カール・テオドア・ドライヤー カール・テオドア・ドライヤー

  • 出身地:デンマーク、コペンハーゲン
  • 生年月日:1889年2月3日
  • 没年月日:1968年3月30日

略歴 / Brief history

【神とサタン、人間の犠牲と受難を描く】デンマークのコペンハーゲンで、農場主イエンス・クリスチャン・トルプと、メイドとして雇われていたスウェーデン人ジョセフィンとの間に生まれた。2年間は孤児院で暮らし、植字工カール・テオドール・ドライヤーに引き取られた。養父母は厳格なルター派の信者で、幼児期はあまり幸せではなかったという。だが、勉強ができたので、16歳で家を離れて高等教育を受けた。18歳になった時、母が堕胎を試み、彼の出産直後に死亡したということを知り、ショックを受ける。彼の映画に、犠牲になった女性が多く登場するのは、実母の悲劇が影響していると言われ、また養父母の教えも彼の映画に大きな影響を与えた。1909年から13年までジャーナリストとして働き、その後、無声映画の字幕カードを書く仕事を始め、脚本も手がけるようになる。最初に映画として結実したのは12年のラスムス・オテセン監督による“Bryggerens Datter”で、19年のメロドラマ「裁判長」で監督デビューを果たす。21年には、キリスト時代のエルサレム、16世紀の宗教裁判、フランス革命、20世紀初頭のフィンランドと、四つの時代にサタンが忽然と現れて、人間を誘惑し堕落させようとするという「サタンの書の数ページ」を監督。完成後1 年半してやっとノルウェイのオスロで封切られたが、映画のペースが緩慢だと感じた上映者が短縮し、さらに回転速度を速めて上映。また、この映画のキリスト描写は神を冒.していると攻撃されたりもした。【海外での創作活動で高く評価】以後は、母国より外国で映画を撮ることが多かった。21年、ドイツに移り、室内劇映画の影響を受け、コペンハーゲンに戻って、暴君の父親が妻の家出をきっかけに改心するという「あるじ」(25)を監督。この作品で国際的に知られるようになり、日本で公開された彼の最初の作品ともなった。28年の「裁かるゝジャンヌ」で知られるようになり、独立プロで製作した「吸血鬼」(31)でその名声はピークに達するものの興行的には失敗に終わる。32年に映画界から引退してデンマークでジャーナリストに戻るが、43年には「怒りの日」を監督。国立映画センターの依頼で短編映画を製作することで生活費を稼いでいたが、52年に映画館ダウマー劇場の経営権を与えられて、短編映画を作る必要がなくなった。55年の「奇跡」でヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞。64年から、死亡する68年まで、キリストの生涯を描く作品の企画を暖め、ヘブライ語まで勉強するも、厳しい経済状況とリアリズム追求のために映画は幻のものとなった。88年には、ドライヤーの書いた脚本をベースに、ラース・フォン・トリアーの監督で「メディア」が公開されている。

カール・テオドア・ドライヤーの関連作品 / Related Work

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  • グロムダールの花嫁

    小作人の息子と地主の娘が、家族の反対や恋敵の嫉妬を押し切って、愛を成就させようとする様を描くメロドラマ。監督はカール・Th・ドライヤー。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。現存フィルムはオリジナルよりも50分ほど欠落している。
  • むかしむかし

    劇作家ホルガー・ドラックマンによる御伽噺を、カール・Th・ドライヤー監督が幻想的に映像化。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。現存フィルムはオリジナルの半分近くが欠落した不完全版。
  • ミカエル

    デンマークの作家、ヘアマン・バングの自伝的小説「ミカエル」を、カール・Th・ドライヤーが自身の趣向を織り込んで映画化。著名な画家・ゾレと、彼が養子に迎えた青年画家、美しき公爵夫人との三角関係を通して、人間の欲望と愛憎を描く。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 牧師の未亡人

    許嫁がいるのに前任牧師の未亡人と結婚しなければならなくなった神学生を描くコメディ。デンマークの映画監督カール・Th・ドライヤーがスウェーデン資本で撮ったサイレント映画。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 不運な人々

    『裁かるるジャンヌ』のカール・Th・ドライヤー監督が手掛けたドラマ。ひとりのユダヤ人女性の姿を通して、南ロシアにおけるユダヤ人受難の歴史を描く。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。現存するフィルム(84分)はオリジナルよりも40分ほど欠落している。
  • サタンの書の数ページ

    カール・Th・ドライヤー監督が人の弱さと狡さを4つの世界観で描いたサイレント映画。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 裁判長

    一族3代にわたる因縁話を描く、カール・Th・ドライヤー監督の記念すべき監督第1作。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 彼らはフェリーに間に合った

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。ガン撲滅協会とデンマーク文化映画が、撮影監督のプレベン・フランクに委託して制作した医学の宣伝映画。交通事故の恐ろしさを訴える宣伝映画で、ドライヤーの短篇映画の中で最も著名な作品。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 癌との戦い

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。ガン撲滅協会とデンマーク文化映画が、撮影監督のプレベン・フランクに委託して制作した医学の宣伝映画。ドライヤーは自分の作品とは認めていない。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • ストーストレーム橋

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。当時デンマークで最も長い橋であったストーストレーム橋に関する短篇ドキュメンタリー。橋の美しい形状が捉えられている。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 城の中の城

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。シェイクスピアの「ハムレット」の舞台とされたクロンボー城についての短篇ドキュメンタリー。ドライヤーが完成させた最後の短篇である。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • ゲアトルーズ

    デンマークの映画監督、カール・Th・ドライヤーの遺作にして、集大成とも言えるドラマ。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 二人の人間

    精神病院に勤める二人の医師が、一本の学術論文をめぐり、死へと導かれる醜い争いを繰り広げていく様を描くドラマ。ドイツ占領下のデンマークを離れたカール・Th・ドライヤーが、スウェーデンで撮影した。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 母親支援

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。未婚の母を支援する政府機関を紹介する作品。1930年代に英国ドキュメンタリー派と親交を結んだドライヤーの、最初の短篇PR映画。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 村の教会

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。デンマーク各地の村にある教会を紹介する短編映画でドライヤーは撮影監督プレペン・フランクとともに国内各地を旅をしながら撮影を進めた。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • トーヴァルセン

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。デンマークの新古典主義を代表する彫刻家ベアテル・トーヴァルセンについての短篇映画。とりわけ裸体彫刻の美に迫る。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 怒りの日(1943)

    鬼才、カール・Th・ドライヤー監督によるドラマ。前作から10年以上のインターバルをおいて、ドライヤーがナチス・ドイツ支配下の故国で完成させた。2003年10月11日より、東京・有楽町朝日ホール、京橋・フィルムセンター、渋谷・ユーロスペースにて開催された「聖なる映画作家、カール・ドライヤー」にて上映。
  • 奇跡(1955)

    デンマークの村を舞台に、現代では奇跡は起りえないと信じながらも、なお伝説の再現を待ちつづける人々を描く。製作はエーリク・ニールセン、監督は「吸血鬼」のカール・テオドール・ドレイエルで、カイ・ムンクの戯曲『言葉』を基にドレイエル自ら脚色。撮影はヘニング・ベントセン、音楽はポール・シーアベック、編集はエーディト・シューリュセル、美術はエーリク・オースが各々担当。出演はヘンリク・マルベルイ、エミル・ハス・クリステンセン、プレベン・レルドルフ・ライ、カイ・クリスチャンセン、ビアギッテ・フェザースピール、アイナー・フェーダーシュピール、ゲルダ・ニールセン、オーヴェ・ルー、ヘンリー・スケアー、アン・エリザベット、スサンネなど。
    70
  • 吸血鬼(1932)

    「あるじ」「裁かるゝジャンヌ」の製作者として知られるカール・テオドール・ドレイエルが数年ぶりで発表する映画で原作は英国の小説家シェリダン・ル・ファヌーの筆になるストーリーそれをドレイエル自身がクリステン・ジュルと協力して脚本にまとめ、「裁かるゝジャンヌ」と同じくルドルフ・マテが撮影に当たった。出演者の顔ぶれは「ヴェルダン 歴史の幻想」「征服されし人々」のモーリス・シュッツを始め、ジュリアン・ウェスト、レナ・マンデル、シビル・シュミッツ、ジャン・ヒーロニムコ、ヘンリエッタ・ジェラードの面々である。
  • 裁かるゝジャンヌ

    デンマークで「あるじ」を作ったカール・テオドール・ドレイエル氏がフランスで製作した映画で、知名の文学者ジョゼフ・デルティル氏の協力を得てドレイエル氏自らシナリオを執筆、そして監督したものである。主役ジャンヌを演ずるのは舞台の名女優ルネ・ファルコネッティ嬢であるが、それを助けてコメディ・フランセーズ座のE・シルヴィエン氏がコォションに扮して出演するほか、「征服されし人々」「ヴェルダン 歴史の幻想」のモーリス・シュッツ氏、「ヴェルダン 歴史の幻想」のアントナン・アルトー氏、等が出演している。キャメラはルドルフ・マテ氏が主となってそれに当たった。よって本映画は欧米、特に欧州諸国に於いては希有の芸術映画として絶賛を博したものである。日本初公開版は火事によりオリジナルネガが消失したためドレイエル自身が再編集したバージョン。オリジナル版は長らく幻のフィルムとなっていたが、1984年にポジフィルムが発見された。1929年度キネマ旬報ベスト・テン第7位。(無声)
  • あるじ

    最近少壮監督として欧州映画界に認められたデンマークのカール・テオドール・ドレイエルが“性格描写の習作”と銘打って発表した映画で、台本はドレイエル氏とスヴェン・リンドム氏とが合作したものである。「霊魂の不滅」出演のアストリッド・ホルム夫人、ジョン・マイエル氏、マチルド・ニールセン夫人が出演している。諷刺的な小品映画としてまた久し振りのデンマーク映画として珍しいものである。無声。
  • 田舎の水

    デンマーク映画界初期を代表する映画監督カール・テオドア・ドライヤーによる8本の短編映画のうちの1本。デンマークの地方の水質に関する宣伝映画。
  • メディア

    映画史に燦然とその名を刻む名匠、カール・ドライヤーの脚本を、デンマーク出身の鬼才、ラース・フォン・トリアーが映画化したサスペンス。古代ギリシャの悲劇を暗黒の中世に置き換え、愛する人に裏切られた女の復讐を描く。【スタッフ&キャスト】監督・脚本:ラース・フォン・トリアー 脚本:カール・ドライヤー 出演:ウド・キア

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