3人が見つめる向こう側、稲垣吾郎主演「半世界」

「こっちも世界なんだよ」-映画「半世界」

「半世界」とは、言い得て妙なタイトルだ。戦前に活躍した写真家、小石清が1940年に催した写真展の名前で、監督の阪本順治は、数年前の再展示を見てこの言葉、そして内容に感銘を受けたそうだ。小石は日中戦争の従軍カメラマンとして中国に渡るが、そこで撮った写真は『象と鳩』など、日常を切り取ったものばかりだった。
全世界に対する、半世界。半分の世界というより、マクロに対するミクロのような、狭い入り口を通り抜けた向こう側にある世界のような、そして人生の半分のような。映画は、小さな町で暮らす男の世界が、外の世界を見てきた同級生の帰還によって波立つ様を淡々と描きながら、さまざまな問いを観る者に投げかけてくる。

3人の距離感が織りなす絶妙なバランス

稲垣吾郎が演じる、炭焼き職人の紘は生まれた町から出ることなく40歳を迎えようとしている。職人として何かモットーがあるような、特別意識が高いわけではなく、父親への反発心から、逆に自分にだって出来るという気持ちで仕事を続けてきた。経営は芳しくなく、中学生の息子は反抗期だし、同級生で中古車販売業の光彦(渋川清彦)と焼酎を呑むくらいが楽しみの無骨な男だ。しかし、旧友で元自衛隊員の瑛介(長谷川博己)が妻子と別れて帰郷すると、紘は何くれとなく世話を焼く。瑛介は海外派遣先で、心のバランスを崩してしまっていた。
物語の主人公とは、問題意識が強かったりすることが多いが、紘は誠実ではあるものの受け身で、日々の暮らしに埋没してしまっている。世界よりも世間という言葉がふさわしい、紘の逞しさと少々の頼りなさを、稲垣が繊細に演じてみせる。瑛介役長谷川の鋭敏さ、光彦役渋川の鷹揚さ、と共にとても良いバランスで、3人が中学校では目立っていただろうことも想像させる。光彦によれば、3人は〝二等辺三角形〟で、紘と瑛介が人気者だったのだと言うことだが。3人が田舎町にしては格好良過ぎではないか、という声もあるが、それは地方というものへの偏見だろう。3人の距離感もちょうど良い。男臭さは薄く、どちらかと言えばフェミニンな匂いさえある。

それぞれの向こう側にある世界

紘にも、光彦の店にも、世間を通して、グローバリゼーションの波が押し寄せる。自分を保つことは、外に出ても出なくても、大変だ。「お前は世界を知らない」と言う瑛介に対し、「こっちも世界なんだよ」という紘の声は、大きな世界を相手にしていると思いがちな現代人へ突き刺さる。同時に、紘のいる日常もとても危ういバランスの上に立っているのだが。
妻役の池脇千鶴が、凛とした大人の女性として存在していて美しい。今年の日本映画の顔となる一本だ。

文=石津文子/制作:キネマ旬報社(キネマ旬報10月上旬特別号より転載)

「半世界」

●10月2日発売
●豪華版Blu-ray(初回限定生産)6800円+税、Blu-ray(通常版)4800円+税
豪華版DVD(初回限定生産)5800円+税、DVD(通常版)3900円+税
●脚本・監督/阪本順治 撮影/儀間眞悟 音楽/安川午朗
●出演/稲垣吾郎、長谷川博己、池脇千鶴、渋川清彦、竹内都子、杉田雷麟、菅原あき、牧口元美、信太昌之、堀部圭亮、小野武彦、石橋蓮司
●2018年・日本・カラー・本篇120分
●【豪華版Blu-ray(初回限定生産)・Blu-ray(通常版)】
16:9[1080p High-Def]ビスタサイズ・2層・Dolby TrueHD 5.1chサラウンド(オリジナル)/Dolby TrueHD 2.0chステレオ(オーディオコメンタリー)
【豪華版DVD(初回限定生産)・DVD(通常版)】
16:9LBビスタサイズ・片面2層・ドルビーデジタル5.1chサラウンド(オリジナル)/ドルビーデジタル2.0chステレオ(オーディオコメンタリー)
●特典/劇場版予告篇、オーディオコメンタリー【稲垣吾郎×阪本順治監督】(すべてに収録)、メイキング映像、先行舞台挨拶、東京国際映画祭レッドカーペット映像(豪華版Blu-rayと豪華版DVDのみ収録)
●発売/キノフィルムズ/木下グループ 販売協力/ハピネット・メディアマーケティング
©2018「半世界」FILM PARTNERS

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