったら、あたしたちみんな、宇宙に放り出されて、消えちゃうのかな」
風太の声「……もし、宇宙に放り出されたら。障害も、病気も、関係なくなる。俺の母さんも、佐久間の父さんも、金持ちも貧乏人も、みんな同じ、一つのあったかい光になって、宇宙の中の一つの星になる」
澪の声「なにそれ」
風太の声「そうやって、また生まれるんだ」
     *   *   *
   並んで仰向けに浮かぶ風太と澪、頭上に浮かぶ月を見ている。
澪『夕暮れに 仰ぎみる 輝く青空』
   小声で口ずさむ澪に、風太笑って
風太「歌詞、覚えてんじゃん」
澪「いい歌だよね」
   目を見合わせる、風太と澪。
風太『日が暮れて たどるは 我が家の細道』
風太・澪『狭いながらも 楽しい我が家 愛の火影の さすところ』
   笑顔で歌う風太と澪。
風太・澪『恋しい家こそ 私の青空』
   澪の頬に、涙が流れる。
   その横顔を、驚いて見つめる風太。
   懐中電灯の光がプールを照らし出す。
警察官「何やってるんだ!」
   懐中電灯に照らされる、風太と澪。

〇警察署・廊下
   警察官にタオルを渡され、濡れた身体を拭いている風太と澪。
   佐久間希和(45)がバタバタと走ってくると、いきなり澪の頬を叩く。
警察官「まあまあ、お母さん」
希和「勝手なことばっかりして。いい加減にしなさいよ!」
   澪の腕を引っ張り、連れて行こうとする希和に、頭を下げる風太。
風太「あの、すみません。俺が誘ったんです」
   希和、風太を睨み付けると
希和「二度とうちの娘に近づかないで」
   澪を連れて、去って行く希和。
警察官「(ため息を吐いて)君は、本当に誰もいないの。迎えに来てくれる人」
風太「はい」
警察官「親戚とか、誰か大人は? いないの」
風太「俺、大人っすよ。もう。18になったんで」
   タオルを警察官に返し、一人で帰って行く風太。

〇月島家・玄関
   帰ってくる風太、ドアを開けると、玄関で凪が丸くなって寝ている。
   隣には、亀の入った水槽。
風太「凪、なんでこんなところで寝てるんだよ?」
   身体を揺すると、目を覚ます凪。
凪「兄ちゃん……?」
   凪、寝ぼけながら風太に抱き着く。
凪「帰ってきた」
風太「……うん」
凪「もうどこにも行かない?」
風太「うん。ごめんな」
   凪の頭を撫でる風太。

〇梅ヶ丘高校・生活指導室(翌朝)
   月本に、水泳部の退部届を渡す風太。
風太「水泳部には、迷惑かけたくないんです。お願いします」
   頭を下げる風太。
   月本、ため息を吐いてそれを受け取り
月本「これから職員会議で、話してくるから」
風太「あの、俺が佐久間を誘ったんで。処分は俺だけにしてもらえませんか」
月本「……お前、聞いてないのか? 佐久間、昨日学校辞めたんだぞ」
風太「え……?」
月本「まあどのみち、出席日数が足りなくて留年だったんだけどな。実家を出て、遠くの親戚の家に引っ越すって言ってたぞ」
風太「……」
月本「なんだ、何も聞いてないのか?」

〇同・三年二組教室(HR)
   黒板の「欠席」の文字の下、空欄になっている。
   空いている風太と佐久間の席。

〇同・三年一組教室(休み時間)
   慌ただしく教室に入って来る水泳部員たち、暖のもとに駆け寄り
水泳部A「おい暖、風太、停学だってよ」
暖「は? 停学!?」
水泳部B「昨日の夜、学校のプールに忍び込んだのを近所の人に見られて、通報されたらしい。佐久間と一緒だったって」
暖「佐久間? なんで佐久間」
水泳部A「風太、水泳部退部したって。水泳部はお咎めなしだって聞いたけど……」
   暖、教室を飛び出す。

〇同・校庭
   自転車を押して帰ろうとする風太のもとへ、走って来る暖。
暖「おい、風太! どういうことだよ」
風太「……水泳部には迷惑かけないから」
暖「そういうことじゃなくてさあ!」
   風太の腕を掴む暖。
暖「なんで何も話してくれないんだよ。家のこととか。俺、待ってたんだよ。ずっと。お前が話してくれんの。もっと頼れよ」
風太「……お前に話して、何か変わんの」
暖「は?」
   暖の腕を振り払うと、自転車に乗り、走り出す風太。
暖「じゃあ、佐久間になら話せんのかよ! おい、風太!」
   風太、振り返らずに走って行く。

〇病院・美歩の病室・前(昼)
   歩いて来る風太。
   部屋に入ろうとすると、美歩と五十畑が話している。
五十畑「お子さんに、家事やお世話をしてもらうことについて、どう思いますか」
美歩「……できる、なら、させたく、ない。わたしが、したい。でも、できない」
   風太、足を止め、二人の話を聞く。
五十畑「お子さんたちを、もっと自由にしてあげたいなって、思いますか?」
   頷く美歩。
美歩「思い、ます。だけど、わたしだって、母親で、いたい」
   声を震わせ、泣きながら話す美歩。
   聞いている風太。
美歩「風太と、凪が、いなくなったら。わたしは、ひとりぼっちで、死んで、いくだけ」
   風太、部屋へ入ると、五十畑の腕を掴んで部屋の外へ連れて行く。
五十畑「ちょっと、何ですか」
風太「誰? 何なんですか。母さんに余計なこと言わないでもらえますか」
   風太、五十畑の腕を掴んだまま廊下を進んで行く。
五十畑「あなた、凪くんのお兄さん? 学校は?」
風太「関係ないだろ」
五十畑「あのね、私は、あなたたち家族の支援をしたいの」
風太「助けてくれって頼んだかよ」
   立ち止まり、五十畑を睨み付ける風太。
風太「可哀そうとか、勝手に決めつけんな」
   風太、背を向け歩いて行く。

〇同・美歩の部屋
   部屋に入る風太、美歩のベッドの傍にある椅子に腰かける。
美歩「なん、で、いるの」
風太「……」
美歩「学校、は」
風太「……しばらく行かなくてよくなった。っていうかもう、行くのやめよっかな。俺、ずっと家にいるよ。家のことも、母さんのことも凪のことも、全部、俺が面倒見る。そうすればもう、誰からも文句言われないでしょ。そうする」
   俯きながら言う風太に、机にあった紙パックのジュースを投げる美歩。
   上手く投げられず、床にぽとりと落ちる紙パック。
   美歩、手当たり次第に風太に物を投げるが、どれも風太に届かず床に落ちる。
風太「……母さん」
   美歩、声をあげて泣きながら、もがくように暴れ出す。
   立ち上がり、美歩を抱きしめる風太。
風太「母さん。俺、どうすればいい……?」

〇病院・入口(夕方)
   ランドセルを背負った凪、嬉しそうに美歩の乗る車椅子を押して出てくる。
   あとからついて来る風太。

〇月島家・美歩の部屋(夜)
   電気が消された部屋で、美歩のベッドで美歩と一緒に寝る凪と、美歩のベッドに腕を乗せて寝ている風太。
   暗闇の中、目を開ける美歩。
   寝ている風太と凪の顔を、じっと見つめている。

〇月島家・居間(朝)
   台所で朝ご飯を作っている風太と、美歩を連れてくる凪。
   三人揃って、朝食を食べる。

〇同
   亀に餌をあげている凪。
   風太、水着セットを持ってくる。
風太「凪、今日体育だろ。水着、忘れずに持って行けよ」
凪「ぼくも今日休むー」
風太「ダメ」
凪「なんで兄ちゃんだけ休みなのー。ずるい」
風太「ずるくない」
凪「ぼくもお母さんといるー」
   椅子に座っていた美歩に、べったりと抱き着く凪。
美歩「……風太。スーパー、行きたい」
風太「スーパー? 何かいるものあるなら俺買ってくるよ」
美歩「ううん、行きたい」
凪「行く行く行く! ぼくも行く!」
風太「凪はダメ。学校行きなさい」
美歩「凪、も」
風太「ダメだよ、凪は学校行かさないと」
美歩「今日、だけ。おねがい」
凪「やったー!」
   大喜びの凪に、微笑む美歩。
   風太、困った顔で美歩を見ている。

〇大型スーパー・店内
   ワクワクした表情で店内を駆けまわる凪と、美歩の車椅子を押す風太。
風太「おい凪、走るな」
凪「お菓子買っていいー?」
風太「いいから、ちょっと待てって」
   凪、よそ見をしながら走って、歩いてきた客とぶつかり、転んでしまう。
   慌てて駆け寄る風太。
風太「もー、だから走るなって言っただろ」
   凪を抱き起す風太、ぶつかった客に頭を下げて謝っている。
   その光景を見ている美歩。
   突然、身体を横に倒し、わざと車椅子を転倒させる。
   車椅子が倒れる大きな音が響き、床に打ち付けられる美歩。
   驚いて振り返る風太と凪。
   近くにいた店員が駆け寄ってくる。
店員「大丈夫ですか!」
   風太と凪も、急いで駆け寄る。
風太「母さん!」
凪「お母さん!」
   美歩、風太と凪の方を見ずに、駆け寄ってきた店員の腕を掴む。
美歩「……たす、けて」
   驚いて立ち止まる、風太と凪。
美歩「たす、けて、ください」
   風太と凪、立ち尽くしている。

〇月島家・庭
   誰もいない庭で、水槽の中を歩いている亀。
   外に出ようとしている。

〇病院・美歩の部屋(日替わり)
   机に資料を広げ、ケアマネージャーと話している美歩。
ケアマネージャー「退院後は、ホームヘルプではなく、デイサービスに切り替えてみましょうか。色んな人と交流もできますし、レクリエーションの時間もあるので、新しい趣味も見つかるかもしれないですよ」
美歩「リハビリ、も、できますか」
ケアマネージャー「リハビリですか?」
美歩「……また、唐揚げ、作れるように、なりたい、です」
ケアマネージャー「(微笑んで)では、デイケアの方で申請してみましょう」
   ケアマネージャーの説明を、真剣に聞いている美歩。

〇梅ヶ丘小学校・多目的室
   鳴海、五十畑と向かい合って座る凪。
五十畑「月島くん、こないだのアンケートに、友だちと遊びたいって書いてたよね。いま、一番、何して遊びたい?」
凪「……つむぎちゃんの家で、みんなでゲームしてみたい」
鳴海「そっか。神保さんとは、仲直りできた?」
   頷く凪。
五十畑「これからは、友達と過ごす時間もたくさん増やしていこうね」
鳴海「勉強する時間もね」
凪「えー」
   嫌そうな凪を見て笑う、鳴海と五十畑。

〇月島家・居間
   食卓で、パソコンの画面を見ながら、福祉課の職員二人と話す風太。
   画面には、『ヤングケアラー当事者・元当事者同士の交流会』という文字の下、様々なリンク先が貼られている。
職員A「家のことや進路のことで、学校の先生や友達には話しづらいけど、だれかに聞いて欲しい時に、こういうチャットルームで相談したり、交流したりしてるの」
職員B「自分と同じ境遇の人が、ほかにもいるんだって分かるだけでも、気持ちがすごく楽になったりするから」
   画面を見ていた風太、顔を上げて
風太「……それは、なんとなく分かります」
   自分のスマホを見る風太。

〇病院・美歩の部屋
   ベッドに寝ている美歩。
ケアマネージャー「いま、お子さんたちに対して、どういう気持ちですか」
美歩「……ありがとう、って、思い、ます。いつも」

〇梅ヶ丘小学校・多目的室
   机に座っている凪。
五十畑「いま、お母さんに対して、どんな気持ち?」
凪「早く会いたい! 早く退院して、元気になってほしい!」

〇月島家・居間
   食卓に座っている風太。
職員A「お母さんに対して、どんなことを思ってる?」
風太「……できることなら、身体のこと。治してあげたいって、思います」

〇海岸沿いの道(日替わり・昼)
   買い物袋を持って歩く風太。
   スマホが鳴り、見ると澪からLINE通話がかかっている。
   急いで出る風太。
風太「佐久間?」
澪の声「おー、月島。久しぶり」
風太「……久しぶり」
澪の声「連絡返さなくてごめん。色々あってさー。あれ、月島も髪切った?」
   驚いて振り返る風太。
   後ろから、澪が歩いて来る。
澪「どう? 停学生活は」
   笑っている澪、髪が短くなっている。

〇海岸
   階段に座って話す風太と澪。
風太「じゃあ、もう今は親戚の家に住んでるんだ」
澪「そう。親戚に父親のこと、バレちゃってさー。そこの子どもはもう結婚してて、部屋余ってるからおいでって言ってくれたの」
風太「学校は?」
澪「通信制の高校に編入した。その親戚がさ、学費出すから大学行けって。勉強するの超久しぶりだから、手が腱鞘炎になった」
   自分の手を見せて笑う澪。
風太「そっか。良かったな」
澪「月島は? 停学になって、怒られた? お母さんに」
風太「怒られた。すげー怒られた。あんなに怒ってる母さん、初めて見た」
澪「そっか。……愛だねえ」
風太「……うん」
   海を眺める風太と澪。
澪「父親はさ、施設に入れたんだ。入所の日、母親はズルいから来なくて、私が連れてったんだけど。最後に『じゃあね。元気でね』って言ったら、お父さん、『澪』って、呼んだんだ。あたしの名前。いつぶりに呼ばれたんだろうっていうくらい、久しぶりに。それでね、『ありがとう』って言ったの。その瞬間は、病気なんて嘘なんじゃないかって思うくらい、しっかりあたしの目を見てね、言ったんだよ。なんか、その瞬間、これまでの辛かったこととか苦しかったこととか全部、本当に全部、スーッて消えた。あたし、この人の娘に生まれてきて良かったなあって、心からそう思って」
   話ながら、ボロボロと涙を零す澪。
   風太、黙って聞いている。
澪「もしかしたら、お父さんが言った言葉は、あたしが作り出した幻聴だったのかもしれない。でもね、それでもいいんだ。もういいって思えたんだ。もういい、あたしはあたしの人生を生きようって。いつか、お父さんを施設に入れたことを死ぬほど後悔する日が来るかもしれないけど、っていうかいまも死ぬほど後悔してるけど、でもきっと、お父さんはあたしに恨まれながら一緒に暮らすより、あたりが勝手に楽しく暮らしている方が、嬉しいと思うんだ」
風太「うん」
澪「だからあたし、大学行くよ。死ぬほど勉強して、友達といっぱい遊んで、彼氏も作って、やりたいことも見つけて。それでお父さんに会いに行って、いっぱい話してあげるんだ。全然伝わらないかもしれないけど、でも、いっぱい話してあげるんだ」
   涙を拭いて、立ち上がる澪。
澪「もうあんまり会えなくなるけど、月島にもたまには連絡してあげるね」
   振り返り笑う澪に、風太も立ち上がる。
   風太、澪の隣に並ぶと、海に向かって
風太「頑張れよ、佐久間!」
   突然叫ぶ風太に、驚く澪。
澪「(笑って)びっくりしたー。何、急に」
   風太、続けて叫び続ける。
風太「佐久間ー! 頑張れー!」
澪「……頑張れー! 月島ー!」
   佐久間と澪、顔を見合わせ、笑い合う。
澪「最後に学校行けて、嬉しかったよ。ありがとう」
   澪、クロールの動きをしてみせながら、笑顔で去って行く。
   手を振り、見送る風太。

〇月島家・外観(日替わり・朝)
   デイケアのミニバンが家の前に停まる。
   家の中から、車椅子に乗せた美歩を連れてくる風太と凪。
   車からスタッフが降りてきて、風太に代わって美歩をミニバンに乗せる。
   風太と凪、手を振りミニバンを見送る。
   ミニバンが去ると、走って登校する凪。
   風太も家の鍵を閉めると、自転車に乗って出かけていく。

〇総合運動場・温水プール(昼)
   高校の水泳競技大会が行われている。
   観客席に座る風太、スタート台に立つ暖を見つける。
   競泳が始まり、勢いよく泳ぎ始める暖。
   接戦したのち、一位でゴール。
   タイムを見て、拳を突き上げる暖。
   プールサイドで、水泳部員たち、暖に駆け寄り、笑顔で祝福している。
   その様子を、静かに見つめている風太。

〇同・入口
   様々な高校の水泳部員たちが出てくる中、一人で立っている風太。
   梅ヶ丘高校の水泳部たちが出てくる。
   風太に気付き、驚いて立ち止まる暖。
   風太、暖の傍に歩いて行く。
暖「……来てたんだな」
風太「うん。おめでとう」
暖「……」
風太「それと、こないだは、ごめん」
   頭を下げる風太。
暖「……はあ? 何が? っつーか、停学中の人がこんなところをうろついてていいんですかー。先生にチクっちゃおうかなあ」
   ふざける暖に、ふっと笑う風太。
   暖も笑顔になって
暖「風太、俺との勝負、忘れるなよ。ケチョンケチョンにしてやるからな。俺、推薦決まったら、卒業まで引退しねえから!」
   大声で言う暖に、後輩たち「えー」「まじっすか」「勘弁してくださいよー」と口々に文句を言う。
暖「おいお前ら! 喜べよ!」
   笑っている水泳部と一緒に、笑い出す風太。

〇月島家・美歩の部屋(夜)
   風太がドアを開けると、歩行器で歩く練習をしている美歩。
   風太、飲物を枕元に置く。
風太「あんまり無理しないでよ」
   頷く美歩。
風太「俺、明日から学校行くから」
美歩「ちゃんと、先生に、謝って、ね」
風太「分かってるよ」
   リハビリを続ける美歩。
風太「デイケア、どう? 楽しい」
美歩「たのしい。タイピング、早く打てる、ように、なってきた」
風太「そっか」
   笑顔で話す美歩に、風太も微笑む。
   風太、美歩のベッドに腰掛けると、俯きながら
風太「……俺、さ。大学、受験してみようかなって、思ってて」
   美歩、リハビリを止めて、風太を見る。
風太「家から通えて、奨学金が出る大学、調べてみたらいくつかあったんだ。何をやりたいかとか、正直、まだ分かんないけど」
   美歩、風太の前に立つと、歩行器から手を離して
美歩「風太」
   と、両腕を広げる。
風太、美歩を支えるように両腕を持つと、手を振り払われる。
美歩「そうじゃない」
風太「じゃあなに」
美歩「風太」
   もう一度、両腕を広げる美歩。
   風太、立ち上がり、おずおずと美歩の腕の中に入る。
   風太をそっと抱き締める美歩。
   ゆっくり、風太の頭を撫でる。
風太「……なに。俺、凪じゃないんだけど」
美歩「風太」
   ゆっくりゆっくり、風太の頭を撫でる。
風太「……もう、いいよ」
   美歩、微笑んで、風太を撫で続ける。
   涙を堪える風太。

〇梅ヶ丘小学校・校庭(放課後)
   クラスメイトたちと、ドッヂボールをして遊んでいる凪。
男子A「凪! 行くぞー!」
   ボールをキャッチし、笑顔の凪。
   廊下の窓からそれを見て、微笑む鳴海。
   凪、楽しそうに遊び続ける。

〇同・校門
   クラスメイトたちに手を振って校庭を出る凪。
   校門でつむぎが待っている。
つむぎ「凪くん、遅い」
凪「ごめん」
つむぎ「ううん。行こ!」
   笑顔のつむぎに手を差し出され、照れくさそうにしながらその手を握る凪。
   凪とつむぎ、手を繋いで帰る。

〇アパート・月島家・居間(夕方)
   帰ってくる凪。
凪「ただいまー!」
   凪、椅子に座っている美歩に抱きつく。
美歩「おかえり、凪。学校、楽しかった?」
凪「うん! 今日みんなでドッヂボールして、ぼく、最後まで残ったんだよ」
美歩「すごい、ね」
   笑顔で凪の話を聞く美歩。

〇同・庭 
   庭に置いていた水槽を見に来る凪。
   水槽の中は空っぽ。
凪「コーラ?」
   庭の中を探しまわる凪。
   帰ってくる風太、外から凪を見て
風太「凪? どうした?」
凪「コーラがいなくなった!」

〇家の周り
   風太と凪、「コーラー」と呼びかけながら探し回るが、見つからない。
   辺りが暗くなってくる。
風太「もう帰ろう、凪。コーラも、自分の家に帰ったんだよ」
凪「コーラの家は、ぼくの家だよ」
風太「きっと、新しい家を見つけたんだよ」
   凪の手を取り、家へ歩き出す風太。
   凪、何度も後ろを振り返りながら歩いて行く。

〇同・居間(夜)
   机に勉強道具を広げ、宿題をしている風太と凪。
   凪、元気がない。
風太「大丈夫だよ、凪。コーラは、新しい家で元気にやってるよ」
凪「うん……」
   凪、宿題を片付けて席を立つ。
凪「おやすみなさい」
   元気なく居間を出て行く凪。

〇同・玄関(日替わり・朝)
   デイケアのミニバンが家の前に停まる。
   車椅子に乗せた美歩を押して、家から出てくる風太と凪。
   スタッフが美歩をミニバンに乗せると、風太と凪も乗り込む。

〇リハビリテーションセンター・屋内プール
   美歩、スタッフと風太と凪に支えられ、プールで歩くリハビリをしている。
   ゆっくりと、足を動かす美歩。
凪「お母さん、歩いてる!」
   嬉しそうな風太と凪。
     *   *   *
   スタッフに手を引かれ、ゆっくりとだが歩いている美歩の様子を、プールサイドから見ている風太と凪。
凪「お母さん、楽しそうだね」
風太「うん」
凪「もう、ぼくたちがいなくても、平気だね」
風太「え?」
   凪、プールに入り、泳ぎ始める。
   プールの真ん中へ泳いでいくと、膝を抱えて、じっと水中を見つめる。
   青く透き通った水の中は、しんと静か。
風太の声「もし、宇宙に放り出されたら。障害も、病気も、関係なくなる。金持ちも貧乏人も、みんな同じ、一つのあったかい光になって、宇宙の中の一つの星になる」
   無音の水中で、そっと目を閉じる凪。
   いつまで経っても顔を上げない凪に、心配そうな風太。
風太「……凪?」
   無音の世界で、目を閉じ、たった一人で浮いている凪。
   膝を抱える腕に力を込め、自分を抱きしめるように、小さく丸くなる。
風太「凪、おい、凪!」
   慌ててプールに飛び込む風太。
   急いで凪のそばまで泳いでいくと、凪を水中から抱え上げる。
風太の声「そうやって、また生まれるんだ」
   水から顔を上げた途端、爆発したように泣く凪。
   驚く風太に抱えられたまま、凪は赤ん坊のように、大声をあげて泣く。
   泣く、泣く、泣く。
   風太、途方に暮れたように凪を抱き締め、抱き締めながら、風太も泣く。

〇月島家・帰り道(夕方)
   美歩の車椅子を押しながら、家へ帰る道を歩く、風太と凪。
美歩『夕暮れに 仰ぎみる 輝く青空』
   たどたどしく、歌い始める美歩。
   驚く風太と凪。
   凪、嬉しそうに笑って
凪『日が暮れて たどるは 我が家の細道』
   元気良く歌う凪と、目を見合わせて微笑む美歩。
美歩・凪『狭いながらも 楽しい我が家 愛の火影の さすところ』
   凪、風太の手を握る。
   風太、笑って凪の手を握り返す。
美歩・風太・凪『恋しい家こそ 私の青空』
   家へ帰る美歩、風太、凪。
   輝く夕焼けが空に広がっている。

                  (了)

今日は映画何の日?

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