「自分を受け入れてくれた」伊藤健太郎と阪本順治監督の化学反応で生まれた映画『冬薔薇』

「自分はもう、失うものはなにもない」と、映画『冬薔薇(ふゆそうび)』のメイキングで語った伊藤健太郎。約1年ぶりの撮影、彼のまっさらな挑戦に手を差し伸べたのは、『傷だらけの天使』(97)、『北のカナリアたち』(12)など数々の名作を手がけてきた鬼才・阪本順治監督だ。阪本監督は伊藤に当て書きをした。12月2日にリリースされたブルーレイ&DVDに収録されるメイキングやオーディオコメンタリーには、彼が熟練の役者たちに囲まれて真摯に映画と向き合う姿や、監督の細部にわたる創作の秘密が余すことなく語られている。

伊藤健太郎に当て書きして生まれた「居場所がない人たちの物語」

『冬薔薇』の舞台は、ある港町。「将来はファッション業界に携わりたい」と話すも服飾の専門学校に行かず、地元の不良グループとつるみ、金にこまると友人や女にせびってはダラダラと生きる不誠実で中途半端な若者、淳(伊藤健太郎)。両親の義一(小林薫)と道子(余貴美子)は埋め立て用の土砂をガット船と呼ばれる船で運ぶ海運業を営むが、時代とともに仕事は減り、社員を食わせることで精一杯。淳は両親の仕事に興味も示さず、また両親も淳に対して何も言わない。フラフラ過ごす淳だが、ある日仲間が何者かに襲われる事件が起こり、そこから思いも寄らない展開が待ち受ける。

阪本監督はこれまでも主演の俳優に当て書きするスタイルを得意とし、本作も伊藤健太郎に当て書きするオリジナル脚本でストーリーを練っていった。「彼(伊藤)と出会わなかったら一生、石橋蓮司(阪本監督作品の常連)で作品を撮っていたと思う(笑)」と別のインタビューで語っていたように、自分が共感できる年齢層の作品を作ってきた監督にとって、40歳という年齢差がある役者と作品を作るのは試練だったろう。初対面で2時間みっちりと、彼の生い立ちや家族・友人との関係、ナーバスな思春期、順風満帆だった俳優人生の暗転とこれからのことを話したことで、「居場所のない人たちの物語」というテーマにたどり着いた。

それは、あまりにも彼に重なるテーマだった。伊藤はメイキングの中で「(監督やスタッフが)自分を受け入れてくれた。それがありがたかった」と話していた。家族や旧知の友人、職場などある程度安心できる場所にいると気付きにくい感覚だと思うが、「受け入れてくれるかどうか」を心配する彼の心情が垣間見える一言に、拠り所がわからず孤独を抱える淳そのものを見たような気がした。大きく口を開けて笑うことも、本心を話して涙することもない。怒りや暴力でしか感情を示せない淳がまとう圧倒的な孤独感は、伊藤自身ともつながっているのだろう。

愛し方も、愛され方もわからない

その孤独の根源は、両親との関係にあると思う。淳が両親に対して何も返さないように、両親も淳に対して何も言わない。決して絶縁状態にある悪い親子関係ではないけれど、物語が進むほど、彼を知ろうとも怒ろうともしない両親の姿も、親子における深い溝の原因であるとわかってくる。『愛の反対は憎しみではなく無関心である』という言葉を重ねてしまいそうになるほど、その関係は冷め切っているのだ。とくに、父親との会話はぎこちなく、目を合わせることもほとんどない。淳が怪我をさせてしまった人物に「君は謝らないんじゃなくて、謝れないんだね」と言われるように、父親も「怒らないんじゃなくて、怒り方がわからない」のかもしれない。

ある場面で、淳が父親に向かって「たまには俺になんか言ってくれねえかなあ。死んじまえでもなんでもいいから、何か言ってくれよ」と訴える。ものすごく気持ちがわかった。愛し方も愛され方もわからない、淳なりの精一杯の本心だと受け取った。身勝手かもしれないし、強く愛情を欲する子どものような欲望に、義一は揺らぐ。すぐに反応はできないし、簡単な励ましもしないけれど、彼なりの不器用なやり方で息子と接しようとしていた。それでもやっぱり、すべてがうまくいくわけじゃないのが、現実であり私たちの学びになるのだ。変わりたくても変われるほど人間は簡単ではなく、生きていくことの厳しさを説くようなラストに、冬薔薇という花の様を重ねた。

伊藤健太郎の切実な想いと阪本監督の細部にわたる演出の話

一年ぶりにカメラの前に立った、伊藤健太郎。その怖さは計り知れない。しかし、手を差し伸べてくれた阪本監督をはじめ、日本映画界きっての実力派俳優たち、スタッフたちに精一杯応えようとしている姿や想いが、ブルーレイ&DVDに収録された約41分のメイキングフィルムから感じられた。

約3週間、オールロケで進んだ撮影。撮影初日は緊張した面持ちだった伊藤も、共演歴のある坂東龍汰や共通の友人が多いという永山絢斗など同世代と交流しながら、すこしずつ笑顔が出てくる。そして、共演する役者一人ひとり、それはメインに限らないキャストも含めてそれぞれの印象や一緒にお芝居できたよろこびをカメラに向かって語っていた。一方、主要キャストや監督は伊藤健太郎の印象や芝居についてメッセージを残し、互いに受け入れて、いい環境で撮影が進んでいったことを感じる。クランクアップ、薔薇の花を片手にキャストやスタッフに向けた言葉とその表情から、彼の切実な思いを受け取る。交わされた約束の重みと決意は、たしかに映画にもメイキングにも刻まれている。

ベテラン俳優たちのアンサンブルは彼にとって刺激的な時間だったはず。現場では積極的に話しかけている様子は映されていなかったが、阪本監督と伊藤健太郎によるオーディオコメンタリーで「撮影のあとに一緒にごはん屋さんに連れて行ってもらったんです」というエピソードが飛び出す。こうした話以外にも、とにかく細かい撮影中のエピソードが次々と飛び出し、とくに阪本監督の美術や設定など絶対に気がつくことができない演出の裏話がこれでもか、というほど盛り込まれている。たった1シーンでどれだけのことを考え、こだわりを詰め込んでいるのか。阪本監督ならではの映画論をまるっと2時間受講するような贅沢なオーディオコメンタリーとなっており、映画製作に関わる人や往年の映画ファンにはたまらない時間だ。

映画を全部見終えたとき、そこには様々な感情が残るだろう。前述した通り、変わりたくても変われるほど人間は単純ではないし、人生は思うようにいかない。オープニングとラストで同じ構図のカットを重ねて何かを語ろうとする映画は数あれど、これほどシビアに「現実」というものを主人公に語らせるとは、意外な展開に痺れた。それは、監督から伊藤健太郎へのメッセージのようでもあり、淳の表情を見つめながら、厳しくも咲こうとする人間でありたいと思わされた。

文=羽佐田瑶子 制作=キネマ旬報社

 

「冬薔薇」
●12月2日(金)Blu-ray&DVDリリース(レンタルDVD同時リリース)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:6,380円(税込)
【映像特典】(72分)
・メイキング
・完成披露上映会
・初日舞台挨拶
・劇場予告編
【音声特典】
・伊藤健太郎×阪本順治監督 オーディオ・コメンタリー
【印刷特典】
・伊藤健太郎×阪本順治監督 直筆メッセージ(印字)

●DVD:4,290円(税込)
【映像特典】
・劇場予告編

●2022年/日本/本編109分
●出演:伊藤健太郎、小林薫、余 貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司
●脚本・監督:阪本順治
●発売元:キノフィルムズ/木下グループ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2022「冬薔薇(ふゆそうび)」FILM PARTNERS

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