福島の映画館の存続に込めた復興への強い思い―高畑充希主演「浜の朝日の嘘つきどもと」 

福島の映画館の存続に込めた復興への強い思い―高畑充希主演「浜の朝日の嘘つきどもと」 

舞台となるのは福島県南相馬市に実在する100年近い歴史を持つ映画館。この1923年創業の映画館『朝日座』を活かして、映画愛に溢れるオリジナルストーリーを描くのが9月10日より全国公開される「浜の朝日の嘘つきどもと」。高畑充希が主演を務め、「ロマンスドール」(2020)「百万円と苦虫女」(2008)などのタナダユキが監督・脚本を手掛けている。

舞台は100年近い歴史を持つ映画館

物語は、経営難で売却・解体間近となっている古びた名画座の映画館『朝日座』に、高畑充希演じる主人公が現れるところから始まる。彼女は茂木莉子と名乗り、閉館のためにフィルムを燃やそうとしているオーナー支配人の森田保造(柳家喬太郎)に、『朝日座』を立て直すため東京からやってきたと告げる。見知らぬ女で口も悪いし強引だが、一生懸命に立て直し計画を進めていく莉子の熱意に少しずつ心を動かされた森田は、『朝日座』存続のため、共に奮闘することになる。

莉子というのは偽名で、彼女が嘘をつきながらも『朝日座』を存続させようとするのには理由がある。実は福島県出身で、10年前の高1の時に東日本大震災が起きたことが、彼女の高校生活を多いに狂わせた。しかし人生まで狂わされずに済んだのは、暗闇に手を差し伸べて救ってくれた恩師が居たから。莉子が『朝日座』を訪れたのは、恩師である数学教師の茉莉子(大久保佳代子)とのある約束を果たすためであり、物語は現在と過去の双方を行き来しながら綴られていく。

全編に溢れるタナダユキ監督の映画愛

主人公の茂木莉子を演じる高畑充希は、感情的にもふり幅の大きい過去の高校時代から27歳になった現在までの役を違和感なく見せているだけでなく、身勝手にも思われかねないキャラクターを嫌味なく愛すべき存在として演じている。

そして本作には、主人公以外にも二人の中心人物がいるが、このキャスティングが個性的かつ絶妙で面白い。朝日座の支配人の森田保造役を落語家の柳家喬太郎、莉子の人生に大きな影響を与える茉莉子先生役をお笑い芸人の大久保佳代子が演じている。二人ともそれぞれに独自の軽やかさや温かみがあり、少しいい加減でだらしないけれど芯のある人間臭い人物を魅力的に好演。それぞれの高畑との掛け合いも軽妙で見所だ。さらには彼らの周りを、甲本雅裕、神尾佑、光石研、吉行和子、大和田伸也、六平直政、斉藤暁らのベテラン俳優たちが固めており、多彩なキャスティングとなっている。

そして、劇中には映画ファンの心をくすぐるようなポイントが満載。D.W.グリフィス監督作「東への道」(1920)、バスター・キートン&エディ・クライン監督作「文化生活一週間(キートンのマイホーム)」(1920)、増村保造監督作「青空娘」(1957)、瀬川昌治監督作「喜劇 女の泣きどころ」(1975)、ホアン・シー監督作「台北暮色」(2017)などの映画の一部が使用されるほか、台詞としてたくさんの映画タイトルが登場したり、登場人物の名前が映画人からとられていたりと、タナダ監督の映画愛とその遊び心が全編に散りばめられている。なお、舞台となっている朝日座は、現在は常時稼働はしていないが、企画上映を行ったり、近所の方の憩いの場になっているそう。誰もが機会があればぜひ訪れてみたいと思うような味わい深さがある。

震災から10年、これからもこの地で生きていく 

東日本大震災と福島の原発事故から10 年。その中を生きてきた様々な人々の思いを映画愛と重ねて描いた本作。福島中央テレビ開局50周年記念作品である本作は、震災から10年経った福島発の映画を作ろうと企画され、その舞台として選ばれたのが、太平洋戦争の戦災、震災や原発の被害、台風の水害などを100年近くにわたって乗り越えてきた南相馬市の朝日座だったという。この懐かしい味わいのある素敵な映画館を、様々な人々の支えで存続させようとする本作の物語には、どんなことがあってもこの地で生きていくという復興への強い思いが込められている。まだまだ苦難は多いし、くじけそうになったり、諦めなければいけないこともあるだろうが、それでも力強く生きていくという不変的なメッセージを、声高でなくユーモアも交えて軽やかに描いている。また、様々な人々の思いを多面的に見せようしているところにも、タナダ監督の優しい視点が感じられる。

ちなみに本作には、後日談となる同名タイトルのドラマ版もある。そこでは、映画版にも少しだけ登場する竹原ピストルが、高畑と共にW主演。第58回ギャラクシー賞テレビ部門“選奨”を受賞するなど単体でも高い評価を受けており、地上波では既に放送済の地区が多いが、現在各配信サイトなどで見ることができる。映画のラストの続きが描かれているので、こちらもあわせて観るとより一層楽しめることだろう。

文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社

「浜の朝日の嘘つきどもと」

9月10日(金)全国ロードショー(8月27日(金)より福島県先行公開中)

公式サイト:hamano-asahi.jp 公式SNS:@hamano_asahi
出演:高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子、甲本雅裕、佐野弘樹、神尾 佑、竹原ピストル、光石 研、吉行和子
脚本・監督:タナダユキ
主題歌:Hakubi「栞」(unBORDE)
制作プロダクション:ホリプロ
配給:ポニーキャニオン
2021/日本/114分
©2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

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