17という“忌み数”が、SNS社会に警鐘を鳴らす ―アカデミー賞受賞監督作「英雄の証明」

ベルリンとカンヌ国際映画祭で数々の賞に輝き、「別離」、「セールスマン」で2度のアカデミー賞を制した現代イランの巨匠、アスガー・ファルハディ監督の「英雄の証明」がBlu-rayとDVDで12月2日にリリースされた。

古(いにしえ)から存在する“忌み数”

不運を導く、あるいは、不吉だとされる数字がある。例えば、殺人鬼を描く「13日の金曜日」(80)や、有人月飛行事故を描いた「アポロ13」(95)などの〈13〉は、映画における代表格。〈13〉という数字は、おもに西洋で“忌み数”とされてきた経緯がある。同様に〈ヘプタデカフォビア〉と呼ばれる、ラテン語を起源とした“忌み数”が存在する。それはローマ数字の〈17〉=〈XVII〉が、「私は生きていた」という一文のアナグラムになっていることから転じて、「私は死んでいる」との解釈を導いたことを由縁としている。つまり〈ヘプタデカフォビア〉とは、〈17〉という数字に対する恐怖症のことなのだ。

なぜこのような話をするのかというと、「英雄の証明」(21)には、映画の設定としてはあまり馴染みのない〈17〉という(やや中途半端な)数字が登場するからである。この映画の主人公は、借金を返せなかった罪で投獄されている看板職人のラヒム。そんな彼の婚約者が、金貨の入ったバッグを偶然拾ったことをきっかけに物語が転がり始める。金貨を元手に訴訟を取り下げてもらおうと試みるも、示談は決裂。不正に対する罪悪感も伴って、ラヒムは金貨を落とし主に返却することを決意するのだ。この金貨の枚数というのが〈17〉枚なのである。

「ある事象を描かない」ことで観る者に推測させる

アスガー・ファルハディの監督作品の特徴に、「決定的なある事象を描かない」ことが挙げられる。フラッシュバックなどの手法で、過去を描くことがないのだ。例えば過去作においても、「彼女が消えた浜辺」(09)では女性が姿を消してしまったことを誰も見ていないし、「別離」(11)では冒頭に起こった事件を誰も目撃していない。基本的に現在の出来事が時系列に沿って提示されるため、観客は過去にあった出来事を推測しなければならないのだ。「英雄の証明」でも、婚約者が金貨を拾ったことは、ラヒムにとってだけでなく、観客にとっても伝聞でしかないのである。

金貨を返却することが美談とされたラヒムは、正直者の囚人としてSNSを中心にして英雄へと祭り上げられてゆく。つまり、そのプロセスもまた伝聞なのである。経営破綻したアリタリア航空の旅客機では、〈17〉列が欠番になっていたという“忌み数”への配慮があった。とはいえ〈ヘプタデカフォビア〉は都市伝説のようなものだ。都市伝説もまた伝聞によるものでしかなく、科学的な裏付けなどない。それゆえ「英雄の証明」は、“忌み数”をモチーフにしながら、我々がかような伝聞に古(いにしえ)から翻弄され続けているという悪しき普遍性の愚かさを告発するのである。

文=松崎健夫 制作=キネマ旬報社

 

「英雄の証明」

●12月2日(金)Blu-ray&DVDリリース(同日DVDレンタル開始)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

●Blu-ray:¥5,280(税込) DVD:¥4,290(税込)
【映像特典】
・日本版予告

●2021年/イラン・フランス/本編127分
●監督・製作・脚本:アスガー・ファルハディ
●出演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデ、サハル・ゴルデュースト、サリナ・ファルハディ
●発売元:株式会社シンカ 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
©2021 Memento Production Asghar Farhadi Production ARTE France Cinema

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