女の“よこがお”とそこに秘められた人生。 深田晃司監督が映画「よこがお」に忍ばせた思いとは

女の“よこがお”とそこに秘められた人生。
深田晃司監督が映画「よこがお」に忍ばせた思いとは

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞に輝いた「淵に立つ」から2年。深田晃司監督と女優の筒井真理子が再びタッグを組んだ「よこがお」がBlu-ray&DVDでリリースされる。絶望の淵から、ささやかな復讐に踏み出す女の「よこがお」とは?

「役に熱が入ると記憶を失くす」。筒井真理子さんに見た女優の底力

深田:「『よこがお』。片方は見えていて、片方は見えていないという、人の多面性を連想させるタイトルですね。あと、『よこがお』と掲げておくと、何気なく撮っている顔に色んな意味が出てくるのが面白かったです。見ている人も、タイトルに影響されて深読みしてくれる(笑)」

―と深田晃司監督が語る「よこがお」。献身的な訪問看護師の市子が、ある事件をきっかけに“無実の加害者”となり、転落していく姿を描く。主人公の市子を、『淵に立つ』に続く深田作品となる筒井真理子が演じた。

深田:「改めて筒井さんの女優としての底力を感じました。基本的に巧く、すごく準備もされるんですね。取材するし、共演者とコミュニケーションをとるし、演技のすり合わせもする。それでいざカメラの前に立つと、ゼロになる。本人曰く「役に熱が入ってくると、記憶を失くす」。準備通りに演じるのでなく、カメラが回ってからは、状況や共演者に反応してゆく。今回は出ずっぱりで、しかも事件が起きてからはダメージが蓄積され、キャラクターが変わって、と振れ幅が広い。精神的に追い込まれる役なので、本人も『淵に立つ』のとき以上に集中力が上がっていたと思います」

―市子への“憧れ以上”の思いが報われず、裏切りに転じてゆく基子に扮するのは、市川実日子。そしてすべてを奪われた市子が、リサと名を変えて復讐のために近づく和道を、池松壮亮が演じる。

深田:「基子役は、そこにある陰みたいなものを、演技でなく存在で醸し出せる人を想定していたので、市川さんはすごくはまりました。池松さんは、いつも通りの池松さんでいてくれることが大事な役だったので。舞台挨拶のとき、彼は役について「(他の人物と)無関係でいる」と説明しましたが、和道は訳もわからず巻き込まれていく人物なので、正しい解釈だなと思いました」

光と影がせめぎ合う〈顔〉と、過去を浮かび上がらせるフラッシュ

―〈顔〉を照らす/覆い隠すことで、物語を転じさせる〈光〉。市子の運命を一変させた事件の被害者=サキと加害者=辰男、ふたりが出会う喫茶店に差した光は、すでに不吉な影を伴っていたのかもしれない。

深田:「ガラス越しにふたりは対面しますが、物語的に、サキが辰男に会ったことを認識しない状況をつくらなければいけない。そこで西陽を差して、辰男の顔に影が落ちる。途中から差すことで、場面に変化も出て面白くなりました」

―そして夜の公園。市子に思いを吐露する基子の表情は、街灯によってシルエットに塗り込められ、識別できない。

深田:「顔に影を落として何を考えているかわからなくする演出は、昔からやりたくて。漫画ではつげ義春がよくやる表現で、映画だと小津安二郎が『浮草』でラディカルにやっています。今回は『浮草』をカメラマンと照明部に見てもらい、これをやりたいですって伝えて。街灯は照明部に作ってもらいました」

―〈光〉は時の隔たりも一瞬で飛び越えるようだ。記者たちが市子に浴びせるフラッシュ=〈過去〉の光が、市子と和道が踊るクラブの照明=〈現在〉の光へと、編集によって繋がれる。また、身体を重ねていた市子と和道が、扉を開けて〈光〉に照らされた途端、それが押入れの中だったことがわかる〈現在〉のシーンは、基子が〈過去〉に押し入れで行った秘密の行為の記憶を浮上させる。

動物とディスコミュニケーション、すれ違い続ける人間のごとく

―さまざまな〈動物〉の登場も印象的だ。

深田:「動物は子どもと同様、動きが読めないから面白いですね。動物園のシーンで、市子も基子も和道も、ちょっとずつ自分の秘密を喋ります。普段の社会生活では言えないことも、ぽろっと言えてしまう。いわば人の動物的な部分が出てくる空間として、動物園はちょうどよかった。市子が犬を真似るシーンもありますが、人間としての社会性を剥奪され、動物のようになっているイメージですね」

―家族のかたち、人物の性的嗜好などに特徴が見える気がするのは—。

深田:「両親のいる家庭や、男女の恋愛のときには訊かれないのに、父子家庭やLGBTになると着目されてしまいますね。芸術や文化が目指すべきは、そうした疑問が意味をなさなくなる社会だと思うんです。そのための一つの方法が、多数派ではない人物の関係性を、当たり前のようにしれっと描いてしまうことだと思っています」

―多様な顔を浮上させつつ、物語はディスコミュニケーションを突きつける。

深田:「人はすれ違いの中で生きるしかない。わかり合えるかなんてわからないし、わかり合えていると思い込みながら、孤独な肉体を抱えてゆくしかない。映画をつくることは、人間とは何かを問うことだと思うんです。例えば人物の感情や性格が、あまりに説明的な演技や筋書きで描かれた作品は、古いな、19世紀以前の人間観だなと感じます。そもそも本音を喋っているつもりでも、それが本音かどうかなんて、本人にもわかるわけがない。心とは曖昧なものなのに、それを確かなものであるように描いてしまうのは不自然でしかない。だから自分が現代的な映画をつくろうとすれば、そうした不確かさを孕んだものになります」

―映画で描かれた事件の真相は、闇の中。そして〈横顔〉も、さらには深田作品の相貌も、同じようにブラックボックスだ。変幻する光量で、惑わせてゆく。

 

深田晃司

ふかだ・こうじ:1980年生まれ、東京都出身。大学在学中に映画美学校で映画制作を学び、劇団「青年団」に入団して演出部で活躍する。一方で自主映画も制作し、中篇映画『ざくろ屋敷 バルザック「人間喜劇」より』(06)と長篇映画『東京人間喜劇』(09)を監督。2010年の『歓待』で東京国際映画祭の日本映画「ある視点」部門作品賞や、プチョン国際ファンタスティック映画祭最優秀アジア映画賞を受賞し注目を集める。その後も『ほとりの朔子』(13)、『さようなら』(15)などを監督し、『淵に立つ』(16)ではカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞に輝くなど、国際的な評価を得ている。

文=広岡歩/制作:キネマ旬報社

よこがお

●2020年1月22日発売
●Blu-ray特別版:5,800円+税
【特典DISC】
・よこがお メイキング
・イベント映像集(完成披露試写会/公開記念舞台挨拶)
・深田監督責任編集 ロカルノ映画祭記
・未公開シーン集
【初回限定 外装・封入特典】
・インターナショナル版アウタースリーブ付
・よこがおポストカードセット(3種) 封入
●DVD:3,800円+税
●監督・脚本/深田晃司
●出演/筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、須藤 蓮、小川未祐、吹越 満
●2019年・日本・本篇111分
●発売・販売元/ポニーキャニオン
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