「捨てるなら、最初から産むなよ」 『ベイビー・ブローカー』が観る人の良識に問う、幸せの意味

生まれた我が子を育てられない親のために設置された「赤ちゃんポスト」を通して、訳ありの人々が奇妙な「縁」で繋がっていく姿を、『万引き家族』の是枝裕和監督が韓国の人気俳優陣の共演で綴ったドラマ『ベイビー・ブローカー』が、12月2日(金)よりDVDとBlu-rayでリリースされた。

日本と韓国の才能が「一つ」となって生まれた記念碑的な作品

「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊をこっそり連れ去り、子宝に恵まれない夫婦に斡旋する“ベイビー・ブローカー”の裏稼業に勤しむ二人の男、サンヒョンとドンス。彼らは自分の子を一度はポストに預けながら、その後に思い直した若き母親・ソヨンとひょんなきっかけで知り合い、成り行きから共に赤ん坊の養父母探しの旅に出る…という昔ながらの「ロードムービー」の体裁で綴られていく本作。2018年『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドール受賞という栄誉に輝き、今や日本を代表する映画監督の一人となった是枝監督にとって、2019 年にフランスで撮り上げたドラマ『真実』に続く、海外資本の2作目となる作品だ。

是枝監督は、アジア映画初の快挙となったアカデミー作品賞の受賞を初め、世界中で絶賛を集めた傑作『パラサイト 半地下の家族』で主演を務めるなど、数々の名作・話題作に出演してきた韓国映画界の名優ソン・ガンホと以前より親交を温めていたそうで、彼を初めとした韓国の優れた俳優たちと一緒に仕事ができる機会を、長年探っていたと言う。その意味で本作は、日本と韓国の映画界の誇る才能が、国の垣根を越えて「一つ」となることで生まれた、映画史に新たな1ページを刻む作品と言えるだろう。その結果として、本作は2022年度のカンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞(ソン・ガンホ)とエキュメニカル審査員賞の2冠受賞の快挙を達成。今後の映画賞レースでも、健闘が大いに期待されている。

是枝監督自身の言葉で語られる「幸運」に満ちた撮影の舞台裏

今回Blu-ray コレクターズ・エディションに収録されたオーディオ・コメンタリーでは、本編を鑑賞しながら、是枝監督が撮影時の秘蔵エピソード(やんちゃな行動で周囲を困らせた子役の少年にまつわる裏話や、撮影中に赤ちゃんが偶然見せた仕草によって生まれた奇跡的な瞬間など)を、ユーモアたっぷりに披露している。その中でも、監督が何度も「幸運だった」と語っているのが、韓国映画ファンなら誰もが驚く豪華キャスト陣による息の合った交流によって生まれた、演出の意図を超える「リアル」を捉えた瞬間の数々だ。

脚本の段階から、本人たちが演じる事をイメージして当て書きされていたという主演のソン・ガンホとカン・ドンウォン、そして彼らの犯行を追う刑事に扮したぺ・ドゥナ(彼女は2009年、是枝監督の『空気人形』にも主演している)に加え、物語のキーパーソンとなる秘密の過去を抱えた母親・ソヨンを、K-POP界の超人気シンガーソングライターIU(アイユー)ことイ・ジウンが演じている。彼女が主人公二人と初めて言葉を交わす場面で、ベテラン俳優相手にもまったく怖気づかない表情を見た時、是枝監督は「彼女をこの役に選んで正解だった」と確信したと言う。また大ヒットドラマ『梨泰院クラス』のヒロイン役で一躍注目されたイ・ジュヨンも、ぺ・ドゥナと行動を共にする後輩の刑事を演じ、観る者の目を奪う熱演を見せる。彼女たち二人は、是枝監督が2020年以降のコロナ禍で外出自粛となっていた時期に、配信サイトなどでK-POPや韓国ドラマにハマっていたことでその存在が目に留まり、今回のキャスティングに繋がったのだそうだ。

同じく特典映像に収められたキャスト来日舞台挨拶の中で、母親を演じたイ・ジウンは「観た人が彼女に抱く印象が、立体的に感じられるように演じました」と、その演技プランを語っているが、是枝監督の演出と脚本、そして俳優陣の深い洞察力が見事に結実した場面の数々は、どの人物も複雑な想いを内に秘めた、単純な「善人」「悪人」という区切りでは判断できない存在として描かれている。監督自身がコメンタリーの中で「場面によっては、観た人の30%くらいに伝われば良いと思っていた」と言う、初見では見過ごされそうな微妙なニュアンスが込められた描写も含め、監督による解説を参考にしながら2度3度と鑑賞する度に、より本作の深い魅力が楽しめるはずだ。

立場の違いを越えて心に残る、孤独な人たちの「箱」をめぐる物語

是枝監督はオーディオ・コメンタリーの中で、全編で用いられるモチーフとしての「箱」の存在を、意図的に作品内に盛り込んだと語っている。冒頭、赤ん坊がポストに預けられる際の小さな箱はもちろんのこと、主人公たちが旅の過程で同乗するボックスカー、彼らが一緒に布団を敷いて宿泊するホテルの部屋、そして後半で印象的に登場する遊園地の観覧車と、子どもを守るだけでなく、行き場の無くなった大人たちの壊れそうな心を「一つ」に収めてくれる箱の存在。それは街の片隅で孤独に瀕する人々や、互いに心を通わせることのない「家族」が増えた今の世の中では、ある意味で皮肉とも言える「肩を寄せ合える場所」に守られた、温もりを感じさせる光景だ。

また「赤ちゃんポスト」という、人によっては厳しい目を向けられそうな存在に対しても、映画の冒頭でぺ・ドゥナ扮する刑事が、赤ん坊を置き去りにした母親を見てつぶやく一言「捨てるなら、最初から産むなよ」という言葉が物語の「スタート地点」となるのも興味深い。この世間一般の「良識」を代弁するような言葉を放った彼女の感情が、ブローカー達の旅を追跡する過程で、どの様に変化していくのか。映画を観終わった後には一体何が「正解」なのか、誰もがそれぞれの心に問い直さずにはいられなくなるだろう。

主演のソン・ガンホは舞台挨拶の檀上で「これは日本や韓国といった国籍を問わず、今この世に生きている私たち、誰もが共有すべき物語です」と語っている。登場人物の過ちだらけの行動を「諭す」愚は冒さず、彼らの悲しい過去を背負った「泣き顔」よりも、束の間の触れ合いが生む「笑顔」を切り取る事に重きを置いた、是枝監督の寡黙で優しい眼差しは、きっと何処かで「自分はここにいて良いの?」と悩みながら日々を生きている多くの人に、この世知辛い現実を生き抜く仄かな「希望」を灯す種火として、心の奥に残っていくのではないだろうか。

なお、GAGA★ONLINE STORE(https://store.gaga.co.jp/)では、是枝監督の監修による映画本編の写真素材が使用された2023年特製カレンダーとアウタースリーブ付属の、同サイトでのみ購入可能な初回限定Blu-ray コレクターズ・エディションも併せてリリースされる。映画の名場面をいつでも写真から振り返ることが出来るファン必携のアイテムとして、手元に置かれることをお勧めしたい。

文=Takeman 制作=キネマ旬報社

 

『ベイビー・ブローカー』

●12月2日(金)Blu-ray&DVDリリース(同日DVDレンタル開始)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら

【GAGA★ONLINE STORE限定販売】※GAGA★ONLINE STOREでの販売のみです。
●初回生産限定 Blu-rayコレクターズ・エディション:6,380円(税込)
【特典】
・2023年特製カレンダー・
・特製アウタースリーブ
【音声&映像特典】
・是枝裕和監督オーディオ・コメンタリー
・来日記念舞台挨拶
・カンヌ国際映画祭ダイジェスト
・ソン・ガンホ カンヌ国際映画祭受賞会見
・キャストグリーティング
・予告編集
・キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)
・プロダクション・ノート(静止画)

【一般販売】
●Blu-rayコレクターズ・エディション:6,380円(税込)
【特典】
・初回生産限定 特製アウタースリーブ
【音声&映像特典】
・是枝裕和監督オーディオ・コメンタリー
・来日記念舞台挨拶
・カンヌ国際映画祭ダイジェスト
・ソン・ガンホ カンヌ国際映画祭受賞会見
・キャストグリーティング
・予告編集
・キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)
・プロダクション・ノート(静止画)

●スタンダード・エディション Blu-ray:5,280円(税込) DVD:4,180円(税込)
【映像特典】
・予告編集
・キャスト・スタッフ プロフィール(静止画)※Blu-rayのみに収録
・プロダクション・ノート(静止画)※Blu-rayのみに収録

●2022年/韓国/本編130分
●監督・脚本・編集:是枝裕和
●出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ぺ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
●発売・販売元:ギャガ
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